アルベルチーヌが部屋に入ってきた時、<私>はジルベルトに手紙を書いているふりをしていた。アルベルチーヌと会い、キスと愛撫とで一通りの安堵を得た<私>。とはいえアルベルチーヌが帰っていくと、もはや愛していないジルベルトへの手紙の続きを書き上げた。愛していた時はジルベルト・スワンと記すだけでも動揺を禁じ得なかった<私>だったが、今では苦痛一つ感じることなく「習慣」の力に任せてまったく無関心に「ジルベルトの名を記すことができた」。
「というのも昔この名前を書いていたのはほかでもないこの私であったのにたいして、いまやその役目は、習慣が協力者とする多くの秘書のひとりに委ねられていたからである。この秘書は、習慣の力添えで最近わが家に配属され私に仕えたばかりで、ジルベルトを直接には知らず、私がその話をするのを聞いてかつて私の愛していた娘だと承知しているだけで、その名前にはなんの実感も湧かないだけになおさら冷静にジルベルトの名を記すことができたのである」(プルースト「失われた時を求めて8・第四篇・一・二・一・P.310~311」岩波文庫 二〇一五年)
ところがアルベルチーヌが曖昧にさせている謎の数時間の不在によって生じた嫉妬ゆえ、またしても「私の心には新たな動揺が芽生え」る。しかしジルベルトへの苦痛に満ちた愛と嫉妬が今やまったく消え去っていることを知っている<私>は、ジルベルトと入れ換わる形で滑り込んできたアルベルチーヌとの関係について、今度は早くもその結末が見えるような気がした。反復するのである。
「ところが今や私の心には新たな動揺が芽生え、それがまたしても事物や言葉の本来の力を変質させつつあった。アルベルチーヌがなおも私に感謝を表明して『あたし、トルコ石って大好き!』と言ったとき、私は『それを死滅させたりしないでね』と言って、まるで貴重な宝石に託すようにそのトルコ石にふたりの友情の将来を託したが、そんな将来が、かつて私をジルベルトに結びつけていた感情を維持することができなかったのと同様、アルベルチーヌになんらかの感情を育むことなどできるはずもなかった」(プルースト「失われた時を求めて8・第四篇・一・二・一・P.311」岩波文庫 二〇一五年)
しかしジルベルトとの関係がそうであったようにではなく、アルベルチーヌとの関係はとても入り組んだ錯綜性を携えて新しく出現することになる。
さて、ジジェク。ヘーゲル弁証法に新しい論点を導入した毛沢東「矛盾論」。そこからジジェクが改めて引き出してきた「主要な矛盾」と「副次的矛盾」並びに矛盾自体の変容。「主要な矛盾」(第一矛盾)のもとには無数の「副次的な矛盾」の存在が認めらる。ところがしかし(1)「副次的な矛盾」はいつもその順位を変えないかといえばまるでそうではない。(2)矛盾自体が変化することについて。「矛盾の主要な側面が変化すれば、事物の性質もそれにつれて変化する」点。これらについてはすでに述べた。そこでジジェクはいう。「今日のグローバルな世界では、主要な敵対関係(『第一矛盾』)はいまや資本家の支配階級と労働者の間にはなく、『文明化』した(公の秩序や基本的人権などがある)世界のドームの下で安全に暮らしている人と、排斥され剥き出しの生を余儀なくされている人の間にある」と。後者を指して「ノマド的プロレタリアート」。今のウクライナ難民問題と通じる点も多々ある。
「いくつかの左翼集団においては、家を持たない難民の爆発的な増加にともなって『ノマド的プロレタリアート』という概念が生み出されている。基本的な考えかたとして、今日のグローバルな世界では、主要な敵対関係(『第一矛盾』)はいまや資本家の支配階級と労働者の間にはなく、『文明化』した(公の秩序や基本的人権などがある)世界のドームの下で安全に暮らしている人と、排斥され剥き出しの生を余儀なくされている人の間にある。『ノマド的プロレタリアート』は単純にこのドームの外側にいるのでもなく、中間的な領域にいる。彼らの前近代的な生活形態は実態としてはすでにグローバル資本主義の衝撃によって破壊されているが、かといってグローバル秩序のドームのなかに組み込まれているわけでもなく、そうして彼らは中間地帯の冥府をさまようわけだ。『ノマド的プロレタリアート』は厳密にマルクス的な意味ではプロレタリアートではない。逆説的なことに、先進国のドームに入るとき、彼らのほとんどが理想としているのは『標準的な』搾取をうけるプロレタリアートになることなのである。最近メキシコとアメリカの国境を越えてアメリカに入ろうとするサルヴァドールの難民が、テレビカメラに向かってこう言っていた。『トランプさん、お願いです、入れてください、あなたの国で勤勉な労働者になりたいだけなんです』」(ジジェク「あえて左翼と名乗ろう・3・P.45~46」青土社 二〇二二年)
次に「プロレタリアート(搾取される労働者)とノマド的プロレタリアート(未満の存在)の区別」は妥当かどうか。マルクスは両者をプロレタリアートとして包括するわけではなく逆に厳密にカテゴライスする。マルクスは一方で「プロレタリアートは『貧しい者』であるだけでなく、生産過程でになう役割を通じてあらゆる実質的な内実を剥奪された主体にされてしまう人々だ。そうした存在としての彼らは同時に生産過程による規律訓練を受け、未来の権力の担い手となる(『プロレタリア独裁』)」とし、もう一方で「生産過程の外部にいる人々ーーーそれゆえ社会の全体性のなかに場所をもたない人々ーーーをマルクスは『ルンペンプロレタリアート』とし、彼らに解放への潜在力を認めることはなかった」。
「厳密な意味でのプロレタリアート(搾取される労働者)とノマド的プロレタリアート(未満の存在)の区別は、より包括的な今日のプロレタリアートというカテゴリーによって曖昧になりうるだろうか。厳密にマルクス主義的な立場からすれば、答えは強く、ノーだ。マルクスにとってプロレタリアートは『貧しい者』であるだけでなく、生産過程でになう役割を通じてあらゆる実質的な内実を剥奪された主体にされてしまう人々だ。そうした存在としての彼らは同時に生産過程による規律訓練を受け、未来の権力の担い手となる(『プロレタリア独裁』)。生産過程の外部にいる人々ーーーそれゆえ社会の全体性のなかに場所をもたない人々ーーーをマルクスは『ルンペンプロレタリアート』とし、彼らに解放への潜在力を認めることはなかった。むしろマルクスは彼らに対して不信感を抱き、基本的に(ナポレオン三世などの)反動勢力によって動員され腐敗する勢力だとみなしたのだった」(ジジェク「あえて左翼と名乗ろう・3・P.46」青土社 二〇二二年)
日本の大企業上位百社を見ても新入社員は誰もが始めはちっぽけな労働者であるには違いない。そこでキャリアを積み重ねていき何十年かすれば社長・代表取締役となり、マスコミや政治家の実質的スポンサーと化し、極めて皮肉な意味で「プロレタリア独裁」は達成される。一方「ルンペンプロレタリアート」について。
「ボナパルトの内閣が、あるいは秩序党の精神で法律を発議し、あるいは秩序党に輪をかけた苛酷さでそれを実施し執行していた一方で、ボナパルトは、子供だましのばからしい提案で人気をとろうとし、自分が国民議会と対立していることをはっきり示そうと試み、ある秘められた予備財産があるのだが、ただいまのところある事情に妨げられて、その隠された宝をフランスの人民に開放できずにいるのだ、というふうにほのめかそうとした。たとえば、下士官に日額4スーの手当を支給する命令をだそうという提案がそれである。また、労働者のための無担保貸付金庫をつくろうという提案がそれである。金がもらえる。金が借りられる。これが、ボナパルトが大衆を釣る餌にしようと思った見とおしであった。あたえる、貸す。身分が高かろうと下賤であろうと、ルンペン・プロレタリアートの財政学はこれに尽きる」(マルクス「ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日・P.79~80」国民文庫 一九七一年)
ルンペン・プロレタリアートは「彼らの生活状態全体から見れば、むしろよろこんで反動的陰謀に買収されやすい」。ジジェクにすればこの悲しい現実は、もはや「非生産的な受動性にとらわれた『生きる死者』であり、基本的に能動的であろうとする意志自体も奪われている」ルンペン・プロレタリアート、ということになる。ゆえにルンペン・プロレタリアートを、ネグリ=ハートのいう「マルチチュード」として捉えることはできず、「マルチチュード」概念と「プロレタリアート未満の『他の者たち』」=「ノマド的プロレタリアート」とは連帯どころか悲しいことに逆に対立するほかなくなってしまう。しかしこの逆説はなぜ起こるのか。
「対立関係は、地方の保守的な人種差別主義者の下層階級と移民との間にあるだけではない。『生活様式』全体の違いがあまりにも大きすぎて、すべての被搾取者の連帯といったことをそう簡単には信じられないのである。おそらくプロレタリアートとプロレタリアート未満の『他の者たち』の対立は、ある意味で同一民族共同体での階級対立よりも一層乗り越えがたいものだ。(<他者>を『われわれの』プロレタリアートに)『包摂する』ことが何より当たり前のことに思え、抑圧されたすべての人々の普遍性がすぐそこにあるように思えたその瞬間に、それは手からすり抜けていってしまうのだ。言い換えれば、『プロレタリアート未満』の<他者>が包摂、統合されえないのは、彼らの生活世界がわれわれとあまりにも違い異質だからではなく、完全にその内部にいるから、われわれの生活世界自体が抱える対立の産物だからである」(ジジェク「あえて左翼と名乗ろう・3・P.55~56」青土社 二〇二二年)
さらにリベラル左派がいつも言うような安易に過ぎる「アイデンティティ・ポリティックス」(アイデンティティ政治)は民族主義的アイデンティティ・ナショナリズムによる対立関係をより一層激化させる危険性を帯びている。そのねじれた関係の隙間に右派ポピュリズムはつけ込んでくる。そこで思い起こされるのが黒人でありつつ「二つの選択肢(リベラル普遍主義か、周縁的で特殊なアイデンティティか)」という見せかけのラディカルさに惑わされなかったマルコムXの洞察力である。
「彼らはみなアイデンティティ・ポリティックスに情熱を傾け、黒人共同体による文化的アイデンティティを失い、白人の枠組みが規定するグローバルな世界に埋もれてしまうことを心配する。そこは黒人がアプリオリに従属的な地位にある世界だからだ。しかし、白人リベラルの『反=レイシズム(反=人種差別)』の人々が黒人共同体を援助する理由は、はるかに後ろ暗いものである。彼らが本当に恐れているのは、黒人が固有のアイデンティティを捨て去り、『何者でもない』存在であることを引き受け、覇権を握る白人の文化と政治が押しつけてきた普遍性とは異なる黒人自身の普遍性を打ち出してしまうことだ。《これこそ》が『よりよい』選択であり、これに照らせば元の二つの選択肢(リベラル普遍主義か、周縁的で特殊なアイデンティティか)はいずれも『ひどい』。マルコムXはこれを見事に見抜いていた。黒人の具体的な起源やアイデンティティを探し求めるのではなく、X(民族的起源の欠如)を、白人に押しつけられたのとは異なった普遍性を主張するための唯一無二のチャンスとして受け入れたのだ」(ジジェク「あえて左翼と名乗ろう・7・P.125~126」青土社 二〇二二年)
真にラディカルな態度とはどういうことか。またマルチチュードにしてもそれがどこまで不屈のポテンシャルを掘り起こすことができるか。今だ誰も明確に知ったわけではない。未来も希望もまるでなくなったわけでは全然ないのである。
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「というのも昔この名前を書いていたのはほかでもないこの私であったのにたいして、いまやその役目は、習慣が協力者とする多くの秘書のひとりに委ねられていたからである。この秘書は、習慣の力添えで最近わが家に配属され私に仕えたばかりで、ジルベルトを直接には知らず、私がその話をするのを聞いてかつて私の愛していた娘だと承知しているだけで、その名前にはなんの実感も湧かないだけになおさら冷静にジルベルトの名を記すことができたのである」(プルースト「失われた時を求めて8・第四篇・一・二・一・P.310~311」岩波文庫 二〇一五年)
ところがアルベルチーヌが曖昧にさせている謎の数時間の不在によって生じた嫉妬ゆえ、またしても「私の心には新たな動揺が芽生え」る。しかしジルベルトへの苦痛に満ちた愛と嫉妬が今やまったく消え去っていることを知っている<私>は、ジルベルトと入れ換わる形で滑り込んできたアルベルチーヌとの関係について、今度は早くもその結末が見えるような気がした。反復するのである。
「ところが今や私の心には新たな動揺が芽生え、それがまたしても事物や言葉の本来の力を変質させつつあった。アルベルチーヌがなおも私に感謝を表明して『あたし、トルコ石って大好き!』と言ったとき、私は『それを死滅させたりしないでね』と言って、まるで貴重な宝石に託すようにそのトルコ石にふたりの友情の将来を託したが、そんな将来が、かつて私をジルベルトに結びつけていた感情を維持することができなかったのと同様、アルベルチーヌになんらかの感情を育むことなどできるはずもなかった」(プルースト「失われた時を求めて8・第四篇・一・二・一・P.311」岩波文庫 二〇一五年)
しかしジルベルトとの関係がそうであったようにではなく、アルベルチーヌとの関係はとても入り組んだ錯綜性を携えて新しく出現することになる。
さて、ジジェク。ヘーゲル弁証法に新しい論点を導入した毛沢東「矛盾論」。そこからジジェクが改めて引き出してきた「主要な矛盾」と「副次的矛盾」並びに矛盾自体の変容。「主要な矛盾」(第一矛盾)のもとには無数の「副次的な矛盾」の存在が認めらる。ところがしかし(1)「副次的な矛盾」はいつもその順位を変えないかといえばまるでそうではない。(2)矛盾自体が変化することについて。「矛盾の主要な側面が変化すれば、事物の性質もそれにつれて変化する」点。これらについてはすでに述べた。そこでジジェクはいう。「今日のグローバルな世界では、主要な敵対関係(『第一矛盾』)はいまや資本家の支配階級と労働者の間にはなく、『文明化』した(公の秩序や基本的人権などがある)世界のドームの下で安全に暮らしている人と、排斥され剥き出しの生を余儀なくされている人の間にある」と。後者を指して「ノマド的プロレタリアート」。今のウクライナ難民問題と通じる点も多々ある。
「いくつかの左翼集団においては、家を持たない難民の爆発的な増加にともなって『ノマド的プロレタリアート』という概念が生み出されている。基本的な考えかたとして、今日のグローバルな世界では、主要な敵対関係(『第一矛盾』)はいまや資本家の支配階級と労働者の間にはなく、『文明化』した(公の秩序や基本的人権などがある)世界のドームの下で安全に暮らしている人と、排斥され剥き出しの生を余儀なくされている人の間にある。『ノマド的プロレタリアート』は単純にこのドームの外側にいるのでもなく、中間的な領域にいる。彼らの前近代的な生活形態は実態としてはすでにグローバル資本主義の衝撃によって破壊されているが、かといってグローバル秩序のドームのなかに組み込まれているわけでもなく、そうして彼らは中間地帯の冥府をさまようわけだ。『ノマド的プロレタリアート』は厳密にマルクス的な意味ではプロレタリアートではない。逆説的なことに、先進国のドームに入るとき、彼らのほとんどが理想としているのは『標準的な』搾取をうけるプロレタリアートになることなのである。最近メキシコとアメリカの国境を越えてアメリカに入ろうとするサルヴァドールの難民が、テレビカメラに向かってこう言っていた。『トランプさん、お願いです、入れてください、あなたの国で勤勉な労働者になりたいだけなんです』」(ジジェク「あえて左翼と名乗ろう・3・P.45~46」青土社 二〇二二年)
次に「プロレタリアート(搾取される労働者)とノマド的プロレタリアート(未満の存在)の区別」は妥当かどうか。マルクスは両者をプロレタリアートとして包括するわけではなく逆に厳密にカテゴライスする。マルクスは一方で「プロレタリアートは『貧しい者』であるだけでなく、生産過程でになう役割を通じてあらゆる実質的な内実を剥奪された主体にされてしまう人々だ。そうした存在としての彼らは同時に生産過程による規律訓練を受け、未来の権力の担い手となる(『プロレタリア独裁』)」とし、もう一方で「生産過程の外部にいる人々ーーーそれゆえ社会の全体性のなかに場所をもたない人々ーーーをマルクスは『ルンペンプロレタリアート』とし、彼らに解放への潜在力を認めることはなかった」。
「厳密な意味でのプロレタリアート(搾取される労働者)とノマド的プロレタリアート(未満の存在)の区別は、より包括的な今日のプロレタリアートというカテゴリーによって曖昧になりうるだろうか。厳密にマルクス主義的な立場からすれば、答えは強く、ノーだ。マルクスにとってプロレタリアートは『貧しい者』であるだけでなく、生産過程でになう役割を通じてあらゆる実質的な内実を剥奪された主体にされてしまう人々だ。そうした存在としての彼らは同時に生産過程による規律訓練を受け、未来の権力の担い手となる(『プロレタリア独裁』)。生産過程の外部にいる人々ーーーそれゆえ社会の全体性のなかに場所をもたない人々ーーーをマルクスは『ルンペンプロレタリアート』とし、彼らに解放への潜在力を認めることはなかった。むしろマルクスは彼らに対して不信感を抱き、基本的に(ナポレオン三世などの)反動勢力によって動員され腐敗する勢力だとみなしたのだった」(ジジェク「あえて左翼と名乗ろう・3・P.46」青土社 二〇二二年)
日本の大企業上位百社を見ても新入社員は誰もが始めはちっぽけな労働者であるには違いない。そこでキャリアを積み重ねていき何十年かすれば社長・代表取締役となり、マスコミや政治家の実質的スポンサーと化し、極めて皮肉な意味で「プロレタリア独裁」は達成される。一方「ルンペンプロレタリアート」について。
「ボナパルトの内閣が、あるいは秩序党の精神で法律を発議し、あるいは秩序党に輪をかけた苛酷さでそれを実施し執行していた一方で、ボナパルトは、子供だましのばからしい提案で人気をとろうとし、自分が国民議会と対立していることをはっきり示そうと試み、ある秘められた予備財産があるのだが、ただいまのところある事情に妨げられて、その隠された宝をフランスの人民に開放できずにいるのだ、というふうにほのめかそうとした。たとえば、下士官に日額4スーの手当を支給する命令をだそうという提案がそれである。また、労働者のための無担保貸付金庫をつくろうという提案がそれである。金がもらえる。金が借りられる。これが、ボナパルトが大衆を釣る餌にしようと思った見とおしであった。あたえる、貸す。身分が高かろうと下賤であろうと、ルンペン・プロレタリアートの財政学はこれに尽きる」(マルクス「ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日・P.79~80」国民文庫 一九七一年)
ルンペン・プロレタリアートは「彼らの生活状態全体から見れば、むしろよろこんで反動的陰謀に買収されやすい」。ジジェクにすればこの悲しい現実は、もはや「非生産的な受動性にとらわれた『生きる死者』であり、基本的に能動的であろうとする意志自体も奪われている」ルンペン・プロレタリアート、ということになる。ゆえにルンペン・プロレタリアートを、ネグリ=ハートのいう「マルチチュード」として捉えることはできず、「マルチチュード」概念と「プロレタリアート未満の『他の者たち』」=「ノマド的プロレタリアート」とは連帯どころか悲しいことに逆に対立するほかなくなってしまう。しかしこの逆説はなぜ起こるのか。
「対立関係は、地方の保守的な人種差別主義者の下層階級と移民との間にあるだけではない。『生活様式』全体の違いがあまりにも大きすぎて、すべての被搾取者の連帯といったことをそう簡単には信じられないのである。おそらくプロレタリアートとプロレタリアート未満の『他の者たち』の対立は、ある意味で同一民族共同体での階級対立よりも一層乗り越えがたいものだ。(<他者>を『われわれの』プロレタリアートに)『包摂する』ことが何より当たり前のことに思え、抑圧されたすべての人々の普遍性がすぐそこにあるように思えたその瞬間に、それは手からすり抜けていってしまうのだ。言い換えれば、『プロレタリアート未満』の<他者>が包摂、統合されえないのは、彼らの生活世界がわれわれとあまりにも違い異質だからではなく、完全にその内部にいるから、われわれの生活世界自体が抱える対立の産物だからである」(ジジェク「あえて左翼と名乗ろう・3・P.55~56」青土社 二〇二二年)
さらにリベラル左派がいつも言うような安易に過ぎる「アイデンティティ・ポリティックス」(アイデンティティ政治)は民族主義的アイデンティティ・ナショナリズムによる対立関係をより一層激化させる危険性を帯びている。そのねじれた関係の隙間に右派ポピュリズムはつけ込んでくる。そこで思い起こされるのが黒人でありつつ「二つの選択肢(リベラル普遍主義か、周縁的で特殊なアイデンティティか)」という見せかけのラディカルさに惑わされなかったマルコムXの洞察力である。
「彼らはみなアイデンティティ・ポリティックスに情熱を傾け、黒人共同体による文化的アイデンティティを失い、白人の枠組みが規定するグローバルな世界に埋もれてしまうことを心配する。そこは黒人がアプリオリに従属的な地位にある世界だからだ。しかし、白人リベラルの『反=レイシズム(反=人種差別)』の人々が黒人共同体を援助する理由は、はるかに後ろ暗いものである。彼らが本当に恐れているのは、黒人が固有のアイデンティティを捨て去り、『何者でもない』存在であることを引き受け、覇権を握る白人の文化と政治が押しつけてきた普遍性とは異なる黒人自身の普遍性を打ち出してしまうことだ。《これこそ》が『よりよい』選択であり、これに照らせば元の二つの選択肢(リベラル普遍主義か、周縁的で特殊なアイデンティティか)はいずれも『ひどい』。マルコムXはこれを見事に見抜いていた。黒人の具体的な起源やアイデンティティを探し求めるのではなく、X(民族的起源の欠如)を、白人に押しつけられたのとは異なった普遍性を主張するための唯一無二のチャンスとして受け入れたのだ」(ジジェク「あえて左翼と名乗ろう・7・P.125~126」青土社 二〇二二年)
真にラディカルな態度とはどういうことか。またマルチチュードにしてもそれがどこまで不屈のポテンシャルを掘り起こすことができるか。今だ誰も明確に知ったわけではない。未来も希望もまるでなくなったわけでは全然ないのである。
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