庭の花たちと野の花散策記

山野草と梅が大好きの「雑草」。花以外は思考不可の植物人間の庭の花と野の花散策記です。

江南所無は仁徳天皇時代から存在した 水戸の浪速の梅と烈公梅の関係など

2025年03月22日 | 水戸の梅
1 熊野神社・尼崎市西難波町5-9-22の境内に傳史跡難波の梅「なにわの梅古記」抜粋という比較的新しい近代の石碑がある。
熊野神社の創立年月日は不詳なれども、第15代応神天皇第16代仁徳天皇の御代に度々行幸あらせられて御歌を詠まれたる梅林当祝津宮跡社。天平年中に熊野大権現と称し、後に熊野神社と称す。

2 碑文
なにわの梅の所以を尋るに、第15代応神天皇の御時、なにわ津にこの花咲き四方に香ほり高し。
是聖代の嘉祥にして第16代仁徳天皇皇子なりし御時、自然とこの花瑞徳ましますと百済の王聞き為すなり。難波津に咲くやこの花のことは是也。此の花江南所無之記也し辨慶の執筆も此の梅也。すなわち江南所無之は、梅の名をいふ。梅の傍に鶯宿水(梅の水とも)いふ井あり。仁徳天皇の御字、落花に浄んで薫じて味ひかろく、しかも濁る事なし。落花の頃、鶯井邊を去りやらず。依之鶯宿水の水の名あり。
御歌  難波津に 咲くやこの花 冬籠り 今を春べと 咲くやこの花

3 碑文にある古今和歌集 仮名序文 の該当箇所の文面は以下の通り。
 難波津の歌は,帝の御始(おほんはじ)め也。大鷦鷯帝(おほささぎのみかど)の,難波津にて皇子と聞えける時,東宮(みこのみや)を互ひに讓りて,位に即き貯(たま)はで,三年になりにければ,王仁(わに)と言ふ人の訝思(いぶかりおも)ひて,詠みて奉りける歌也,此花は梅花(むめのはな)を言ふなるべし。

4 以上をまとめると
 古今集仮名序文の歌は仁徳天皇が皇位に着く前の皇太子のときに王仁が贈ったもので、花が咲きました。あなたも皇位に就いてはいかがかと促した歌である。紀貫之はこの花は梅の花であると古今集の序文に書いている。
 熊野神社の石碑では、この御歌にうたわれた花は江南所無であるとあるので、江南所無という梅は仁徳天皇のころから難波津に存在したことになる。
 石碑には傳史とあるので、伝記として伝えられたということで、記録が残っているのか、単なる言い伝えかは不明であるが。
偕楽園の江南所無の花
このようなきれいな梅の花が仁徳天皇時代から難波津にはあったのでしょうか。このようなことに思いを巡らせると江南所無が水戸の六名木に選ばれたのも納得です。

 また、仁徳天皇は兄が皇位継承をするべきと、兄は弟が継ぐべきと互いに譲り合って、兄が先に死亡して弟が継承したことに大層感銘したのが水戸光圀公でした。
 光圀公は兄を差し置いて藩主になってしまったので、仁徳天皇にならい兄を思い兄を敬い大切にされたということです。
 光圀公が誕生した家老の家にも梅の木があったこともあり、学問に励むと梅が咲くという中国の故事もあって、光圀公は梅の木をことのほか特別な木と思われ、難波から取り寄せたりしました。
 
 
 現在弘道館政庁裏手には、昭和8年に調査した時の梅の木であると思われる江南所無があります。この江南所無は昭和8年時点で、弘道館と偕楽園の全ての梅の木の中で、もっとも風格があり花もきれいな梅の木として、昭和9年に水戸の六名木に選ばれた6本のうちの一本です。おそらく弘道館創設時に植えられた梅の木ではないかと想像することができます。
 現在の六名木は当時選ばれた6本の木の品種名を水戸の六名木として、弘道館と偕楽園内各所に植えられています。
水戸の六名木  江南所無、烈公梅、虎の尾、白難波、月影、柳川枝垂
弘道館の梅樹
 
 また、水戸2代藩主光圀公が始めた大日本史編纂所江戸屋敷内の彰考館には梅を植えており、彰考館は水戸城内に移転してからも、水戸藩主の代々がこの梅の木を大切にしてきて、その梅の木の後継樹が現在常磐神社境内に浪速の梅として残っています。
 
さらにまた、光圀公は隠居した西山荘の書斎にも梅の木を植えて、学問を怠らぬようにとしました。
光圀公の隠居所西山荘
 
 大日本史は明治39年に偕楽園内に移設された彰考館で完成し皇室に献上された由。偕楽園内には大日本史完成の地という石碑があります。
偕楽園内大日本史完成の地
 
 九代藩主斉昭公が水戸に来られた時に、水戸城内の彰考館の梅の木の由来を家老から聞き梅の木をご覧になって歌われました。
家の風 今もかをりのつきぬにそ 文このむ木の さかりしらるヽ
常磐神社の浪華の梅の歌碑
 
常磐神社の浪華の梅
浪華の梅は水戸城から常盤神社に移植されたと記録されています。常盤神社に確認。
 
 次のように水戸の六名木である烈公梅と浪華の梅がもとは同じ梅の木ではなかったかという推測が真実味を帯びてきます。
1 浪華の梅は薄いピンクで全く同じではないが烈公梅とよく似ていること。
2 難波の梅は一度枯れ代替の梅の木を植えたので、全く同じものではく、元の浪華の梅によく似た木が植えられた可能性がある。
3 常磐神社参道には烈公梅の古木が2本あって、創建当時からあったものと思われる。少なくとも昭和初期には今のと似た古木があったこと。
戦災前の常磐神社
常磐神社参道の烈公梅
 
4 常盤神社の祭神は義公(光圀公)と烈公(斉昭公)であることから、参道に両者にゆかりの深い梅の木が植えられたと思われること。
5 昭和8年に弘道館裏手(幕末に一時移転された三の丸彰考館の近くと思われる)にあった梅の木が水戸の六名木に選ばれ烈公梅と命名されたことは、この梅の木が重要な梅の木であるとがこの時認識されていたこと。
6 彰考館が二の丸城内から三の丸へ移設されたときにも、梅の木が一緒に移植された可能性は十分にありえることである。
7 以上のことから、水戸城内(二の丸彰考館)から常盤神社へ移植された浪華の梅と弘道館裏手(三の丸彰考館)にあった烈公梅が同じ花を咲かせる梅の木であったということが十分考えられるわけです。
 
 斉昭公は弘道館と偕楽園を創設し、たくさんの梅の木を植えられ、偕楽園内に好文亭を建てられました。
花追い橋から好文亭
 
 またもう一つの六名木の烈公梅の花色、形も一見すると浪速の梅に似ていることから、もとは同じだったのではとの推測もできますが、別の考えでは、彰考館に植えた梅の木は品種にこだわらず、数種類あったのかとも考えられます。
 
 さらに水戸藩が代々梅を大切にしたことには家康公から、水戸初代藩主頼房公へ梅の木を贈られたことも大きいかと思います。その梅の木については現在偕楽園内にある小さな和実梅の石碑が残っています。
和実梅の石碑
この石碑は好文亭の床下にあったという話があって、現在1本の白梅のもとにあります。
 この白梅は前の管理者伊藤さんに聞いたことがあります。もとの木が枯れたので植えたが、今の梅の木は和実梅ではないとのことです。
 和実梅については顎髭仙人さんのブログに以下記載されています。
「斉昭公が植物係の長尾左太夫に宛てた書状では、駿府から取り寄せた珍しい梅であったことがわかりますが、国内で現在見つかってはいません。白色遅咲き、実の核は極めて脆弱にして容易に噛み砕き易しという記録が残っているそうです。」
 雑草はこの和実梅は、もしかして、水戸に来たという実割梅のことかと考えてしまいます。

実割梅については久能山東照宮唐門下に八房梅とともに梅樹が植えられています。
 八房梅・八重の紅梅と実割梅・一重の白梅
また、実割梅は石碑に次のように説明されています。
實割梅の記
駿河の城の御庭に梅樹あり 咲出る花の色香のみならず
むすべる實も世にたぐひなく 核のおのつから恵みわるゝより
其名をも實割梅といえり 古は昔東照御神の御手つから
移植給ひしといふめる 明治の御事ありしより 咲出る色香は
むかしにかはらずいとめでたけれど 後々は其故よし傳ふる人の
まれになり行かむを 国人久能の宮祠竹齋出島の翁 深くなげき
遠くおもひ 御社の御前に移うえしぞ 花志るあらば
いかにうれしとおもふらめ はた御神も 其まめしき心ばえを
愛玉ふらし こゝに詣づる人よ 此花を見 この色をも香をも
袖にとめつ 古をしのび今をおもひて奉る ぬさとなしなば
心の塵もすがすがしふなりて 神の御めぐみもいやちこならむと
思ふになむ
明治九年 勝 安芳謹記す 表額 山岡高歩拝書

実割梅は徳川家康公が駿府城で、自ら育てていたものでした。文中には由来を伝えていく人が少なくなる事を危惧して、とあります。江戸時代、駿府城ではこの実割梅から梅干を漬け、東照宮に納める仕来りだったそうです。しかし、奉納は明治維新後に行われなくなってしまい、当時の第一祠官(現在の宮司職)であった出島竹齋は梅樹そのものの存続を憂慮し、徳川慶喜公と協議の上、駿府城から東照宮への植え替えを敢行しました。勝海舟は出島竹齋翁の忠節に感銘を受け、山岡鉄舟と共同で石碑を立てたと伝わっています。
 
このように水戸藩は代々梅の木を大切にしてきたのです。そして今もこの梅の木が弘道館と偕楽園で花を咲かせているのです。これからの100年、200年もなお残してゆきたい遺産です。


 
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小さな訪問者と庭の花たち

2025年01月19日 | 庭の花たち

 庭の小菊

 庭の小菊

今冬は気温では例年より暖かい冬ではあるが、偕楽園の梅の開花状況をみると、いまだに例年ですと12月の梅の咲き始めたころように、咲いている木が非常に少ないです。庭の梅の木はまだ1輪も咲いていません。その代わり、秋の菊の花が咲き残っています。

 イースターモーン

3月から4月にかけて咲くツバキ、イースターモーンの花が一個だけ異常に早く開花したものの、寒さのためにすっかり萎れてしまいました。他の蕾はまだ一向に咲く気配がありません。

 1月の毎朝の最低気温を18日まで見てみましたら、マイナスの日数が14日、プラスの日数がわずか4日でした。暖冬にしては気温の低い朝が多いように思います。それでも、極端に寒い朝、例えばマイナス5度とかマイナス7度になることはありませし、晴天の日が続いて異常に乾燥しています。秋と冬、サラには早春の気候が入り混じった気候に、花たちはいつ花を咲かせようかと右往左往しているようです。

そんな花を撮っていた老人に近づいてきて、何をしているの?と声をかけてくださった、ちいさい訪問者がおりました。ランドセルを背負って、ヘルメットを被った下校途中の小学1年生かと思われる方です。

 庭のお花を撮っているのだよとカメラのモニターをみていただくと、興味があるらしく、もっと花は咲いていないかなと探してくれました。

 小菊

 3メートルほど垣根の下の方をさがして、小菊を見つけられたので、カメラで撮って、モニターを見ていただきましたら、ここにも。と指さして教えてくださったので、

 小菊

また小菊の花を撮って、モニターを見ていただきました。小さな訪問者は、すこし楽しくなってきたのでしょうか、上の方に目をやって不思議なものを見つけられました。

 カラスウリの殻

カラスウリの中身を鳥が食べてしまった殻です。なんだろうと覗いていましたので、カメラで撮ってモニタを見ていただき、これはカラスウリですと説明しました。

 ノジギク

次に見つけられたのはノジギクでした。これはノジギクです。と名前をお知らせすると、ここにもと指さしました。写真を撮ろうとしたら、垣根の角に差し掛かっていたので、風が吹いてきて、花が揺れてしまい撮れません。

 ノジギク

手で押さえてくれるよう頼みましたら、両手でそっと押さえてくださいました。続いて垣根の角を回ったところで、なんだろうと興味深そうに見ていらっしゃいました。

 ハツユキカズラ

これは、えーと、あのー、これは・・・・ どうしたことか、名前がわかってはいるのに、口から名前が出てきません。時々あるのですが、よく知っている花の名前などが、咄嗟に口で言うことができないのです。

そうこうしているうちに次に見つけられたものを指さしています。

 ヒガンバナの葉と木の芽

それはヒガンバナの葉の間から顔を出していました。アジサイの新芽です。

これは、アジサイです。まだ上のほうで冷たい風の吹く場所では小さい冬の芽ですが、このように緑の葉に囲まれた暖かい場所ではもう春がきたように、葉っぱが出始めたのですと説明しました。

 花が終わったチェリーセージ

次に何だろうと見つけたのは、花の終わったチェリーセージでした。

この葉っぱに触って、その手のにおいを確かめてとおねがいしました。香りの移った手の平に少し驚かれました。それから駐車場に入ってゆかれて、赤い実を見つけられました。

 マンリョウ

これはマンリョウといいます。暫く赤い実を見ておられましたが、もうひとつの赤い実を見つけられました。

 オモト

 これはオモトといいます。鳥が食べてしまいました。と説明すると、

でもひとつ残っていると言われました。  次はとても不思議に思う実を発見されました。

 ノシラン

これはノシランと言います。もうすぐとってもきれいな瑠璃色になります。

 ノシラン

ノシランの実に手を差し伸べて見入っておられたので、持って行かれますか?と申し出ると、うなずかれましたので、1本差し上げました。 次に菊の花に手を添えられました。

 シマカンギク

もしかして、これまで見られた、小菊やシマカンギクとはちょっと雰囲気が違うことにお気づきなのでしょうか。

これはシマカンギクという菊です。  次はもっとも雰囲気が違った花を見つけられて、

 枯れたイソギク

枯れたイソギクの花を持たれて、歯ブラシみたいと、初めてご自分の感想を述べられました。

枯れた葉の感触が歯ブラシなのでしょうか、それとも枯れた花が歯ブラシに似ていると思われたのでしょうか。

私には思いつかなかった新しい感触でした。素晴らしい感性の持ち主と感心しました。

 イソギク

こちらには、まだ咲いている花があります、とご案内しましたら、

興味深そうに触っておられましたので差し上げました。
小さい訪問者は下校途中に私に声をかけてくださったのでした。お花に興味を持たれてなお優しい心を持ち続けていただきたいと、思いがけず時間が過ぎてしまいました。
ノシランとイソギクをお持ち帰りになられてお家ではどのようなお話をされるでしょうか。

実はこのイソギクの写真をよく見るとわかるのですが、コンクリートのわずかな隙間から出て来てかわいい花を咲かせた根性イソギクです。

かわいい花に、やさしい心をもっておられる小さな訪問者のかわいい手がそっと添えられた居ます。

 

 

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今シーズンの梅の開花日は記録的 もみじ谷の様子

2024年10月27日 | 水戸の梅
初雁
10月26日土曜日、偕楽園のもみじ谷の様子を見た帰りに、もしかして梅が咲いているかもと立ち寄ってみました。咲いていました。
 今年は猛暑で夏の内から梅の木の葉が傷んで白っぽくなってしまいました。そして今は葉がすっかり落ちて丸坊主の梅の木がたくさんあります。
 梅の蕾は夏には形成されますが、葉がついていると、葉から蕾の開花を抑える物質が蕾に送られるために、開花が抑えられているということです。
 このためもう10月も残りわずかになり、超早咲きの初雁が咲いたかもと、夕方曇り空で薄暗くなってから見てみました。ちょうど目の前に咲いていたのですぐにわかりました。
初雁
 通りがかったお客様に梅が咲きました言うと、雑草の老眼では見えなかった高い位置にもたくさん咲いているとのことでした。
 空の明かりで逆光で撮りにくかったが、なんとか花らしくは見えるものになりました。
初雁
 早速ミスター偕楽園に連絡しましたら、何とミスター偕楽園さんは9月の内に開花を確認していました。それも梅の木1本だけではなく5本もです。
 5本の梅の木に開花が確認できるのは、例年ですと、早くて11月下旬、12月上旬くらいが普通です。

 これまで最も早かったシーズンでも最初の開花は10月中旬ですから今シーズンは異常に速いです。
 もみじ谷の様子はほぼ全部が緑色です。
もみじ谷
それでも奥に進んでゆくと1本が紅葉していました。
もみじ谷
もみじ谷
例年の見頃は11月20日過ぎとのことです。今年の夜間のライトアップは11月初めから24日ころまでらしいです。果たしてどんな紅葉が見られるでしょうか。今年思わぬお世話になって、お誘いしたお方は22日ころ来てくださるとお知らせをいただきました。ちょうどよく黄葉していて、幻想的なライトアップになってほしいものです。
ノシラン
最後はもみじ谷のノシランです。実がついていました。寒くなると瑠璃色に輝いてくれそうです。






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昨年庭で初めて咲いたオオモクゲンジが今年も咲きました。実は・・・

2024年10月01日 | 庭の花たち

庭で初めて咲いたオオモクゲンジの花が咲きました

上は10月1日のオオモクゲンジの花と小さな実です。花が終盤となり、最初に咲いた花はすでに小さな実になっています。庭で初めて咲いたオオモクゲンジです。9月に入ると幹の天辺に......

昨年庭で初めて咲いたオオモクゲンジが今年も咲きました。実は昨年花を近くで見られるように枝を曲げたのですが、あまりにも曲げすぎたために折れてしまったのでした。
これは昨年枝を曲げたときです
このままにして置いたのですが、実がなり始めたときに、さらに近くで見たくなりました。
更に曲げて見やすくしたのですが・・
この後で折れてしまいました。モクゲンジもオオモクゲンジも材に粘りがなくて曲げすぎるとポキッと折れてしまうのでした。
折れた位置は地上約1mでした。
2024年4月芽吹き
春になって芽吹き始めました。芽吹いても果たして花を咲かせるのは無理と思いました。
7月になり昨年とほぼ同じ高さに
もしかすると9月には咲くかもと期待したのです。
2024年9月今年は咲かない?
9月に入って昨年と同じ高さまで伸びたのですが、花が咲く様子がありません。茶色の葉はカシワバアジサイで左隣ががオオモクゲンジです。左端は花梅の朱鷺の舞です。やはり今年は無理かと諦めました。
2024年9月16日
諦めてしまうと見ることもなくなってしまい、暫くぶりに見上げたら、何と咲いていました。
オオモクゲンジははとても成長が早い元気な木です。それで花もつきやすくく、多くの実をならせるようです。
今年ももいっぱい花が

今年は開花が遅くなり、咲き始めは昨年よりも花が少ないようでしたが、昨年に劣らぬ花になりました。
 高齢になり、庭で脚立などは使用しないと決めました。それで、地上に居ながら庭木を伐採しているので、オオモクゲンジのようにすぐに大木になってしまう木でも、、せいぜい地上1mで切り詰めなければなりません。どのように対処するか思案中です。
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ハスの生育状況確認

2024年08月08日 | 庭の花たち
 ハスの生育状況外観
経緯 
1 種から発芽した実生苗4株を、左側の樽に移植しました。
2 そのうちの2株を、中央と右側の鉢に移植しました
3 左側の樽の生育が良好なので、2株では狭すぎると考え、1株にしました。 ただし引き抜いた株は地下茎が途中から切れてしまい、一部が樽の中に残りました。
以上の各鉢1株、計3株が発芽後2か月余り経過しました。外観上の結果は、
1 大きな容器の樽で移植後は植え替えしなかった株が大きく成長しました。
2 少し小さい容器の鉢で、移植後に植替えをした2株は成長が遅いという結果です。
 樽のハス
大きな葉は高さが約75cmあまり。
 樽のハス
葉の直径は37cmほどになりました。
 鉢のハス
もっとも大きい葉で52cm
 鉢のハス
葉の直径は17cmあまりです。
原因は主に二つです。容器の大小によって生育が抑えられてしまう。
植替えによっても生育が抑えられてしまう。
 樽のハスの新葉
樽のハスに突然大きな新葉が出てきたのは7月28日でした。
 樽のハスの新葉
葉柄もこれまでよりは太く、鉛筆の太さと同じです。
前回2024年07月13日「ハスにはトゲがあった」で紹介している葉です。
このように成長が早いと、思わず花は何時咲くのだろうと考えてしまいます。
 園芸店の説明では「うまくいけばその年のうちに開花することもあります 」とも説明されています。とはいっても今年は無理でしょうが、来年は咲かせてみたくなります。
 そこでハスの花芽はいつ、どこにできるのかを知りたくなりました。
『ハス(Nelumbo nucifera)の分枝と花芽形成に関する研究』というのが見つかりました。これは博士論文 で80ページにもおよぶもので、とても読破しかねるものですが、知りたいところをかいつまんでみたところ、雑草なりに理解したのは、
 種から発芽した場合、『観察したすべてのサンプルで第 11 節 以降に花芽が普通葉背軸側基部に確認された。』ということでした。
  すでに種の中には4節があって、発芽すると地下茎のこの4節の各節に1枚の浮き葉が出てきます。水面に浮いている葉です。
 この4節めから地下茎に枝ができますが、主軸となる地下茎が伸びて行き、11節めからは全ての節に顕微鏡下で花芽が確認されたそうです。
 ハスの浮き葉の数
 ハスの発芽苗は最初は水面に浮いている浮き葉が10枚近く出てきた後に、水面から立ち上がった立ち葉が出てきます。そこで、庭の3株の浮き葉の数を確認したところ、8~11枚くらいありました。もしかして立ち葉が出てきたときには、立ち葉を出した節には花芽があるのかも。そうなら、立ち葉が4~5本になっているので、花芽もできているかもしれません。
 でもちょっと待った。浮き葉は地下茎の枝からも出るはず。ということは、浮葉の数より主軸の地下茎の節の数はすくないから、最初の立ち葉は11節目よりも前に出ているはずで、最初の立ち葉の節には花芽は無いはずだが。
 とにかく見えない地下茎の節を、見えている浮き葉と立ち葉の数で推定するのは難しいことです。
 それに、この論文の発芽時期は、4月下旬ころで、庭の発芽はそれよりも1か月以上も遅いので、また、生育環境も違うので、論文の結果よりも割引いて考えなければなりません。
 鉢が漏水
地下茎の生育具合を知りたいと思っている矢先に、右側の鉢が漏水するようになりました。この鉢は、鉢の中にダストボックス用のポリ袋をいれて、水をためているのですが、このポリ袋は漏水を完全に防ぐにはやや不安のあったものです。それで、鉢の水の減り具合は、中央より右側がほんの少し早く、ハスが消費する水の量よりも減り方がほんのわずか多かったので、ちょっぴり漏水していると感じていたのですが、急に減り方が増えてしまいました。
 それで、思い切って樽に植え替えて、そのついでに地下茎の様子を確認してみることにしました。
 ハスの地下茎の掘り起こし
地下茎はいわるるレンコンですから、不用意に引っ張ったりするときれてしまうので、レンコンの収穫の時のように、ホースで水を勢いよくだして、レンコンから土を分離しました。
 ポリ袋ごと取り出す
鉢の中の土がすべてやわらかくなり、レンコンから離れたので、ポリ袋ごと鉢から取り出しました。何とポリ袋の底から地下茎の先端が袋を突き破って出ていました。地下茎が出たポリ袋の底は、鉢の土の表面から約20cm以上も深い場所です。そういえばレンコンの収穫は、腰付近まで水につかって作業しています。ハスの地下茎はかなり深い場所まで行くのでした。
 袋を突き破った地下茎の先端
意外と太いです。地下茎は夏の間中伸びますが、それほど太くはないそうです。それが秋には地下茎の先端部の数節が太くなるそうです。この太った地下茎を食用として売り出されるわけです。
 なぜ、袋の底を突き破ったのかを考えました。このポリ袋を使った鉢はわずかながらどこかで漏れていたようです。ということは地下茎は地中のわずかな水の移動を感知して、ほんの少しの隙間の位置を求めて伸びて行ったのではないでしょうか。
 袋を破って地下茎の土を洗い流しました。
 

地下茎の詳細な様子を確認しました
 地下茎の主軸を中心に生育状況を確認しました。
1 1~4節は種の中にすでにあった節で、発芽後地下茎が伸びて浮葉が4枚出た
2 5節以降は発芽後に伸びた地下茎で、8節までが浮葉が出た。枝分かれした地下茎からも浮葉が出たが詳細は省略する。以下も枝別れした地下茎は省略。
3 9節で主たる地下茎が2本になった。9節で初めて立ち葉が出た。A
4 10節以降は主たる地下茎が2本となり、浮き葉は無く、立ち葉のみとなる。
5 系統1の地下茎は10節・Bと11節・Cに立ち葉が出た
6 系統2の地下茎は10節・B、12節・C、13節・Dから立ち葉が出た。11節の葉芽は出始めたときに何らかの障害があってか、枯れていた。
7 袋を破って出たのは系統2の地下茎の先端である。
 先端部の太さはほぼ鉛筆ほど。立ち葉の茎の太さより太い。
 ・・・ということは樽のハスの立ち葉の鉛筆くらい太い葉柄ならば、地下茎の先端は鉛筆よりさらに太いと推定できる。

 論文によると11節以降に花芽が形成された(顕微鏡で確認)ということで、すでに14節まで伸びているので花芽の形成があったものと推定できる。ただし、花が咲く花芽はごくわずかで、大多数は花芽が枯れてしまうとのこと。

 以上のことから論文に近い成長を遂げれば、早ければ、来年夏には花を咲かせる可能性がわずかながらもあると期待できる。
 但しこの株は、本日植え替えたので、植替えによるダメージがあって花が咲く可能性は極々少ない。
 初めから樽に植えた左側の株のほうが、現時点でも鉢に移植した株よりも成長がより進んでいるので、花の咲く可能性が少しは高いと思われる。
 花が咲く可能性の順番は
    樽のハス>中央の鉢のハス>植え替えた左のハス
 果たして来シーズンまで管理をしっかりやって、花が咲くのかどうか、楽しみでもあり、まだまだ経験したことのない課題もあり、不安な緊張の続く事でもあります。





 





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