雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

3ナイ運動は死語?

2009-04-21 04:46:40 | カワサキ単車の昔話
永年二輪事業に携わってきて、一番いやっだっタ言葉が『3ナイ運動』であった。

教育現場の先生方と言うか、その言葉が教育界から発せられていることにやり場のない怒りみたいなものを感じて何年も過ごしてきた。

二輪という商品をそんな風に評価するのは世界の中で日本だけだったのである。
その日本が皮肉なことに世界一の二輪生産国であったのもまた事実であった。

二輪に乗らナイとか、免許を取らナイとか言うのは個人が決めればいい話で、
学校が何のためにそれを一斉に規制するのか?と思っていた。
モータサイクルは非常に楽しい乗り物で、麻薬などでは決してないのである。

そんな時代が長く続いたのだが、
何日か前に小林ゆきさんの『3ナイ運動はやはり死語だった』というブログを見て、
正直、時代も変わったなと思ったのである。



世の中、いろんなものがあり過ぎて、
過去にあったいろんなもの○○は、みんな忘れられようとしているのである。

『○○離れ』は、今はその言葉やそんな風潮そのものが流行で、
かって高校生が誰もがバイクに憧れたような時代ではなくなったのである。

バイクのよさを認めてくれて死語になったのならいいのだが、
無関心の商品になってしまって、規制など必要ないと言われると少々寂しい思いがする。

現役時代、大中型車が中心のカワサキで何十年間も二輪車のイメージ向上に努めてきた。
ユーザー倶楽部も遊びやソフトの事業化も安全運転活動も、一般の人たちが走れるサーキット、二輪車専門の免許教習所などなど、他社とも協力してやっていたのだが、
少しは二輪車のイメージもよくなったのかも知れぬが、まだまだ4輪などに比べて片隅に追いやられているような気がする。
東京を中心とする都会の駐車場問題一つをとってもまだまだ問題山積である。


最近は毎週第3日曜日、三木にツーリングにやってくる中年ライダーたちと話す機会があるのだが、本当に社会の優等生のような人たちばかりである。
『3ナイ運動花盛り』の時代に、バイクに憧れ、免許を取ってきた人たちなのである。

自分自身はバイクには乗らなかったが、横から見ていても楽しそうな乗り物である。
省資源、省エネだし、道路の占有面積も少なく、スポーツ性もあるし、今からの時代にむしろ最適だと思っている。




3ナイ運動などではなくて、どこかが推進運動でもしてくれないかと思ったりする。国会などでもようやく二輪の議論があったりするようだが、そんな機運は幾らかでもあるのだろうか?

こんな年になってもまだこんな風に楽しんでいる人もいるのである。

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コメント (3)
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