夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

2020年10月18日(日)「政治の劣化はなぜだろ?」

2020年10月18日 22時23分12秒 | 「政治・経済」
安倍内閣から菅内閣へ。
この政治の劣化がなぜなんでしょ?
思えば与野党の激しさのあるぶつかりはスキャンダルが中心でした。内閣改造のたびに必ずスキャンダルや失言を起こす大臣が出たり、国会討論でさえまともな答弁ができない大臣が出てきたりしていました。何も野党が悪いのではなくてこのような劣化した政治をほっておきながら口先だけは説明責任という言葉を発しながら時間稼ぎをして重要法案は数の力で可決していった。
内政は数の力という決められる政治が当たり前になってしまいました。
この力による政治的解決は、国民生活の中にも浸透をしてマスコミや現在は学者の中にも浸透しています。
結局政治の劣化は進んでいきます。
その政治の劣化の根底には何があるんでしょうか?
政治勢力の中の国家主義的な思想が強まっていることもありますが、やはり経済の低迷ですね。経済がある程度上向きならば自民党内も力だけの政治ではなくて政策的な論争もできるのですが、経済がガタガタの状態では政権維持も力に頼らざるを得なくなります。ちょうどうまくアメリカもトランプさんの力の政治が台頭していますから日本はそれに乗っかりやすくなっています。
野党ができること。。。。。
真面目に国民生活に向き合うことですね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

池に浮かぶ月992【10月18日】

2020年10月18日 18時35分07秒 | 「池に浮かぶ月」
理性なき実践は力がすべてとなる。
しかし力によって勝った者が正しいかは別である。 政治も司法も企業活動もそしてマスコミも言論もその他すべてものが一つの大きな力によって統制されていく。少数の力を持つものが支配をしていく。これが理性なき実践社会の結末である。

「池の上に月が昇る
その池に写る月は現実の月ではない
しかし現実の月を写したものであることでその池に浮かぶ月も現実である
人間の過去もすでに現実としては存在しない
しかし過去の時間の中で現実であった」

2019年10月18日(金)「理性なき実践」

人の社会は実践的である。様々な個々の実践により社会は成り立っている。個々人はそれぞれ考えて行動をするのですが、この行動はぶつかり合う。物事を考えずに実践をする場合、この実践的......

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする