flow Trip -archive-

「漂い紀行 振り返り版」…私の過去の踏査ノートから… 言い伝えに秘められた歴史を訪ねて

目黒不動大日如来

2025-02-28 00:00:00 | 大きな仏さま
(東京都目黒区下目黒 区指定有形文化財)
 延宝三年(1675)鋳物師横山半右衛門尉正重によって鋳造され、天和三年(1683)瀧泉寺中興住持によって開眼された。総高は3.85m,像高は2.82mの銅造坐像であり、不動明王(化身)の本地仏である大日如来を現す。当初は覆屋があったが、その後露座となり、平成23年(2011)に至り、覆屋が寄進造営された。




目黒不動 - flow Trip -archive-

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目黒不動縁日 - flow Trip -archive-

(東京都目黒区下目黒)令和三年二月二十八日の光景。(天台宗泰叡山瀧泉寺東京都目黒区下目黒)目青不動等江戸五色不動の一つである。寺伝では大同三年(808)円仁(慈覚大師)によ...

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麻布大観音

2024-08-23 00:00:00 | 大きな仏さま
(曹洞宗補陀山長谷寺 東京都港区西麻布)
 大和国長谷寺と同じ木材を用いて観音像をつくり、祀ったのが始まりとされる。慶長三年(1598)徳川家康により堂宇が造営された。第二次世界大戦により堂宇、本尊を焼失したが、昭和52年(1977)に再建、開眼されている。







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日本寺大仏

2023-07-12 00:00:00 | 大きな仏さま
(曹洞宗乾坤山日本寺 千葉県安房郡鋸南町元名)
 東海千五百羅漢と同じく大野甚五郎英令(のり)によって天明三年(1783)岩盤に彫られた薬師瑠璃光如来である。当初は九丈二尺(約38m)の像高であったが、次第に劣化したため、昭和41年(1966)に至り修復が成されたが、後背部分が小さくなったため31mの高さになっている。





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元名石石切場跡と百尺観音

2023-07-06 00:00:00 | 大きな仏さま
(千葉県安房郡鋸南町元名)
 鋸山は江戸時代中期から昭和60年(1985)まで房州石(凝灰質砂岩)の産地として切り出しが行われていた。その一角の元名石石切場跡に昭和36年(1961)第二次世界大戦戦没者と交通事故犠牲者の供養ために彫られた、高さ30mの磨崖仏である。























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大井の大仏

2023-06-04 00:00:00 | 大きな仏さま
(東京都品川区西大井)
 天台宗帰命山養玉院如来寺の瑞應殿には五智如来像があり、僧であり仏師である但唱が寛永年間(1624-44)高輪(港区)に如来寺と五智如来を造営し、高輪の大仏と呼ばれたという。然し、享保十年(1725)と延享二年(1745)火災に遭い、薬師如来を残し四躰を焼失。延享三年(1746)に堂宇と釈迦如来、阿弥陀如来、大日如来、宝生如来が再建された。明治41年(1908)現在地に移転されている。



























 
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飯沼観音

2022-06-06 00:00:00 | 大きな仏さま
(真言宗飯沼山圓福寺 千葉県銚子市馬場町)
 神亀元年(724)当地の漁師の長蔵と清六が夢告により左脇に瑪瑙を挟んだ十一面観音を網ですくい上げ、その後二人は出家して草庵を結び、十一面観音を祀ったのが始まりという。天平年間(729-49)には行基によって厨子が造営され、弘仁年間(810-24)には空海により台座と光背が造られ改めて開眼されたものという。天正六年(1578)に至り、海上長者(千葉氏族)が伽藍を造営し、安永二年(1773)更に伽藍が造営され繁栄したが、第二次世界大戦により伽藍を焼失し、寺域も二つに分断された。境内に鎮座する銚港神社は、明治2年(1869)の神仏判然令までは龍蔵権現と称し、十一面観音の脇に挟まれていた瑪瑙を神体として祀り、圓福寺の鎮守であった。また、高さ5mの露座の銚子大仏は正徳元年(1711)に開眼したものである。

























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寳光寺と鹿野大仏

2022-03-27 00:00:00 | 大きな仏さま
(東京都西多摩郡日の出町平井)
 冶承四年(1180)源頼朝の発願により天台宗菩提院として創建したのが始まりという。その後衰退し、文明十年(1478)以船文済により曹洞宗塩澤山寳光寺として再興された。天正年間、徳川家康により寺領十石の御朱印状を受領し繁栄したという。その後、火災により総門以外の伽藍は失われたが、昭和51年(1976)までに再建され、平成30年(2018)背後に総高18mの青銅製釈迦如来の鹿野(ろくや)大仏が建立された。















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河渡霊園慈恵観音

2021-10-01 00:00:00 | 大きな仏さま

(岐阜市河渡 2008年5月18日)
 長良川右岸のこの地は、古来より洪水に悩まされていた。眠りに就いた魂も幾度となく起こされた。平成2年(1990)長良川の改修により河渡地区の墓地を移動し、新たに霊園として整備された。その際に魂を鎮める慈恵観音像を開眼した。

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霊巌寺と江戸六地蔵

2019-09-07 00:00:00 | 大きな仏さま

(浄土宗道本山東海院 東京都江東区白河)

 寛永元年(1624)雄誉霊巌によって霊岸島(中央区新川)に創建したのが始まりである。然し、明暦の大火により焼失し、現在地に移転した。境内には享保二年(1717)に建立された、江戸六地蔵の一躰である銅製地蔵菩薩像(都有形・像高2.73m)がある。地名の白河は、同寺に墓がある松平定信が白河藩主であったためである。








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岩屋観音

2018-07-09 00:00:00 | 大きな仏さま

(愛知県豊橋市大岩町火打坂 2005年5月28日)
 標高78mに立つ観音像は、天平二年(730)行基により岩陰(岩屋)に建てられた観音堂に由来するという。その後衰退し、観音堂の塔頭の一つであった大岩寺が観音堂を管理するようになった。然し、天正十三年(1585)岩屋山の山火事により焼失している。元和八年(1622)に至り、曹洞宗として再興され、宝永四年(1707)吉田城主池田輝政の曾孫である備前岡山藩主池田綱政が隣宿白須賀宿に泊まった折、夢枕で観音が現れ、地震津波の難を告げられた。綱政は急遽予定を変えたところ、宝永地震が発生し、白須賀宿は津波に遭ったため、綱政は観音に帰依し、現存する観音経、絵馬、灯籠一対を寄進した。宝暦四年(1754)には、難航する豊橋(吉田大橋)架け替え工事の折、江戸下谷の大工が観音堂に参籠していると、夢告により架け替えの方法が分かり無事完成したことから、明和二年(1765)山頂に青銅製の観音像が建立された。然し、第二次世界大戦によって金属供出されたため、昭和25年(1950)再建された。
         

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大船観音

2018-04-05 00:00:00 | 大きな仏さま

(神奈川県鎌倉市岡本)
 列車の車窓から白い顔が見える。昭和初期、護国観音として計画され、戦局により中断するも、戦後に曹洞宗管長や東急電鉄五島慶太らが参画する大船観音協会が設立され、RC造、高さ25mの胸像が開眼した。昭和56年(1981)曹洞宗寺院となり現在に至っている。
                 

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牛久大仏

2014-06-17 00:00:00 | 大きな仏さま

(牛久阿弥陀大仏 茨城県牛久市久野町)
 平成4年、東本願寺牛久浄苑内に開眼した、鉄骨造青銅張、像高120mの阿弥陀如来立像である。
  
 

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小松寺仏頭

2013-07-04 00:00:13 | 大きな仏さま

(愛知県知立市栄 1983年)
 曹洞宗大悲山小松寺境内にある、寄せ石造りの仏頭である。

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上野大仏

2013-01-27 00:00:38 | 大きな仏さま

(東京都台東区上野公園)
 上野公園へは数多く訪れているが、この上野大仏に対面することはなかった。上野大仏は寛永八年(1631)越後村上藩主堀直寄が漆喰の釈迦像を建立したことに始まる。その後、金銅製の像となり、仏殿が建てられた。然し、天保十二年(1841)に火災、安政二年(1855)安政地震によりそれぞれ損傷したため、越後村松藩主堀直央により6mの像に再建された。明治8年(1875)上野恩賜公園整備により仏殿が撤去され露座となり、大正12年(1923)関東大震災により倒壊。破片は寛永寺に保管されたが、戦時中に金属供出された。顔部分のみが残され、昭和42年(1972)現在のレリーフとして建てられている。

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高岡大仏

2012-11-10 00:00:52 | 大きな仏さま

(浄土宗鳳徳山大佛寺 富山県高岡市大手町 市指定有形文化財)
 高岡城から南に歩くと、やがて大仏が見えてくる。高岡大仏は、かつては二上山麓にあり、三回建造されたと伝えられ、そのいずれも木造であったため焼失している。地場産業である高岡銅器業界の発案で、銅製の大仏を建造することになり、昭和8年(1933)に全高約16m(像高約7m)の阿弥陀像が開眼した。
(時の鐘)
      

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