白鑞金’s 湖庵 アルコール・薬物依存/慢性うつ病

二代目タマとともに琵琶湖畔で暮らす。 アルコール・薬物依存症者。慢性うつ病者。日記・コラム。

Blog21・フランスの従姉妹(いとこ)をアフリカに出現させたフランソワーズ

2022年05月13日 | 日記・エッセイ・コラム
パリに戻った<私>と祖母、そして女中のフランソワーズ。ゲルマント家の館に付属するアパルトマンに住むことになった。そこで「第三篇・ゲルマントのほう」のほとんど冒頭に近い箇所でプルーストが問題にしているのは「名」についてである。この場合はゲルマントの館なのでゲルマントの「名」について、こう書かれている。「名」は「現実の場所を示してくれる」だけの単なる記号ではない。「われわれがその名のなかに流しこんだ知りえぬもののイメージをも想起させてくれる年齢」を暴き立てる記号でもある。また「名」と「その名のなかに流しこんだ知りえぬもののイメージ」という混合状態を示している。したがって「その都市には含まれていないのに、都市名からもはや追い出せなくなった魂を探し求めてその都市に出かける仕儀となる」。想像力の産物として、森に精霊が、水辺に神が宿るように、「どんな城館にも、有名などんな館や邸宅にも、貴婦人ないし妖精が存在する」。さらに「名の奥に隠れている妖精は、それに糧を与えるわれわれの想像力の成長にしたがって変容する」。どんな妖精を館に住まわせたかは個々人の想像力の変容に従って時々変わる。誰がどんな想像力を発揮して妖精とか妖怪とかを住まわせようが自由だろう。だが「名」がなくては妖精を住まわせようにも部屋も廊下も天井裏もない。「名」の中に内容を詰め込むのは館ではなく周囲の人間たちである。また人間の気まぐれは一度住まわせた妖精を消してしまうこともある。

「『名』というものが、われわれに現実の場所を示してくれると同時に、われわれがその名のなかに流しこんだ知りえぬもののイメージをも想起させてくれる年齢、そのせいで現実の場所と知りえぬものとを同一視したわれわれが、その都市には含まれていないのに、都市名からもはや追い出せなくなった魂を探し求めてその都市に出かける仕儀となる、そんな年齢では、名が個性を与えるのは寓意画でよく見られるように町や河だけではない。名がさまざまに異なる色彩で飾り立てたり不思議なもので満たしたりするのは、たんに物質界ばかりではなく、社会の領域でも同様である。それゆえ、どんな森にもそこの精霊が、どんな水辺にもそこの神が宿るように、どんな城館にも、有名などんな館や邸宅にも、貴婦人ないし妖精が存在するものだ。ときに、名の奥に隠れている妖精は、それに糧を与えるわれわれの想像力の成長にしたがって変容する。そんなわけで私のうちに存在するゲルマント夫人が浸されていた雰囲気は、何年ものあいだ、幻灯のガラス原板や教会のステンドグラスの反映にすぎなかったが、そんな色彩が消失しはじめたのは、まるでべつの夢想によって、その雰囲気が急流の泡立つしぶきに浸されたときである」(プルースト「失われた時を求めて5・第三篇・一・一・P.24~25」岩波文庫 二〇一三年)

しかし「名」がたまたま同じなだけなのか本当にゲルマント家の一族と呼んでいいのか、わかりづらい場合もあるに違いない。そんな時でもフランソワーズは往年のゲルマントの「名」の偉大さに依拠して考える癖があった。プルーストは「フランソワーズの語彙には、ある種の宝石のようにところどころ瑕疵(かし)があり、その瑕疵が本人の思考にまで暗い影を落としていた」と書く。フランソワーズはたびたび珍妙な自説を持ち出して聞かせ、自分の健康維持に役立てているかのようにさえ映ることがある。或る時、フランソワーズは「『大へんな』という一語の持ちあわせしかないため」、ラ・シューズ通りのゲルマント家にも、大貴族ゲルマント家にも、「名が同じ」という点だけで「大へんな」と形容するので聞かされた側は両家は偉大な一つの家柄であるように思われたりする。またアルジェとアンジェとを取り違えて、<私>にとってありもしない従姉妹(いとこ)を作ってしまったりもする。このような読み違い・書き違いによってフランソワーズはロワール川沿いのアンジェの町にいる従姉妹ではなく遠くアルジェリアのアルジェの町に従姉妹を出現させるのだ。フランソワーズには何一つ悪気はない。ところが使用する「名」=言語によって突如としてアフリカに<私>の親戚を発見させ、しばらく関係者を考えさせたのち、その親戚を消してしまうことになる。これもまた「名」という<象形文字>について人間が思考し始めると必然的に発生しないわけにはいかない現象の一つだ。

「『公爵夫人は、そんなの全部と姻戚つづきのはずよ』とフランソワーズは、ある曲をアンダンテから弾き直すみたいに、ラ・シェーズ通りのゲルマント家に話を戻すつもりで言った、『だれから聞いた話か、もうわからなくなったけど、あの家のだれかが従姉妹(いとこ)をここの公爵と結婚させたんだって。どのみち同じ<親類縁故>よね。ゲルマント家って、大へんな家族なのよ!』。フランソワーズが敬意をこめてそう言い添え、この家系の偉大さを示すのにメンバーの数の多さと名声の輝きの両者を根拠にしたのは、パスカルが宗教の真実を言うのに理性と聖書の権威の双方を根拠にしたのを思わせる。フランソワーズがそんな言いかたをしたのは、この両者を示すのに『大へんな』という一語の持ちあわせしかないため、結局、両者はただひとつのことであると思えたのだ。そんなふうにフランソワーズの語彙には、ある種の宝石のようにところどころ瑕疵(かし)があり、その瑕疵が本人の思考にまで暗い影を落としていた。『コンブレーから十里のゲルマントにお城をもっているのも、<そん人たち>じゃないかと思うんだけど、それならアルジェの従姉妹(いとこ)さんと親戚もんにちがいないわ』。母と私は、このアルジェの従姉妹というのが何者なのかと長いこと首をかしげたが、ついにフランソワーズがアルジェという名で言わんとしたのはアンジェの町だと悟った。われわれは近くのものより遠くのものによく通じている場合がある。フランソワーズは、わが家に元旦の贈り物として届けられる恐ろしくまずいナツメヤシのせいでアルジェの名を知っていたが、アンジェの名は知らなかったらしい」(プルースト「失われた時を求めて5・第三篇・一・一・P.50~51」岩波文庫 二〇一三年)

次の箇所でもフランソワーズのフランス語はでたらめが多い。とはいえなぜプルーストはそう書いたのか。プルーストは明らかに「誰が語るのか」という問いに踏み込んでいる。例えばフランソワーズは給仕頭についてこう論評する。「それにしてもあのアントワーヌってのは、なんたってほんとのぐうたらだわ、それにあの<アントワネス>だって、代わりばえしないねえ」。給仕頭(アントワーヌ)の妻のことを指して「アントワネス」と言わせている。しかしそれは「アントワーヌという名の女性形を探そうとして自分なりの文法をつくるにあたり、きっと司教座聖堂参事会員(シャノワーヌ)の女性形シャノワネスを無意識のうちに想い出したのだろう」と。しかしシャノワネスだと「アントワーヌの妻」を意味しない。「盛式修道会修道女」の意味になる。ただ単に女性形に置き換えればいいというわけではない。或る言葉が女性名詞あるいはそうでない場合でも、ただ単純に文法上の決まり事に従って変化させてみてもそれがいつも正解だとはまるで限らない。プルーストはフランソワーズのおしゃべりを用いて文法という「制度」の解体を試みている。すると突如として親戚がフランスではなくアフリカ大陸に出現したりする。それというのも言語自身がそもそもシニフィアン(意味するもの)とシニフィエ(意味されるもの・内容)とに分裂しているからであるとプルーストは<暴露>する。だからこの場面でフランソワーズはいっときのあいだ「昔のフランス人」と「同時代人」になるわけだ。今の日本でも事情は変わらない。ちょっとした言葉遣いの違い次第で、時間は、その人物を戦時中の東京に置いてみたり戦後のオキナワに置いてみたりする。

「さらに『でもねえ』と心にもないことをつけ加える、『あたし、自分の鍋で煮えてるものを知っていれば、他人(ひと)さまの鍋には首をつっこんだりはしないの。どうせ、どれもこれもまっとうじゃないんだから。それにあれは勇敢な男じゃあないね(こんな評価を聞くと、コンブレーでは勇気は人間を猛獣におとしめるものと考えていたフランソワーズが勇気に関する意見を変えたのかと思われたが、ぜんぜんそんなことはなかった。勇敢な、というのは、ただただ働き者という意味であった)。盗み癖がある、って言う人もいるけど、でもそうそう人の陰口を信じたりしちゃいけないわね。ここじゃあ門衛小屋のせいで、使用人がみんな辞めてしまうんだって、門衛たちが焼きもちで、公爵夫人をけしかけるらしいのよ。それにしてもあのアントワーヌってのは、なんたってほんとのぐうたらだわ、それにあの<アントワネス>だって、代わりばえしないねえ』。そうつけ加えたフランソワーズは、給仕頭の妻を指すはずのアントワーヌという名の女性形を探そうとして自分なりの文法をつくるにあたり、きっと司教座聖堂参事会員(シャノワーヌ)の女性形シャノワネスを無意識のうちに想い出したのだろう。この点、フランソワーズの言いまわしにはもっともなところがあった。今もなおノートルダム大聖堂のそばにシャノワネス通りという名の通りが存在し、昔のフランス人がそう命名したのだから(その通りには司教座聖堂参事会員しか住んでいなかったからである)、フランソワーズは実際にはその同時代人だと言ってよかった」(プルースト「失われた時を求めて5・第三篇・一・一・P.52~53」岩波文庫 二〇一三年)

ところでメゼグリーズは土地の名だが、フランソワーズにとっては大変馴染み深いものだ。メゼグリーズという「名」にはフランソワーズにとってあまりにも多くの記憶がばらばらに詰め込まれている。次のように。

「『メゼグリーズも、きれいなところだそうですね、奥さま』と若い従僕が口を挟んだのは、自分の好みからすると話がいささか抽象的になってきたからで、食卓で私たちがメゼグリーズのことを話すのを聞いたことをちょうど想い出したのである。『あら!メゼグリーズだって』とフランソワーズは満面の笑みを浮かべて言った。その笑みは、相手がメゼグリーズやコンブレーやタンソンヴィルの名を口にするとき、かならずフランソワーズの唇に浮かぶものだった。これらの名が自分の生活とあまりにも一体化しているので、おしゃべりの最中に耳にするなどしてその名に外部で出会うと愉快な気分になるわけで、その気分は、教師がだれか現代人のことを語ったとき、教壇からそんな名が発せられるとは夢にも想わずにいた生徒のあいだに湧きあがる愉快な気分に通じるものである。そんな歓びは、フランソワーズにとってその土地が他の人たちの場合とは異なり、よくいっしょに遊んだ幼なじみのようなものと感じられるところにも由来する。フランソワーズが、その土地に精神が備わるかのごとく微笑みかけたのは、そこに自分自身の多くを見出したからである」(プルースト「失われた時を求めて5・第三篇・一・一・P.56~57」岩波文庫 二〇一三年)

そうなると「ゲルマントの名」をシニフィアン(意味するもの)とする無数のシニフィエ(意味されるもの・内容)という事情と何ら変わるところはなくなってくる。また「相手がメゼグリーズやコンブレーやタンソンヴィルの名を口にするとき」フランソワーズが浮かべる「満面の笑み」。そう書かれている以上、フランソワーズが「満面の笑み」を浮かべているときは「相手がメゼグリーズやコンブレーやタンソンヴィルの名を口にするとき」かといえば必ずしもそうとは限らない。記号とその内容とが分割されていない「一対一対応」の時代などとっくの昔に終わってしまっていた。少し前の箇所に戻ろう。こうあった。

「そもそも当時のゲルマントの名は、酸素なりべつの気体なりを封じこめた小さな風船のようなものだ」(プルースト「失われた時を求めて5・第三篇・一・一・P.27」岩波文庫 二〇一三年)

従ってフランソワーズにとってメゼグリーズの「名」はフランスにおける「ゲルマントの名」にも等しい価値を持つ。

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