失敗で後悔だらけの観光タクシーによる、金閣寺と竜安寺の観光。
でも一人旅で、一度は試してみたいことでしたから、失敗だったものの、今後その選択で迷わずに済む私です。
良い経験だったと思うことにしましょう。
とにかく観光し終わった時、とても疲れ、満足度は実に低くて、無駄に時間を過ごしてしまったな~、との思いだけが心を占めていました。
私って、お世話になる方には、たとえ見知らぬ人でも、必要以上に気を遣うところがあるのですよね。
娘達はそんな私の振る舞いに、時々呆れていますが。
タクシーの運転手さんにもそうでした。
高い代金を支払っての観光なのだから、自分のペースに従ってもらうくらいの気持ちで行動すればいいのに。
実際はその逆。
運転手さんに気を遣いすぎて、マイペースでゆっくり観光どころではなくなってしまった私です。
写真も落ち着いて撮れなくて、ブログにアップしたくなるような画像がほとんどありません。
カメラ機能の知識も浅く、撮影の腕も未熟そのものな私です。
撮影に集中できないと、ますますダメに。
天候と光線次第のところがあり、この日の撮影は、二条城の時から芳しくありません。
竜安寺の有名な石庭は、室町末期に優れた禅僧が作庭。
15個の石を配し、極端に象徴化した庭として知られています。
その庭を、菜種油を混ぜた土で作られた独特の風合いのある塀が囲んでいます。
方丈のお縁側に座って、せめて一時間くらいはその石庭を眺め、自分流の解釈で瞑想に耽りたかったのに。
居たのは、たったの二十分程度。
タクシーの運転手さんのペースに気を配ることに、神経を遣いすぎてしまって。
ガイドブックや竜安寺のパンフレットを読む暇さえもありませんでした。
それに、運転手さんはなんだかとてもお忙しそう。
しょっちゅう携帯が鳴り、ひそひそ話し。
私の観光案内に集中してくださっていない態度も気になりました。
お庭を見ながら、簡単な説明を運転手さんから受けただけの私です。
その言葉で、一番印象に残ったのは、アップルの元社長、スティーブ・ジョブズ、もう亡くなられましたが、彼がが大変心酔された石庭だったというお話。
そのためか、アップルの通信機器の壁紙に、この庭の画像が常に入っていたようです。
寺院の周りの庭園も、清々しい雰囲気で情趣にあふれ、一目で気に入りました。
いつか一人で再度訪ね、数時間このお寺で過ごしたいものです。
方丈の北東に据えてある銭型のつくばい。
禅の格言「吾唯足知」が謎解きに図案化されています。
水戸光圀の寄進と言われているそうです。
金閣寺も、竜安寺と同様に駆け足観光と化し、私は心残りがいっぱいでした。
金閣寺の中に入り、鹿苑寺ともいわれる有名な三層建築を目の当たりにした時のこと。
その姿のあまりの神々しさに、私は思わずうっとり・・・・・・。
実は私の金閣寺のイメージは、金箔を貼り付け、権力を誇示した、どこか俗っぽい雰囲気がする建物。
その先入観が拭い切れていませんでした。
ところが庭園に入った瞬間、そこに立ち込める気の清々しさに圧倒されるものがありました。
私が想像した物とはかなり異なる趣きだったのです。
金閣寺の佇まいは実に優美で清らか。
金箔もキラキラしたものではなく、日を浴びて柔らかな光沢を放ち
庭や小高い山や林と一体となって、この世とは思えないような美しい光景でした。
もっと長い間、そこにとどまり、いろんな地点からじっくり眺めてみたかったのに。
運転手さんの説明を何か所かで聞き、それで観光が終わり。
数十分のことでなかったでしょうか。
案内板や、パンフレット,ガイドブックの説明を頼りに、時間に追われることなく贅沢な時の使い方をして、心ゆくまで観光する。
私は、このスタイルが自分には一番合っていると、しみじみ痛感しました。
タクシーに乗車する前の二条城の観光は、その希望に添えていましたのに、
今回で懲りたので、今後二度と観光タクシーはしないでしょう。
けれど、ガイドブックには載っていないような興味深い話が聞けたことも確か。
それが観光タクシーを利用したことによる、唯一の収穫だったかもしれません。
このお話は、長くなるので明日に回すことに致します。
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