芸術祭は果たして地域づくりにつながるのか。
全国各地で芸術祭が乱立し、アートと地域の関係について様々な議論が展開されるなか、大阪市立大学・吉田隆之准教授が学術的、客観的にこのテーマに迫った「芸術祭と地域づくり ”祭り”の受容から自発・協働による固有資源化へ」が刊行された。
この本で調査対象とされたのは、吉田さんが愛知県職員時代に直接かかわり、いま「表現の不自由展・その後」の中止問題で注目を集める「あいちトリエンナーレ」や奥能登国際芸術祭など7つ芸術祭。
多くの芸術祭の共通点を捉え「均質化・肥大化・陳腐化」している等の批判もあるが、吉田さんは個々の芸術祭や、芸術祭のなかでも地域・プロジェクトごとに、芸術祭・アーティストと地域の関りが異なることから、個別に詳細な調査をおこなっている。
冒頭の問いに対する答えは「芸術祭が短中期的には地域コミュニティ形成につながることがある」。
各芸術祭について開催に至る経緯について丁寧に押さえながら、どういう条件があると地域コミュニティの形成につながるのか、どういう要因があるとつながらないのかを、おそらくは初めて学術的、客観的に分析している点にこの本の最大の意義がある。
奥能登国際芸術祭については「地域づくりへの影響が概して大きくはない」とされ、その要因、条件が多角的に検討されている。
奥能登国際芸術祭の調査にあたっては、私もインタビューを受け、私なりの芸術祭の受け止め方や課題、問題点について話させてもらった。
その要点は4か所にコメントとして記載されているが、加えて私の奥能登国際芸術祭を捉える視点を踏まえ、それをより広く、より深く、そして緻密な論理構成で地域づくりについて分析が加えられている。
他の6か所の芸術祭についても、柱は芸術祭と地域づくりの関係だが、開催の経緯や目的、特徴、組織、財政、ボランティアを含めた運営、さらにはキーパーソンの存在なども含め、非常にわかりやすく具体的に記載されている。
珠洲では、芸術祭といえば奥能登国際芸術祭しか知らない、見たことがないという人が多い。
議員など一部の人は他の芸術祭を視察しているが、行き先は大地の芸術祭や瀬戸内国際芸術祭など北川フラム氏が総合ディレクターを務める芸術祭ばかりである。
しかし、全国各地では実に様々な芸術祭・アートプロジェクトが開催されている。
この本ではすべてが網羅されているわけではないが、こんなやり方もある、こんな関わり方もあるということがわかるだけでも大いに参考になるだろう。
個人的には「いちはらアート×ミックス」が特に興味深かった。
2014年に北川フラム氏がディレクターを務め第一回が開催され、私も視察に訪れたが、「これは厳しそう」というのが第一印象。
案の定、来場者数は目標を大きく下回り、市長の責任を問う声すらあがり、実行委発行の報告書には実に生々しい市民の批判の声がいくつもつづられていた。
これでは2回目はなしかと思ったが、北川氏がディレクターを降り、予算規模は大幅に縮小にされ、会期も短縮され、2017年に2回目が開催された。
ここまでは知っていたが、それ以上は特にアンテナを張る必要はないと思っていた。
ところが、ところが、この本では驚きの「第2回」について調査・分析がされていた。
この他、現在進行形の「表現の不自由展・その後」問題についても緊急加筆されている。
大学の研究者という第三者的な立場にとどまらず、まさに「あいちトリエンナーレ」に関わってきた経験と人脈があるからこその視点が盛り込まれていて非常に興味深い。
奥能登国際芸術祭は来秋の2回目開催に向けて準備が進められているが、関係者必読の書と言っていいだろう。
「芸術祭と地域づくり」
著者 吉田隆之
発行 水曜社
A5判 312ページ 定価2900円+税
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