白鑞金’s 湖庵 アルコール・薬物依存/慢性うつ病

二代目タマとともに琵琶湖畔で暮らす。 アルコール・薬物依存症者。慢性うつ病者。日記・コラム。

Blog21・ゲルマント大公の懺悔とスワンの二重性2

2022年08月03日 | 日記・エッセイ・コラム
ゲルマント大公にとって唯一心を許して告白することができる相談相手スワン。格調が高く規模も大きい大公のサロンであるにもかかわらずなぜスワン一人しかいないのか。理由はスワンの二重性にあると述べた。ユダヤ人・株式仲買人(売人)・芸術に秀でた文化人というだけではない。スワンは一九七〇年という若い頃にフランス国家から与えられた「国民遊撃兵」としての勲章を身につけるようになっていた。さらに遺言作成の時期には「レジオン・ドヌール勲章」、「シュヴァリエ勲章」、などを要求できる地位を得ていた。国家への多大な功績が認められる軍人や政治家を対象とした勲章である。とすればスワンの場合、幼虫の時期には芸術愛好家のユダヤ商人というに過ぎなかったが、数十年後スワンは、フランス人として蝶になっていたということになる。

一方でユダヤ人商人、もう一方でフランス人受勲者。両極に引き裂かれた二重性を身に帯びた社交界人士はほかにいない。この種の両義性(医薬かつ毒薬)を持つ人物に近づくことは通常危険を伴うわけだが、スワンは長く社交界に出入りしていて互いによく知り合った間柄だったことと、ほかの人間は身内といえども容易に信用できないという上流社交界の単純な事情から、ゲルマント大公はすべてを告白する相手にスワンを選んだ。軍出身の大公にすれば軍部の謀略が大きなウエイトを占めている「重大な犯罪がおこなわれたことを信じれば信じるほど、軍を愛する私の心からますます血が流れるのです」という。明らかに自己批判なのだが懺悔の相手にスワンを選んだ理由についてこういう。「あなたは軍を誹謗中傷することも、その軍を中傷する輩にドレフェス支持者が同調することも、きびしく批判なさったそうですね」。このスワンの立場は奇妙にもプルースト自身の実際の立場と極めて近い。

「『ひとつの間違いが生じた、いや、いくつもの重大な犯罪がおこなわれたことを信じれば信じるほど、軍を愛する私の心からますます血が流れるのです。あなたが私と同じ意見をお持ちだとしても、まさか私と同様の苦痛を覚えておられるとは想いも寄らなかったのですが、しかし先だって小耳に挟んだところでは、あなたは軍を誹謗中傷することも、その軍を中傷する輩にドレフェス支持者が同調することも、きびしく批判なさったそうですね。それで私の腹は決まりました。正直に申しますと、幸いごく少数とはいえ何人かの将校にかんする私の意見をあなたに打ち明けるのは辛いことでしたが、もうあなたを避ける必要はないのだと思うと、とりわけ私が以前べつの見解を持っていたのは下された判決の正当性に一点の疑念もいだかなかったからだとあなたが悟ってくださるのだと思うと、やっと肩の荷をおろした気分です。私が判決に疑念をいだいてから願うことができたのはただひとつ、過ちを償うことです』」(プルースト「失われた時を求めて8・第四篇・一・二・一・P.256」岩波文庫 二〇一五年)

ゲルマント大公の告白の最後、「私が判決に疑念をいだいてから願うことができたのはただひとつ、過ちを償うことです」。紛れもない転向宣言。聞かされたスワンは<私>に向かって大公のことを「まっすぐな心根の人なんです!」と力説する。<私>は否定しない。またプルーストの見解はもっと前に、なおかつ有罪か無罪かという問題とは別の次元で人間が陥りがちな「致命的な誤り」について述べられている。

「だが作者としては、致命的な誤りにさしあたり警告を発しておきたかったのである。その誤りとは、シオニズムの運動が鼓舞されたのと同じように、ソドミストの運動を起こして、ソドムの町を再建せんとするところにある」(プルースト「失われた時を求めて8・第四篇・一・一・P.86~87」岩波文庫 二〇一五年)

最終的にドレフェス無罪と出たことで「シオニズム」(イスラエル建国運動)がますます盛り上がった。一方、反ドレフェス側は基本的にユダヤ人に対する好き嫌いを通り越した「反ユダヤ国家主義」陣営。イスラエル・ナショナリズムと国家主義的ナショナリズムとの衝突。そしてこの争いはいよいよ先鋭化していき、第二次世界大戦におけるナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺を経て、戦後すぐから今度はイスラエル建国によるパレスチナ侵略・弾圧へと突き進んでいき、今なお集結のめどが立っていない。プルーストのいう「致命的な誤り」は余りにも予言的であるという以上にもはや完全に「致命的」だ。

しかし二十世紀以降、侵略・弾圧するにせよ侵略・弾圧により失われた土地と財産・人命とを取り戻すにせよ、いずれにしても貨幣を介在させざるを得なくなったのは両陣営ともに資本主義を認めたことにほかならない。マルクスはいう。

「もともとユダヤ教の基礎となっているものは何であったか。実際的な欲求、利己主義である。それゆえユダヤ人の一神教は、現実においては多数の欲求の多神教であり、便所に行くことさえも神の律法とするような多神教である。《実際的な欲求、利己主義》は《市民社会》の原理なのであり、市民社会が自分のなかから政治的国家をすっかり外へ生みだしてしまうやいなや、純粋にそういう原理として現われてくる。《実際的な欲求と利己》との神は《貨幣》である。貨幣はイスラエルの嫉み深い神であって、その前にはどんな他の神も存在することが許されない。貨幣は人間のあらゆる神々をおとしめ、それらを商品に変える。貨幣はあらゆる事物の普遍的な、それ自身のために構成された《価値》である。だからそれは全世界から、つまり人間界からも自然からも、それらに固有の価値を奪ってしまった。貨幣は、人間の労働と人間の現存在とが人間から疎外されたものであり、この疎遠な存在が人間を支配し、人間はそれを礼拝するのである。ユダヤ人の神は現世的なものとなり、現世の神となった。手形がユダヤ人の現実的な神である。彼らの神は幻想的な手形にほかならない」(マルクス「ユダヤ人問題によせて」『ユダヤ人問題によせて/ヘーゲル法哲学批判序説・P.61~63』岩波文庫 一九七四年)

さらにこの状況はたった百年で世界全体を飲み込んだ。<或る価値体系>と<別の価値体系>との交換関係を介する限りで始めて資本は動くからである。両者の間に相互依存関係が成立しているというだけでなく常に成立させておかねばならない。

「生産物交換は、いろいろな家族や種族や共同体が接触する地点で発生する。なぜならば、文化の初期には独立者として相対するのは個人ではなくて家族や種族などだからである。共同体が違えば、それらが自然環境のなかに見いだす生産手段や生活手段も違っている。したがって、それらの共同体の生産様式や生活様式や生産物も違っている。この自然発生的な相違こそは、いろいろな共同体が接触するときに相互の生産物の交換を呼び起こし、したがって、このような生産物がだんだん商品に転化することを呼び起こすのである。交換は、生産部面の相違をつくりだすのではなく、違った諸生産部面を関連させて、それらを一つの社会的総生産の多かれ少なかれ互いに依存し合う諸部門にする」(マルクス「資本論・第一部・第四篇・第十二章・P.215~216」国民文庫 一九七二年)

<或る価値体系>から<別の価値体系>への場所移動について。

「運輸業が売るものは、場所を変えること自体である。生みだされる有用効果は、運輸過程すなわち運輸業の生産過程と不可分に結びつけられている。人や商品は運輸手段といっしょに旅をする。そして、運輸手段の旅、その場所的運動こそは、運輸手段によってひき起こされる生産過程なのである。その有用効果は、生産過程と同時にしか消費されえない。それは、この過程とは別な使用物として存在するのではない。すなわち、生産されてからはじめて取引物品として機能し商品として流通するような使用物として存在するのではない。しかし、この有用効果の交換価値は、他のどの商品の交換価値とも同じに、その有用効果のために消費された生産要素(労働力と生産手段)の価値・プラス・運輸業に従事する労働者の剰余労働がつくりだした剰余価値によって規定されている。この有用労働は、その消費についても、他の商品とまったく同じである。それが個人的に消費されれば、その価値は消費と同時になくなってしまう。それが生産的に消費されて、それ自身が輸送中の商品の一つの生産段階であるならば、その価値は追加価値としてその商品そのものに移される」(マルクス「資本論・第二部・第一篇・第一章・P.98~99」国民文庫 一九七二年)

<或る価値体系>の場で生産された商品が場所移動して<別の価値体系>の場で交換される。そのとき生まれる<差額>がそれぞれの商品に特有の段階を経て金融機関へ還流してきたとき始めて<利子>が生じたと認められる。

ところで<私>はスワンの言葉に論理的置き換えがある点に気づく。しかしこの置き換えは矛盾ではなくアンチノミー(二律背反)でもなく、人間の「知性」と「心」とは接続することもできるし逆に切断して考えることもできるという精神的断片化とその移動・転移とに関わる。ゲルマント大公の知性には期待できないと絶望的になっていたスワンがパーティーの時間になって大公に会い、直に懺悔の言葉を聞き、そこで「まっすぐな心根の人なんです!」と力説したことについて。

「スワンは、きょうの午後、ドレフェス事件にかんする意見は遺伝によって決まると、今とは正反対の説を私に語ったことを忘れていたようだ。すくなくとも知性だけは遺伝しないと考えて、サン=ルーの知性こそが、遺伝にも打ち勝って、本人をドレフェス支持者にしたと主張していたのだから。ところがスワンはつきさきほど、この勝利は長くはつづかず、サン=ルーが反対陣営に移ってしまったことを知った。それで、きょうの午後には知性に割り当てていた役割を、今度はまっすぐな心に与えることにしたのだ」(プルースト「失われた時を求めて8・第四篇・一・二・一・P.257」岩波文庫 二〇一五年)

ここでもプルーストの問いかけは因果関係の非-絶対性に関わる。なぜそれがわかるのかについて、出来事が進行中の時期にははなはだ気づきにくいのだが、それでもしかし「実際つねに事後に気づく」と断っている。或る事件が勃発して意見が二分してしまった時、(1)「敵陣営の人たちが敵の党派に属しているのは、その党派のなかの正当なものに起因するわけではないと考える」ここと、(2)「われわれと同じ意見の人たちの考えについては、その道徳的本性があまりにも低俗すぎて引き合いに出せないときはその知性を、その洞察力があまりにも脆弱なときはそのまっすぐな心を、その考えの要因とみな」すことから来る。

「実際つねに事後に気づくのだが、われわれは、敵陣営の人たちが敵の党派に属しているのは、その党派のなかの正当なものに起因するわけではないと考えるものだし、われわれと同じ意見の人たちの考えについては、その道徳的本性があまりにも低俗すぎて引き合いに出せないときはその知性を、その洞察力があまりにも脆弱なときはそのまっすぐな心を、その考えの要因とみなしているのである」(プルースト「失われた時を求めて8・第四篇・一・二・一・P.257」岩波文庫 二〇一五年)

例えばシャルリュスの毒舌のように、或る人物の道徳的本性が悪趣味かつ低劣過ぎて表沙汰にできそうにない時、その人物のあり余る「知性・博識」を全面に押し出して肯定し、逆に知性(ロゴス)の側が混乱し理性的に判断できる状態にないと考えられる時、その人物の心根(パトス)を肯定の根拠にするし事実上そうだという傾向。

さらに「敵陣営の人たちが敵の党派に属しているのは、その党派のなかの正当なものに起因するわけではない」と考えられる理由は、どんな党派・宗派にしても当時から今に続くまで連綿と内部告発がなされている事情を見ても呆れるほど明らか。ニーチェはいう。

(1)「《党員にはむかない》。ーーー多く考える者は党員にはむかない、彼はあまりにすぐ党派を通り越して考える」(ニーチェ「人間的、あまりに人間的1・五七九・P.452~453」ちくま学芸文庫 一九九四年)

(2)「《党略》。ーーー或る党員が党に対するこれまでの絶対的な信従者の立場を捨てて、条件つきの信従者に変わったことに気づくと、党はこれに我慢がならず、さまざまな挑発や侮辱をその党員に加えることによって彼を決定的な離党に追いこみ、党の敵にしたてあげようと努める。なぜなら、党は、党の信条の価値を何か《相対的》なものと見てそれに対する賛成や反対を、また検討や選択を許そうとする意図は、党にとり、総がかりで攻撃してくる敵よりももっと危険である、という猜疑心を持つからである」(ニーチェ「人間的、あまりに人間的2・第一部・三〇五・P.208」ちくま学芸文庫 一九九四年)

(3)「《自分の反対党に加担する》ーーーわれわれが自分たちの反対党に加担すると、われわれの追随者たちはそれを決して許さない。なぜなら、このことは、彼らの眼からみれば、単に彼らの愛をはねつけることだけでなく、彼らの知能のほどをあばくことをも意味するからである」(ニーチェ「人間的、あまりに人間的2・第一部・三〇九・P.210」ちくま学芸文庫 一九九四年)

(4)「《党派の風習》。ーーーどんな党派も、その党派の外部に成長した重要なものを、とるに足らないものと示そうと努める。だが、それがうまくゆかないと、それがすぐれたものであればあるほど、いっそうはげしい敵意をそれに抱く」(ニーチェ「人間的、あまりに人間的2・第一部・三一四・P.212」ちくま学芸文庫 一九九四年)

ゲルマント大公がドレフェス支持だと知ったブロックは是非とも請願リストに大公の署名を求めようとした。しかしスワンはそれを許可しない。スワンはユダヤ人なのでドレフェス支持ではあるものの「社交人士の如才なき節度」の持ち主ゆえ、ゲルマント大公がブロックの請願リストに署名したりすれば、スワンにのみ告白・懺悔してくれた大公を、今度は逆に社交界全体で軽蔑すべき裏切り者へ転落させてしまう恐れがあるからである。スワン自身も自分の名前があまりにもオリエント風(シュヴァーン、アインシュタイン、ウィトゲンシュタイン、シュワルツネッガーなど)なのを理由に署名を断る。政治的判断に優れたスワンならでは処置だ。ところが「多くの人には熱狂的なドレフェス派とみなされていたスワン」がなぜドレフェス支持の署名を断るのかブロックにすれば不可解である。<私>はブロックの意識についてこう翻訳する。

「とどのつまり、多くの人には熱狂的なドレフェス派とみなされていたスワンは、ブロックの回状への署名を拒んだために、わが旧友の目にはナショナリズムに毒された煮え切らぬ勲章好きと映ったのである」(プルースト「失われた時を求めて8・第四篇・一・二・一・P.259」岩波文庫 二〇一五年)

またスワンは無意識的に苦痛を延長させるタイプでもある。

「ところが恋心に寄りそう影ともいうべき嫉妬心は、ただちにこの想い出と表裏一体をなす分身をつくりだす。その夜、オデットが投げかけてくれた新たな微笑みには、いまや反対の、スワンを嘲笑しつつべつの男への恋心を秘めた微笑みがつけ加わり、あの傾けた顔には、べつの唇へと傾けられた顔が加わり、スワンに示してくれたあらゆる愛情のしるしには、べつの男に献げられた愛情のしるしが加わる。かくしてオデットの家からもち帰る官能的な想い出のひとつひとつは、室内装飾家の提案する下絵や『設計図』と同じような役割を演じることになり、そのおかげでスワンは、女がほかの男といるときにどんな熱烈な姿態やどんな恍惚の仕草をするのかが想像できるようになった。あげくにスワンは、オデットのそばで味わった快楽のひとつひとつ、ふたりで編み出したとはいえ不用意にもその快さを女に教えてしまった愛撫のひとつひとつ、女のうちに発見した魅惑のひとつひとつを後悔するにいたった。いっときするとそうしたものが新たな道具となって、拷問にも等しい責め苦を増大させることになるのを承知していたからである」(プルースト「失われた時を求めて2・第一篇・二・二・P.209」岩波文庫 二〇一一年)

だからといってスワンはマゾヒストだと言って割り切ってしまうのは余りにも短絡的である。スワンが延々と苦痛を引き延ばしていくばかりで決済へ辿り着かないのはそもそもスワンが社会的に置かれた位置から来ている。スワンは人格化された信用手形のようなものだ。

「私は前に(第一部第三章第三節b)、どのようにして単純な商品流通から支払手段としての貨幣の機能が形成され、それとともに商品生産者や商品取引業者のあいだに債権者と債務者との関係が形成されるか、を明らかにした。商業が発展し、ただ流通だけを念頭において生産を行なう資本主義的生産様式が発展するにつれて、信用制度のこの自然発生的な基礎は拡大され、一般化され、完成されて行く。だいたいにおいて貨幣はここではただ支払手段としてのみ機能する。すなわち、商品は、貨幣と引き換えにではなく、書面での一定期日の支払約束と引き換えに売られる。この支払約束をわれわれは簡単化のためにすべて手形という一般的な範疇のもとに総括することができる。このような手形はその満期支払日まではそれ自身が再び支払手段として流通する。そして、これが本来の商業貨幣をなしている。このような手形は、最後に債権債務の相殺によって決済されるかぎりでは、絶対的に貨幣として機能する。なぜならば、その場合には貨幣への最終的転化は生じないからである。このような生産者や商人どうしのあいだの相互前貸が信用の本来の基礎をなしているように、その流通用具、手形は本来の信用貨幣すなわち銀行券などの基礎をなしている。この銀行券などは、金属貨幣なり国家紙幣なりの貨幣流通にもとづいているのではなく、手形流通にもとづいているのである」(マルクス「資本論・第三部・第五篇・第二十五章・P.150~151」国民文庫 一九七二年)

そこでは決済が延々と引き延ばされていく。なぜならすべての取引においてただ単なる手形を偽札でない貨幣として通用させていくためには実質的な自転車操業を行なって決済を永遠に先延ばししていくしか方法がないからである。スワンの場合、それが「愛と嫉妬/ユダヤ人と社交界人士」という問いへ場を置き換えて、延々と引き続く苦痛となって人格化されているわけである。

なお、銃撃された元首相とその一族と特定カルト団体との何十年にも渡る深い関係について。マスコミの解説者やコメンテーターはいう。「政治家がカルトの広告塔に利用されないよう注意すべき」だとか「カルト団体への憎悪と元首相銃撃との間には論理の飛躍がある」とか。しかしカルト被害者とその救済に携わってきた多くの人々にとって元首相とその一族は「カルトの広告塔として利用された」わけではまるでなく、逆に積極的に「カルトの広告塔として」、「カルトを利用してきた」人々であり、日本国内のあちこちにカルトの資金調達のための場を与えてきた人々でもある。さらにマスコミは他の国家的重大問題(例えばウクライナとロシアとの関係)が発覚するたびに、「国際社会がどういう姿勢を示すのか注目されます」と連呼してきたが、今度、日本国内の政治家とカルト団体との長年に渡る深い関係について「国際社会がどういう姿勢を示すのか注目されます」と言わないのはなぜだろう。もっとも、カルト問題に敏感な諸外国のマスコミは早くから報道し始めたが。

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