オヤジの弁当箱

日々の手作り弁当だけが生甲斐のしょぼくれオヤジ。弁当メニューと併せて日々の雑感を付記。

トンカツ&オムスビ

2011-07-12 | Weblog

7/12(火) 今朝も夜明け前、Mixの鳴き声で起こされる。暫く歩いていないので散歩に出ることとした。五時前から目黒通りを西へ、そして駒沢通りへと出て戻る。一時間半ほどの散歩となった。

駒沢通りを戻る途中、私の前をおじさんが歩いていた。スピードは早くも無く遅くも無くというところ、並び掛けたところ急に大またで歩く。暫く行くうちにまた並ぶ、また急ぎ足になる。そんなこと三度、四度目にはおじさん、とうとう小走りになってしまった。

何だか可笑しくてしょうがなかった。が、私も途中で抜かれそうになるとムキニなることはたしかだが・・・。

家に戻って、弁当作りに着手。昨夜、長女の子供が熱をだしているとの話であった。そんなことで弁当不要なら、今朝はオムスビにしようと考えて鮭・タラコを焼く。ところが、仕事にでるとの連絡が入った。ならば、弁当も作ろうと二種を用意することとした。

オムスビは「鮭とタラコ」である。弁当の方はといえば、「トンカツ」「グリーンピースの卵とじ煮+小松菜」「キュウリと茗荷の酢物」となった。

             

ご飯は、今日から妹のところで作った米。水は九重連山は黒岳の麓に湧く微炭酸水「白水」。炊き上がると、何とも云えないモッチリ感・・・旨い飯となった。

             

オムスビは六個でK用に四個、小僧が二個となった。弁当は家人と長女の二人分である。

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炒飯弁当

2011-07-11 | Weblog

7/11(月) 昨夜は、深夜の一時と明け方の五時前に老犬Mixの鳴き声に起こされる。散歩に出る気分にもならず、弁当作りに入ることとした。

昨夜の飯が相当残っていた。これを活用し、オムライスにするつもりでいたがケチャップが残り僅かであった。方向転換し、炒飯となった。

お菜は、ナタ豆と万願寺・インゲンの煮物。シーフードと野菜(ピーマン・タマネギ・キャベツ)のオリーブオイル炒め、定番の卵焼き、更に冷凍のシューマイも一つづつ加える。

                    

炒飯の具材は、タマネギ・シメジ・人参・ピーマンにウィンナーのスライスとなった。

                   

誰かに冷や飯の弁当転用料理を教えて貰いたいものだ。何時もの炒飯やオムライスでは芸がない・・・。

どうも作るものがパターン化されてしまい面白味がない。調理をしていると、ああすればこうすれば浮んでくるが、後の祭り。最初に確たるイメージがないのが良くない、素人料理の典型である。

そんなことを思いながら、今朝も弁当を仕上げた。一口味見をするが、上々である・・・食べた人しか分からない、何とでも言えるか。

                    

各して今日も三人前の弁当であった。卵焼きが在ると弁当が落ち着くのは何故か・・・。

 

昨日の日曜は午後から会社へと、急ぎの案件があるわけではないが二週間ぶりのトイレ掃除と、今月で会社が決算を迎える。その為の若干の資料作りなど・・・。

暑い最中であったが、たった一人で冷房を入れて居るのは気が引ける。さりとて、掃除で体を動かすと、これまた堪らん・・・ハムレットの心境だった。

土曜日にトイレ用の洗剤をK君が買い置いたはずだが、土曜日に出勤の際には見当たらない。掃除を日曜日に延期して、結局自宅から洗剤を持参した。(今朝K君に訊くと、何と硝子や台所用の洗剤を指してこれです。と云う、・・・教えましたよ。今度はこう云うのを買ってきてね!)

関東も梅雨明けが宣言されて、急に盛夏の様相となった。愈々、私の夏スタイルが始まる。今日は、手始めに沖縄風のシャツ(否、フィリピンあたりが妥当か)、明日はハワイアンスタイルか?馬子にも衣装と云うが、私は何を着ても同じか・・・様にならぬ。

 

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鶏唐揚げ

2011-07-08 | Weblog

7/8(金) 今朝五時ぐらいに目覚めたが、起きだす気力もなく散歩へと歩む元気も湧かない。古い曲のCD(当然演歌や)を聞き、結局6時ごろから弁当作りとなった。

お菜は「鳥唐揚げ」と、野菜千切り(ピーマン・セロリ・人参・ジャガイモ)と細切ハムの「炒め物」となった。それに、昨夜煮てあった「切干大根煮」が加わった。

                      

以上三品が、今日のお菜。卵焼きでも付けたいところだが、これ以上は弁当に収まらない。

冷凍の鶏肉を解凍、生姜とニンニクの千切りに酒・醤油・出汁を少々加えて袋の中で揉み置く。仕上げに片栗粉を入れて揉み、揚げる。乱切りしたジャガイモを一つ素揚げにする。

                      

千切りにした野菜は、オリーブオイルで炒め塩胡椒。味付けにウェイバーを少し入れてみた。煮物は、再度火を通すだけ。ご飯も炊きあがる頃に準備完了となった。

                 

今日も三人前と思いきや、お菜が残ったので自分用も持参することとした。これにて、四人分の弁当となった。

 

 「 焼 肉 」

昨夜は、会社の若手スタッフW君と晩飯の約束があった。勤務時間の終わる7時過ぎにデスクに電話を貰い、それから好みを訊いて店を決めるつもりでいた。

ビックサイトの展示会に出かけていたU老が夕刻に帰社、「人手が多く、大汗を掻いた」とのこと。それじゃ、シャッキとした泡の出る飲物でも・・・と、隣の『高松』にて芋焼酎のソーダ割をニ・三杯やり喉を潤した次第。

其処で、W君との食事のことを話しているうちに、U老お奨めの焼肉店のことを思い出した。もう何年も前から、堀切菖蒲園(京成電鉄の駅)に在ると云う店のことは聞いている。それこそ耳にタコができるほど聞いてきた。

旨い!旨い店とのことで、それじゃこの機会に其処へ行こうと云うことにした。U老の案内でW君と三人、地下鉄を乗り継いで堀切菖蒲園駅に着いたのは8時前であった。この駅に降り立つのは初めてだった。有名な堀切菖蒲園があるのだが、まだ行ったことがない。

駅から直ぐの路地を入った処に店はあった。私たち用にキープしてくれてあった席以外は満席。有触れた構えの店であるが、人気の様子が伺えた。

U老お奨めの「カルビ」と「ハラミ」、W君所望の「ホルモン」が焼き物。これまたお奨めの野菜サラダをオーダ。飲物は、巷の定番となってきた「ハイボール」(私などは、三十年以上ハイボール一筋だが)を頼む。お通しか、キムチが出てきた。

さあ~焼くぞ、と焼捲くる。何しろ私は火を見ると焼きたがるのだ。Wにバンバン食べさす、と「ヤッパご飯欲しいですね」と来た。アルコールは飲めない様子なので、肉を喰わして、飯を喰えと・・・仕上げには零面もいった。中々の喰いっぷりであった。

                       

                         冷麺のオレンジを・・・

さてお味の方だが、上の下と云うところか?お値段の方はと云うと、お手頃価格。味の方では、私の地元、学芸大学の「東紅苑」の方が上位だと思うが、これも好みがあるので・・・。

久々に若い喰いっぷりを見て気持ちが良かった。それに、老ご推薦の店に漸く顔を出せて念願成就。そんな夜でありました。

さて今宵だが、今夜は銀座。サラリーマン時代の上司が、常務取締役に昇進し晩飯をご馳走してくれるとのこと・・・。どんな夜となるやら。

 

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サンドイッチ

2011-07-07 | Weblog

7/7(木) 今日は七夕だそうだが、朝から生憎の天気。牽牛と乙姫ならぬが、年に一度ぐらいは顔を合わせたい人たちが私にもあるのだが、其々に忙しいやら遠方やらでそれも叶わぬ。せめて今日は、そんな人の顔を思い浮かべてみよう・・・。

さて、今朝はサンドイッチとなったのだが・・・。何の事はない、実は昨日に作るつもりで前夜に購ってあった。処が、昨朝は前夜の酒が利きすぎたのか、起き出してからもボンヤリとリビングの椅子に座り込んだまま時間が過ぎ去った。家人から、サンドはどうしたの?と訊かれて、パンを買ってあったことを思いだす始末。時既に遅し!

と、云う次第で今朝になって登場した。具材は、コンビーフ・ツナ缶・ゆで卵・チーズ・胡瓜・セロリ・キャベツを並べてみた。

                   

十枚切り食パンで三人前、結局ツナ缶は出番無となりお蔵入りとなった。刻み、薄切り、焼と淡々と準備が整った。適当に具材を挟み、カットして出来上がり。

                        

ゆで卵入り、チーズ入り、野菜メイン、コンビーフ&野菜炒め入りのサンドイッチ軍団となった。私のお味見もなく、家人と娘は半サイズを三個、Kには四個がランチとなった。これにて、今朝のお仕事はお終い!

                        

  「タバコ」

学生時代からすい始め、かれこれン十年吸いつづけてきた。一時、タバコの灰でズボンに穴を開け、腹立ち紛れに一年ほど休吸したことがあるが・・・。特に止める理由もなし。

近頃の風潮で、分煙や禁煙ルームが多くなっている。そんな時代に逆らって私のデスクの上にだけは灰皿が在ったサラリーマン時代も過してきた。しかし最近はどうも旗色が悪いようだ。

私なりの気の使いようも有るには有る。例えば、通勤電車に乗る前には吸わないとか、灰皿がない場所では絶対に吸わないとか、歩きタバコは絶対しないとか・・・、あたり前のことではあるが。そんなことを云いながら、PCに向かってタバコの火を付けた、灰がキーボードに落ちた・・・。

そんな勝手なタバコ吸いだが、今度の震災騒ぎで愛煙するショートホープが一時巷から消えた。それが腹立たしいのでblogに書いたりした。

先日、サラリーマン時代の最後に一緒に仕事をしたS君から会社に荷物が届いた。何かと明けてみると『タバコ』が入っていた。添え書きがあり「少しでも足しになればと、近所の煙草屋を廻って集めました」と記されていた。

彼と仕事をしたのは十年近くも前になる。数年に一度くらいは顔を合わし、昔の先輩面をしてみるが・・・。有りがたいことであった、大事に大事に吸わせてもらう。何れ全ては煙と消え胡散霧消するが、気持ちだけは残したい。

そして今日もまた、煙を吐くのである。

 

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弁当遅れる!

2011-07-05 | Weblog

7/5(火)昨夜遅くに大粒で激しい雨となった。寝入りばなをその雨で起こされた。窓閉めて眠る、処が深夜になって暑さのために寝苦しくなり目覚めた。それから、眠れない。結局そのまま朝を迎えることとなった。

一時間の散歩の後、弁当を作り始めたがスピードがない。テレテレと一向に捗らないのであった。

さて、今朝のメニューだが、暑さ対策で酢飯で行くこととなっている。暑い日は酢物で食欲増進と云う塩梅である。何時もの土佐風「五目飯」、使う酢は何時もの柚子加工酢の「てまいら酢」をメインに柚子酢も少々加えて香りを引き立てる。

具は、人参の千切りと牛蒡の掻き切りを刻み油揚げの煮物。鯖の文化干し焼。これに胡麻と紫蘇(大葉)が加わる。米四合を昆布と日本酒少々で炊く。

                           

お菜もほしいと、冷凍のシーフードを天ぷらに、人参の乱切りを素揚げにする。もう一つと、アスパラを茹で生ハムで巻く。ついでに小松菜を茹で胡麻和えにする。と、順調に行けばいいものが・・・愚図愚図と手順が悪い。

                            

とうとう出勤途上の長女が、弁当を取りに来た。来たのだが「あと五分」と云うと「待てない」と、昨夜の残りカレーを持っていったのだ・・・。嗚呼、折角食欲が湧くようにと工夫した「土佐風五目すし」が陽の目をみない。「残りを冷蔵庫に置いておくので、帰りに食べろ」と、云うこととなった。

                            

それでも、家人とK君用に。それに私も今日は宗旨変えで、すし弁を持参することとしたの。

                            

社内では、仕事はスピードと言っている割には、今朝の私の仕事は遅かった。反省!

 「ばっけ」のこと

平成6年か7年のことであったか、弘前へと「ばっけ」の取材に行ったのは。この前に『佐藤初女』さんの取材に行っているはずだ。何しろ古いことは記憶の彼方へといってしまい、ぼやけてしまった。それ以来、弘前詣でが続くこととなる。

最初の弘前は、2月の雪が降り積もった時期であった。聴覚障害の方々にライブホン(振動型のヘッドホン)を使い、ピアノコンサートを愉しんでもらうイベントの立会いであった。

「ばっけ」が活動する4月下旬は、弘前城(公園)の桜が咲く頃と重なる。上手く行けば満開となる。そんな次第で、弘前の桜とはお馴染みとも云える。
今回が初めての弘前と云う、K大兄と現地で合流。「ばっけ」公演前の僅かな時間であったが、城を案内した。桜の並木・大木、城跡の広壮な敷地に感激した様子であった。

                  

          東門を背に:K大兄            後ろの柵に停まった鴛鴦             天守を背に

毎年、”ばっけ”のシーズンに芝居を演じて福祉施設との交流を重ねてきた演劇サークルだが、NTTの拠点統合や採用減、メンバーの高齢化と役者も裏方も人手不足が続いた。そしてとうとう、今回の芝居が最後となった。

                       

                         文化センター終演後

顔馴染となったメンバーや、落ち着いた弘前の街とも途切れることとなるのは些か淋しい想いである。数年前から、この日が来るとは思っていたが・・・。

『バッケ』芝居を、活動を、記録に残そうとNTTや労働組合に企画を持ち込んだが、陽の目をみなかった。ならば、と自主企画で記録映像化にチャレンジさせたが、人・物・金を掛けない貧乏所帯では、限度があった・・・致し方なし。

                       

                         熱演の川崎座長・左

別れ際、女優陣が車から降りて”握手”をして出て行った。妙な感傷を覚えたのは、最後の最後、少し心が通ったかと思ったのか・・・。

                       

日曜日の午前。公演に出かけるメンバーを見送った後、公園の堀沿いの歩道に立った。NTTの前の桜並木、葉を茂らせて梅雨間の強い陽射しを遮ってくれた。
春、満開の桜の花びらが花筏と彩る堀の湖面は水草で覆われていた。

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掻揚&煮物

2011-07-04 | Weblog

7/4(月) 今朝も弁当を作る、やっぱり弁当つくりから離れなれぬようだ。チャーハン弁当の予定が、家人が乗り気でない。メニューを変更し「掻揚」と「大根・人参・インゲンと豚小間煮」、そして「卵焼き」となった。

掻揚は、シメジ・人参・タマネギと小エビである。煮物の方は、唐辛子を二本入れて、ピリリと仕上げた。後は、定番の卵焼き、長ネギを薄く刻んで入れる。

                    

何ともはや、面白くも何ともないが一応三人前の弁当が完成となった。              

K君用は掻揚丼風にしてお菜がたっぷり、娘は鳥ソボロをご飯に乗せる。家人はシンプルを旨とする。それなりに気を使うのである。

                           

 

昨日、山形・東根市の家人の友達に頼んであった「サクランボ」佐藤錦が届いた。残念ながら、今年のサクランボは良くない。何処のサクランボにまして此処のは美味しいのだが・・・。先日、銀座の山形アンテナショップで試食したのは酷かったが、それに比べると数倍は美味しいが、それでも例年の味を舌が覚えている・・・。

                          

土佐の文旦、小夏も例年よりは味が・・・・。今年の異常気象なのか、何もかも良くないようだ・・・・。食い物で、あれこれ言っちゃいかん・・・が。

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「ばっけ」最終公演

2011-07-04 | Weblog

昨日の日曜日、黒石市の老人福祉センターで「ばっけ」の最終公演が行われた。それは、弘前のNTT演劇サークル”ばっけ”が、42年(施設との交流では40年)の歴史の幕を閉じる日でもあった。

                        

                       舞台を終え、お土産を渡す(景風荘)

この日午前10時、私は最終の公演に向かうメンバーを弘前城の前にある彼らの拠点(NTT白銀ビル)で見送った。残念ながら午後の早い便で帰京する私は、彼らに同行しなかった。

金曜日、夕刻から「第19回 演劇の夕べ ボランティアの集い」と銘打たれた芝居が弘前文化センターで行われた。この会は、主催が弘前市ボランティア連絡協議会となっている。翌日は、黒石市の社会福祉法人「景楓荘」(老人ホーム)での公演であった。両日の公演を見せて貰った。

                    

                    景楓荘               幕開きを待つ入所の老人

今年の出し物は「かも池」であった。一幕一場面の芝居、津軽の大沢村(架空)を舞台に起きる社会・経済・家族・地域の現象を題材にオリジナルの脚本で、津軽弁で語り演じる。

粗筋は「妻を亡くした献身的な農協組合長と、その一家。かも池と云う貯水池の決壊を心配し防ごうと、奔走する組合長。村長選挙に纏わる根も葉もない噂、家族の在り方と葛藤。池の決壊が起き、一致して立ち向かう人々。そして組合長の死・・・」こんな筋立ての中で、地域・家族・時代とあらゆるのが包含されている。

                    

                  芝居のクライマックス           終演後の記念撮影

『十の笑いと一つの涙』が、芝居のコンセプトと云うのは、リーダでシナリも受け持つ川崎さんの話。そんな訳で、今回も泣かされましたよ・・・。川崎さんの術中にはまり、すっかり円熟をしたメンバーの芝居に突き動かされ、そしてフィナーレと云う事実・・・。

この芝居・このメンバーとの短かった交流が・・・と、まあ~目から・・・の二日、ニ公演。これ以上ここで、本当の最終公演は見ていられないと云う気持ちもあった。

全てNTTの社員やOB(高齢化でOBになっていく)達が準備・演じている。彼らとの交流が始まってから17年か・・・、40年の施設交流の歴史から思えば短い期間である。

とてもいい時間を過した、三日間であった。

「ばっけ」とは、津軽弁で”ふきのとう”のこと。ばっけが芽を出す春がサークルの活動期。それが、今年はあの大地震で延期となり今になった。今年は六ヶ所での公演、青森、弘前、五所川原、黒石であった。施設での交流回数は通算で203回、この他に地域からの要請で公演をすることもある。そんな活動実績に対して「厚生大臣表彰」「NTT社長表彰」他を受賞している。

それにしても、津軽は暑かった夏の陽射しであった。

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オムスビ

2011-07-01 | Weblog

7/1(金) 7月に入った、梅雨時期には珍しい猛暑とか。節電や原子力の予行で今から十二分に体を慣らせと云うことか・・・。

さて、今朝は家の周りの碑文谷公園を30分ほど散歩。体を目覚めさせてから今日の弁当「オムスビ」の準備に入った。他には何もなし、鮭とタラコ、オカカの三種のオムスビだけである。

ご飯を四合ほど炊き、具材の鮭とタラコを焼く。後は炊き上がったご飯の熱々に手の平を熱せられながら握る。結ぶように握り、海苔を巻いた。

                         

オムスビの不思議は、海苔を巻くと料理物らしくなることだ。引き締まり、立派になる。そんなオムスビを本日は10個仕上げた。何時もの三人前プラス自分用。Kには初物であろう、サクランボを少し・・・。

                    

何と長女が来て、三個も持っていった。今日は私も二個持参、弘前へ向かう途中で食す所存。

そうなんです、昼の便で弘前に向かいます。あの「ばっけ」の最終公演が弘前文化センタにて今夕あります。42年の芝居のフィナーレが今週末にかけてあります。

40年間の施設交流演劇、明日は黒石の老人施設にて公演。それも見てきます。長い長い歴史に幕が降ります。この話は、弘前から戻ってまた書きます。

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