中井悠美子(悠石)「四季の絵文日記」 2011/9/24~

四季を語る「絵文」と、日常を織り交ぜた小さな日記。
ご訪問頂き有難うございます。ご縁に感謝を!

Vol. 446 天空の白鷺

2013年11月16日 23時56分41秒 | 旅行
   

   16日・・・平成の修理が行われている世界文化遺産「姫路城」へ行って来ました。
   fbのお友達の「M・S]さんのお誘いで。パリにご一緒した「A・I」さんとも合流して3人になりました。
   M・Sさんとは初対面でしたが、すぐに分かりました・・・fb友は不思議に分かるのです!
   プロフの写真と毎日のコメント交換が、お会いする前から「心」を繋いでいるのかもしれません!

   見出しの写真は「天守閣から見た西の丸」千姫の化粧櫓があるのです。

   
   こちらが「天守閣」8階の見学修理スペース・・・より
   こちらへのエレベーターに乗れるまで1時間ほどまちました・・・日本全国どこにいっても
   行楽地は「待ち」辛抱がいりますね!
   こちらはもうすでに修理が終わっています。漆喰の白さが際だっています。
   全てが手作業・・・ですが白く美しいが故に汚れも目立ちますよね。
   今回は汚れにくい漆喰が研究され施されたようです。

        
   このようなおおきなカバーが天守閣をすっぽり覆っています。

   
   天守閣の見学の後「西の丸」へ
   左は千姫右は勝姫
   勝姫は寛永5年(1618年)11才で「池田光政」に嫁ぎ江戸屋敷で「嫡男・綱政」が生まれたと言うことです。
   故郷岡山は「池田藩」ご縁がちょっと気になります。

   天正8年(1580)年、豊臣秀吉が黒田官兵衛と浅野長政に命じて姫路城の大改築を命じる。
   元々この姫山と呼ばれる山には城(現姫路城)があり官兵衛は、ここで生まれたと言うことです。

   その後池田輝正、本田忠政、酒井多恭・・・等により造築造営が行われたそうですが
   その多くは残っていないのだそうです。

   第二次世界大戦、空襲で焼け野原になた姫路の街。
   奇跡的に残った天守閣を含む一部・・・広大な原生林の森も残っているそうです。

   白鷺城・・・今を潤して尚あまりある大きな存在です。

   この後「お茶」・・・シェカラート・・・コーヒーをシェイカーでシェイクしたもの
   を駅近くの喫茶店で頂いて・・・お別れしました。
   
   M・Sさんとは12月1日に・・・A・Iさんは今週末23日に・・・又お会い出来ます。

   チョットトリップでしたが、残念なことに、iphoneの操作を間違えて写真の多くを削除してしまいました。
   

   簡単アップですが、皆様ご訪問有難うございました・・・・・・
コメント (8)
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