オヤジの弁当箱

日々の手作り弁当だけが生甲斐のしょぼくれオヤジ。弁当メニューと併せて日々の雑感を付記。

弁当&尾道

2015-11-02 | Weblog

11/2(月) 先ずは、先週に訪れた尾道市のことについて軽く触れたい。同じ広島県の三次市布野町での取材を終え、我等は尾道に入ったのは水曜日。既に夜の帳が下りた時刻であった。このことは、先日に触れた。

尾道を訪うのは、二度目のはずだ。約三十年も前のことだと記憶する。その折は、現在T物産の社長をしているOKAZAKIさんが同行していたような覚えがある。とすれば、仕事で行ったことになるので、多分備後地方の取引先、縫製工場を訪問した時のはずだ。それ以来、訪れた記憶はないが、TVなどでもよく紹介されるので、何度もいったような気分である。

チェックイン後、駅前まで食事に出たが、駅舎とその周辺は様変わりだった。朧な記憶ながらも、情緒あった駅舎は近代的とと云うか、面白味がないと云うか、日本中そこ彼処にある顔であった。そして、そこ彼処に在るような居酒屋で一献交わし、食事を摂った。

翌朝は、目的である「中村憲吉」終焉の棲家へと向かった。広島空港からレンタカーを使っているので、動くには便利である。尾道のシンボル「千光寺公園」へと向かった。ここの頂上から、文学の小道とやらを下って千光寺、そのすぐ下にある憲吉終焉の住居(尾道市が終焉の地として保存管理)へと向かう。

                    

                                    山頂                          文学の小道

御承知のとおりに、尾道は坂の町だ。麓から歩いては、この弱った足も、同行のロートル取材陣は顎を上げ、舌を出してしまうに違いないのだ。行きはよいよい帰りは恐い、童謡ではないが、頂上付近に置いた車は? ご心配なく、ケーブルカーと云う便利な乗り物があるんだ。麓まで下りて、これで戻る。こう云う算段である。

千光寺公園からの眺めは素晴らしい。青い空の下に、大きな川、運河かと見紛うような尾道水道が、本州と向島を隔てている。それに連なるように瀬戸海の島々が重なり、彼方にまた陽光を受けた海が光っていた。

                     

               三重の塔(国宝らしい)    途中のカフェから   ケーブルから尾道大橋を望む

一望の後、文学の小道とやらを下る。志賀直哉・林文子・正岡子規とう、江戸・明治・大正の文豪、歌人・俳人の歌や句が、坂道の傍の石に刻まれている。千光寺を過ぎると、直ぐに中村憲吉旧居跡の標識が建っていた。工事中の家の下に、憲吉終焉の家が、立派な碑に篆刻された歌で示されていた。

                            

旧居には、転地療養の為に移った12月から、逝去までの半年ほどしか住んでいないが・・・・。住い、意外と小さい。十畳と六畳ほどの畳部屋に、狭い廻り廊下と、海に向かったガラス戸。三次・布野の生家を見て来た後だけに、そう感じた。然し、傾斜の急な山際、たおやかな海を臨み、陽光に恵まれた住いは快適であったろう。ましてや、買い物で坂を上り下りすることもないのだ。

                      

尾道と憲吉、そしてふる里・布野、それを繋ぐOBのMASUIさん。如何に紡ぐのか、ライターの苦労が思いやられるな。今回は私ではない、ああぁよかった。                            

時間が押されたので、弁当は写真だけで・・・・。ご勘弁を!

              

 煮物は、鶏・大根人参・油揚げ。焼き物は、シメジ・シシトウ・ピーマンのオリーブオイル炒め、鮭は生鮭のバターソテー。卵焼き、シューマイは出来合の冷凍品。ホウレンソウの胡麻和え。定番の卵焼きでした。

 

 

 

 

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久々の雨・・・

2015-11-02 | Weblog

11/2(月) 今朝の東京は久々の雨。朝方は強めの降りだったが、昼過ぎの今は上がったようだ。肌寒くて、スタッフの中にはマスク姿が・・・。電車の中でも同じようなマスク姿が目立つ。

先週の金曜日から土曜日にかけての旅行会、信州は白骨温泉へのバス旅行では、朝から帰りまで車中で飲みっ放し。すっかり飲み疲れてしまった。早や二十年近くにもなる、職場仲間との旅行。最近の様子や昔話と、すっかり愉しませて貰った。

往路の諏訪湖サービスエリアでランチを摂った。

                        

めいめいが好きなものを、券売所で買って諏訪湖を望む席へと向かう。不覚にも2880円也の「鰻重」のチケットを買ってしまった。案の定の大外れ『これじゃ、秋刀魚の蒲焼きか泥鰌の蒲焼きの方がましだぜ 』そんな、硬くて味気もない最悪の代物であった。

                          

今回、残念だったのは、鰻のことはさて置き、いつも陽気なKEIJIが仕事の関係で、ボソボソと俺に教訓めいたことを垂れるMIKOSHIBA君が脊柱管狭窄症とかで来れなかったことだ。日頃から行いが良くない?二人のことだから、致し方なしか。俺ぐらい品行方正なら、肝心の時は何の問題もないのになぁ~。

白骨温泉へは、松本を経由して行くらしい。一行は、その途中に在る松本城に立ち寄った。松本に足を入れたのは、二度目か三度目かだが、忘れるぐらい古いことだ。覚えのある時からでも、二十年は経っている。大手門を潜ると菊花展が開かれていた。本丸には上がらず、お城の入り口に在った蕎麦店で、ザルを食して舌に残った鰻の嫌な味を消した。でも喰い過ぎだな・・・。

                        

白骨温泉は初めてだが、中々いい温泉であった。山中の、本当に山の中の、それも深山と云えるような峡谷に、へばり付くように何軒かの宿が在った。薄く白濁した湯は柔らかで、心地よかった。 

                                       

出発の朝、ホテルの周囲を少し歩いた。この辺りの紅葉は既に終わり、木々は枝を幹を晒しヒマラヤ杉の葉は道を黄色に染める。遠い峰々は、片栗粉を散らしたように朝日に輝いていた。

                         

                             乗鞍岳だとか

帰路、安曇野の「大王わさび」と云うわさび農園&観光施設に寄った。百年の年月を掛けて整備したと云う、このわさび田の見事さには敬服した。それほど見事であった。スタッフのTOKIOは、ここ安曇野の出身なので、穏やかな平野の佇まいに、ついつい携帯を鳴らした。

                        

「安曇野にいるんだけど、君の家ってどこら辺りだ?」と、『川の向こうの山裾辺りですよ』と返ってきたが、何処が川やら、山に囲まれた平野の裾野は余りにも広すぎて、さっぱりイメージが湧かなかった。ただ、これだけの平野であれば渡来人達が大挙して移り住んだのも頷けた。

帰りの車中も、しっかり飲まされて、上野駅前に着いたのは夜の帳も降りた六時を過ぎていた。会社に寄ると、何時ものYOSHIOとFUJIKURAにAOKIが、仕事をしていた。天皇賞の検討をし、「ちょっぷく」に立ち寄ってYAMAちゃんの講釈を聞き流し、購入を依頼したのであった。

 

日曜の昨日、午前中は孫の”そら”の相手を一時間程し、碑文谷公園でボートに乗った。水面を泳ぐ水鳥を見て「追いかけて、追いかけて」と、煩いのだ・・・。誰に似たのか、遊んでいても直ぐに飽きてしまう(こっちは大助かりだが)。駄菓子屋で、安い菓子を与えて送り届けた。

昼、「奈加野」のオヤジから電話が入る「着いたよ・・・」と。十時前に電話をして『今日は平和島でボート遊びだろう?』と、コナかけておいた。着いたら(我が家の傍)連絡するとの約束が出来ていたのだ。と云うことで、オヤジの運転する車で久々にボートレースに出掛けた。

車中の会話『昨夜はどうだったの?忙しくはねえだろうな。渋谷のあの騒ぎじゃ』、「暇だったよ、街は歩けやしない。あれじゃ客は来ないよ。一組だけだったな、二階が空いているよ、と入って来たのは」。

勿論、あのハローウィンのバカ騒ぎのことだ。去年の大混雑、歩けない状態に懲りて、この時期は渋谷に近づかないようにしている。TVで見るだけでも唖然、茫然だ。それはさて置き、「KURAさんが、ああでもないこうでもないと言うので今日の天皇賞を買ったんだよ。どうかな?」と云う。

『そんなもんが俺に判る分けねぇよ。お祭りなんで、一応買ってはみてるけど』、そんな会話をしているうちに平和島競艇場に着いた。既に第四レースがスタートする処であった。冬場に入ると、レース開催が早くなり、早く終わるのだ。

僕らは、第五レースから参戦した。表現が、チョット大仰すぎたかね! 最初は離れ離れでレースを買っていた。最初の三レースは、勝った。それから、オヤジと一緒に見るようになって、四連敗を喰らった。オヤジもトータルで負けたようだ。

                            

「まあ、一日安く遊んだんだ。そう思えばな・・・・」と、敗軍の将は諦めと切り替えが早い。俺らもう一歩なんだが、それが上手く来ない。これは運がない、やって来ないのだと思っている。こうやって遊びながら運試しと、運を呼び込むトレーニングに励んでいるのだがな・・・・。秋の天皇賞もお互いにハズレ、二人とも運に見放されたのか?

真剣身が足りない、運を呼び込もうと云う真剣さ。思いが足りねえわな、特に俺の場合は。何時になったら真剣になるのか?そなれば、百円・二百円とちまちました子供のままごとのような買い方はしねえな。ひとレース、五千~一万は行くな・・・・。そうか!そういう勝負をしないから真剣にならねえんだ。運を掴もうとしないのか・・・・。

分ったようなきがするね、大勝負をするしかねえか? しかし、以前に相当痛い目に遭ってるからな。あの時は、数千万はやられたからな。あれも真剣さが足りなかったのは確かだが・・・・。目覚めよ、眠れる獅子よ! 。数十年の眠りから醒めよ! と、云うことだ。が、・・・果たして目覚める時はあるのか。来るのか?

 

と、云うことで今日の第一部はお仕舞。第二部は、弁当編と尾道編になります。

 

 

 

 

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