二度目のバルベック滞在。「最初の夜、疲労のせいで心臓の動悸が激しくて苦しくなった私は、その苦痛をなんとか抑えながら、ゆっくり用心ぶかく身をかがめて靴をぬごうとした」。その瞬間、祖母が死んでもう一年以上経っているにもかかわらず、もっとも愛情深く<私>に接してくれていた祖母の記憶を反復する。この反復は第一に、最初のバルベック滞在の時のこと、「あの到着した最初の夜のままの祖母の顔を見たばかりだ。私がその死をちっとも嘆き悲しまないのを自分でも不思議に思い、それゆえ気が咎めていた、祖母と呼ばれていたにすぎない人の顔ではなく、シャンゼリゼで発作をおこして以来はじめて、意志を介さず完全によみがえった回想のなかで、生きたその実在が見出された正真正銘の祖母の顔」として甦える。そのような仕方で「たった今ーーー事実のカレンダーと感情のカレンダーとの一致をしばしば妨げるアナクロニズムのせいで埋葬から一年以上も経ってーーーようやく祖母が死んだことを知ったのである」。なお「事実のカレンダーと感情のカレンダーとの一致をしばしば妨げるアナクロニズム」は今日でも世界中どこへ行っても実にしばしば見られる。最も身近な人が死んだ時、人間はただ単純に死亡という客観的事実を認めるに過ぎないが、それをパトス(情念・感受性)のレベル・全身で感じる身体的感性のレベルで捉え、途轍もなく深い慟哭を覚えるのは葬儀を済ませて一年以上、あるいは十年目にして始めて「知る」という形を取るのは珍しくない。
「私という人間全体がくつがえる事態というべきだろう。最初の夜、疲労のせいで心臓の動悸が激しくて苦しくなった私は、その苦痛をなんとか抑えながら、ゆっくり用心ぶかく身をかがめて靴をぬごうとした。ところがハーフブーツの最初のボタンに手を触れたとたん、私の胸はなにか得体の知れない神々しいものに満たされてふくらみ、身体は嗚咽(おえつ)に揺さぶられ、目からは涙がとめどなく流れた。私を助けに来て、魂の枯渇から私を救おうとしている存在、それは数年前、同じような悲嘆と孤独にうちひしがれ、私がすっかり自分の見失っていたときにやって来て、本来の私をとり戻してくれた存在だった。というのもそれは、私であると同時に、私以上の存在だったからである(中味以上であり、中味とともに私に運ばれてきた容器だった)。今しがた私は、記憶のなかに、私の疲労をのぞきこんだ、愛情にあふれ、心配げな、がっかりした祖母の顔、あの到着した最初の夜のままの祖母の顔を見たばかりだ。私がその死をちっとも嘆き悲しまないのを自分でも不思議に思い、それゆえ気が咎めていた、祖母と呼ばれていたにすぎない人の顔ではなく、シャンゼリゼで発作をおこして以来はじめて、意志を介さず完全によみがえった回想のなかで、生きたその実在が見出された正真正銘の祖母の顔である。この実在は、われわれの思考によって再創造されたはじめて、われわれにとって存在するものとなる(そうでなければ尋常でない戦闘に加わった人間はだれしも偉大な叙事詩人になってしまう)。そんなわけで私は、祖母の両腕のなかに飛びこみたいという狂おしい欲求に駆られつつ、たった今ーーー事実のカレンダーと感情のカレンダーとの一致をしばしば妨げるアナクロニズムのせいで埋葬から一年以上も経ってーーーようやく祖母が死んだことを知ったのである」(プルースト「失われた時を求めて8・第四篇・一・二・心の間歇・P.351~352」岩波文庫 二〇一五年)
第二にこの想起は「疲労のせいでーーー身をかがめて靴をぬごうとした」ことと最初のベルベック滞在の時に<私>が病いゆえに負っていた「疲労のせいでーーかつてバルベックへ到着したとき祖母が私の身につけていたものを脱がせてくれたあの遠い夕べ以降は存在していなかったので、祖母が私のほうにかがみこんだ」こととのアナロジー(類似・類推)から瞬時に出現したものだ。
「ところで私が今しがたいきなり連れ戻された自我は、かつてバルベックへ到着したとき祖母が私の身につけていたものを脱がせてくれたあの遠い夕べ以降は存在していなかったので、祖母が私のほうにかがみこんだその瞬間へと私が合流したのは、ごく当然のことながら、その自我のあずかり知らぬきょうの昼間の直後ではなく、昔となんの断絶もなくーーーまるで時間には異なるさまざまな系列が並行して存在するかのようにーーーあの最初の夕べの直後になった」(プルースト「失われた時を求めて8・第四篇・一・二・心の間歇・P.354」岩波文庫 二〇一五年)
そして「私が今しがたいきなり連れ戻された自我は」かつて「祖母が私のほうにかがみこんだその瞬間へと」私自身のまま「合流した」とある。<私>が<私>の身体のまま別のものへと生成変化する欲望の推移について。
「エクリチュールが女性への生成変化を産み出すこと、一つの社会的領野を隈なく貫いて浸透し、男性にも伝染して、男性を女性への生成変化に取り込むに足るだけの力をもった女性性の原子を産み出すことが必要なのだ。とても穏やかでありながら、厳しく、粘り強く、一徹で、屈服することのない微粒子。英語の小説におけるエクリチュールに女性が台頭して以来、いかなる男性作家もこの問題に無関心ではいられなくなった。ロレンスやミラーなど、最も男性的で、男性至上主義のきわみといわれる作家たちもまた、女性の近傍域、もしくはその識別不可能性のゾーンに入る微粒子を受けとめ、放出し続けることになる。彼らは書くことによって女性に<なる>のだ」(ドゥルーズ=ガタリ「千のプラトー・中・10・P.242」河出文庫 二〇一〇年)
また、この「合流」が「昔となんの断絶もなく」接続されたかのように感じられる理由について。
「というのもわれわれが愛や嫉妬と思っているものは、連続して分割できない同じひとつの情念ではないからである。それは無数の継起する愛や、無数の相異なる嫉妬から成り立っており、そのひとつひとつは束の間のものでありながら、絶えまなく無数にあらわれるがゆえに連続しているという印象を与え、単一のものと錯覚されるのだ」(プルースト「失われた時を求めて2・第一篇・二・二・P.401」岩波文庫 二〇一一年)
しかし逆説的なことに、かつて祖母が「私のみを対象とし、私のみを目的とし、つねに私へと向けられていた愛」をようやく「無上の喜び」として「知る」ことで、今度は逆に、もはや祖母は疑う余地のない死者であるという「虚無の確信」が同時に浮上する。一方で祖母の想い出から湧き起こる「無上の喜び」、もう一方ですでに祖母はいないという「虚無の確信」。プルーストはその感覚についてこう述べる。
「つまり一方には、私が感じたまま私のなかに生き残り、私のための捧げられた生存と愛情があり、この世の始まりから存在したはずのどんな偉人の才能やいかなる天才も祖母にとっては私の欠点のひとつにも値しないと思えたほどに、私のみを対象とし、私のみを目的とし、つねに私へと向けられていた愛がある。ところが他方では、そんな無上の喜びを現在のものとしてふたたび体験したとたん、まるでたえずぶり返す肉体的苦痛のように虚無の確信がその喜びに割りこんでくるのが感じられ、その虚無は、かの愛情を想う私のイメージを早くも消し去り、かの生存そのものを破壊し、私たりふたりの共通の宿命かと思われたものを過去にさかのぼって無に帰せしめ、祖母のすがたを鏡のなかに見るようにふたたび見出した瞬間、その祖母を、あたかも他のだれでもよかったかのように偶然のいたずらによって私のそばで数年間をすごしただけの存在、その存在にとって私などそれ以前にはなきに等しくそれ以後にもなきに等しくなるような、ただの見知らぬ女にしてしまっていた」(プルースト「失われた時を求めて8・第四篇・一・二・心の間歇・P.355~356」岩波文庫 二〇一五年)
次のセンテンスで「祖母の顔のひきつりや心の苦しみをもはやけっしてぬぐい去ることはできないだろう、いや、ぬぐい去ることができないのは、むしろ私の心の苦しみなのだ」、「故人はもはやわれわれの内部にしか存在しないので、われわれが故人に食らわせた打撃をあくまでも想い出そうとすると、自分自身をたえず打ちのめす結果になる」、とある。祖母に鏡の機能を担わせるならこの矛盾はいつも必ず発生せずにはいない。
「価値関係の媒介によって、商品Bの現物形態は商品Aの価値形態になる。言いかえれば、商品Bの身体は商品Aの価値鏡になる(見ようによっては人間も商品と同じことである。人間は鏡をもってこの世に生まれてくるのでもなければ、私は私である、というフィヒテ流の哲学者として生まれてくるのでもないから、人間は最初はまず他の人間のなかに自分を映してみるのである。人間ペテロは、彼と同等なものとしての人間パウロに関係することによって、はじめて人間としての自分自身に関係するのである。しかし、それとともに、またペテロにとっては、パウロの全体が、そのパウロ的な肉体のままで、人間という種属の現象形態として認められるのである)。商品Aが、価値体としての、人間労働の物質化としての商品Bに関係することによって、商品Aは使用価値Bを自分自身の価値表現の材料にする。商品Aの価値は、このように商品Bの使用価値で表現されて、相対的価値の形態をもつのである」(マルクス「資本論・第一部・第一篇・第一章・P.102」国民文庫 一九七二年)
かつての祖母の無限の愛情と今や祖母はいないという不在ゆえに不可避となって出現する「祖母の記憶を私のうちにつなぎとめている苦痛の釘」。祖母はもはや死者であるがゆえに思い出が浮上するたびに必ず現れるほかない「死後の生存と虚無とが交錯するかくも不思議な矛盾」。<私>はその不可避性に対して「その苦痛の特有の掟にしたがい、その苦痛をつねに甘受しつづけようと願った」。
「だが私は、あの祖母の顔のひきつりや心の苦しみをもはやけっしてぬぐい去ることはできないだろう、いや、ぬぐい去ることができないのは、むしろ私の心の苦しみなのだ。というのも故人はもはやわれわれの内部にしか存在しないので、われわれが故人に食らわせた打撃をあくまでも想い出そうとすると、自分自身をたえず打ちのめす結果になるからである。この苦痛がどれほど過酷であろうと。私はそれに全力でしがみついた。この苦痛こそ、祖母の想い出から出たものであり、その想い出がまぎれもなく私のうちに現存する証拠だと感じられたからである。私が祖母を本当に想い出すことができるのは、ひとえに苦痛を通じてであると悟り、そうであれば祖母の記憶を私のうちにつなぎとめている苦痛の釘がもっと私のなかに食いこめばいいとさえ思った。私は、その苦痛をことさら優しいものにしようとも、その苦痛を美化しようとも思わなかった。遠く離れていてもその人なりの個性を失わず、こちらを憶えていて解消できぬ仲むつまじい関係にある人にたいしてするように、祖母の写真(サン=ルーが撮ってくれた私が肌身離さず持っていた写真)にことばをかけたり祈ったりして、祖母はただ不在なだけで一時的にすがたが見えないのだと想いこもうともしなかった。私がいっさいそうしなかったのは、ただ苦しみたいと願ったわけではなく、意識せぬままいきなりわが身に受けた苦痛の独自性をあるがままに尊重したいと願ったからであり、死後の生存と虚無とが交錯するかくも不思議な矛盾が私のうちにあらわれるたびに、その苦痛の特有の掟にしたがい、その苦痛をつねに甘受しつづけようと願ったからである」(プルースト「失われた時を求めて8・第四篇・一・二・心の間歇・P.357~358」岩波文庫 二〇一五年)
時間の作用はこのような矛盾において、かくも残酷な事実を提示する。プルーストはいう。「なぜなら時は、人びとを変えてしまうが、その人びとについてこちらがいだくイメージまで変えることはないからである」と。
「私が突然ふたたび望んだもの、それは私がまだ本人たちと知り合う以前、バルベックで海の前をアルベルチーヌやアンドレやその友人の娘たちが通りすぎるのを見かけたときに夢見たものであった。ところがなんということか、私が今まさにこの瞬間これほど強く欲している娘たちに再会しようとしても、それは叶わぬことだった。きょう私が目にしたすべての人たちを、そしてジルベルト自身をも変えてしまった歳月の作用は、もし亡くなっていなければアルベルチーヌをそうしたように、生き残っているすべての娘たちを、私の想い出のなかに残っている娘たちとは確実にあまりにも異なる婦人にしてしまっていた。私はみずから努力してその娘たちに到達せざるをえないことが辛かった。なぜなら時は、人びとを変えてしまうが、その人びとについてこちらがいだくイメージまで変えることはないからである」(プルースト「失われた時を求めて14・第七篇・二・P.171」岩波文庫 二〇一九年)
作品終盤「見出された時」では祖母に関するこの経験と時間の作用の残酷さとについて、それが友人知人など様々な身近な人々の<身体において>可視化される。「失われた時」と「見出された時」との共鳴・共振は両者のあいだで響き合うのだ。
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「私という人間全体がくつがえる事態というべきだろう。最初の夜、疲労のせいで心臓の動悸が激しくて苦しくなった私は、その苦痛をなんとか抑えながら、ゆっくり用心ぶかく身をかがめて靴をぬごうとした。ところがハーフブーツの最初のボタンに手を触れたとたん、私の胸はなにか得体の知れない神々しいものに満たされてふくらみ、身体は嗚咽(おえつ)に揺さぶられ、目からは涙がとめどなく流れた。私を助けに来て、魂の枯渇から私を救おうとしている存在、それは数年前、同じような悲嘆と孤独にうちひしがれ、私がすっかり自分の見失っていたときにやって来て、本来の私をとり戻してくれた存在だった。というのもそれは、私であると同時に、私以上の存在だったからである(中味以上であり、中味とともに私に運ばれてきた容器だった)。今しがた私は、記憶のなかに、私の疲労をのぞきこんだ、愛情にあふれ、心配げな、がっかりした祖母の顔、あの到着した最初の夜のままの祖母の顔を見たばかりだ。私がその死をちっとも嘆き悲しまないのを自分でも不思議に思い、それゆえ気が咎めていた、祖母と呼ばれていたにすぎない人の顔ではなく、シャンゼリゼで発作をおこして以来はじめて、意志を介さず完全によみがえった回想のなかで、生きたその実在が見出された正真正銘の祖母の顔である。この実在は、われわれの思考によって再創造されたはじめて、われわれにとって存在するものとなる(そうでなければ尋常でない戦闘に加わった人間はだれしも偉大な叙事詩人になってしまう)。そんなわけで私は、祖母の両腕のなかに飛びこみたいという狂おしい欲求に駆られつつ、たった今ーーー事実のカレンダーと感情のカレンダーとの一致をしばしば妨げるアナクロニズムのせいで埋葬から一年以上も経ってーーーようやく祖母が死んだことを知ったのである」(プルースト「失われた時を求めて8・第四篇・一・二・心の間歇・P.351~352」岩波文庫 二〇一五年)
第二にこの想起は「疲労のせいでーーー身をかがめて靴をぬごうとした」ことと最初のベルベック滞在の時に<私>が病いゆえに負っていた「疲労のせいでーーかつてバルベックへ到着したとき祖母が私の身につけていたものを脱がせてくれたあの遠い夕べ以降は存在していなかったので、祖母が私のほうにかがみこんだ」こととのアナロジー(類似・類推)から瞬時に出現したものだ。
「ところで私が今しがたいきなり連れ戻された自我は、かつてバルベックへ到着したとき祖母が私の身につけていたものを脱がせてくれたあの遠い夕べ以降は存在していなかったので、祖母が私のほうにかがみこんだその瞬間へと私が合流したのは、ごく当然のことながら、その自我のあずかり知らぬきょうの昼間の直後ではなく、昔となんの断絶もなくーーーまるで時間には異なるさまざまな系列が並行して存在するかのようにーーーあの最初の夕べの直後になった」(プルースト「失われた時を求めて8・第四篇・一・二・心の間歇・P.354」岩波文庫 二〇一五年)
そして「私が今しがたいきなり連れ戻された自我は」かつて「祖母が私のほうにかがみこんだその瞬間へと」私自身のまま「合流した」とある。<私>が<私>の身体のまま別のものへと生成変化する欲望の推移について。
「エクリチュールが女性への生成変化を産み出すこと、一つの社会的領野を隈なく貫いて浸透し、男性にも伝染して、男性を女性への生成変化に取り込むに足るだけの力をもった女性性の原子を産み出すことが必要なのだ。とても穏やかでありながら、厳しく、粘り強く、一徹で、屈服することのない微粒子。英語の小説におけるエクリチュールに女性が台頭して以来、いかなる男性作家もこの問題に無関心ではいられなくなった。ロレンスやミラーなど、最も男性的で、男性至上主義のきわみといわれる作家たちもまた、女性の近傍域、もしくはその識別不可能性のゾーンに入る微粒子を受けとめ、放出し続けることになる。彼らは書くことによって女性に<なる>のだ」(ドゥルーズ=ガタリ「千のプラトー・中・10・P.242」河出文庫 二〇一〇年)
また、この「合流」が「昔となんの断絶もなく」接続されたかのように感じられる理由について。
「というのもわれわれが愛や嫉妬と思っているものは、連続して分割できない同じひとつの情念ではないからである。それは無数の継起する愛や、無数の相異なる嫉妬から成り立っており、そのひとつひとつは束の間のものでありながら、絶えまなく無数にあらわれるがゆえに連続しているという印象を与え、単一のものと錯覚されるのだ」(プルースト「失われた時を求めて2・第一篇・二・二・P.401」岩波文庫 二〇一一年)
しかし逆説的なことに、かつて祖母が「私のみを対象とし、私のみを目的とし、つねに私へと向けられていた愛」をようやく「無上の喜び」として「知る」ことで、今度は逆に、もはや祖母は疑う余地のない死者であるという「虚無の確信」が同時に浮上する。一方で祖母の想い出から湧き起こる「無上の喜び」、もう一方ですでに祖母はいないという「虚無の確信」。プルーストはその感覚についてこう述べる。
「つまり一方には、私が感じたまま私のなかに生き残り、私のための捧げられた生存と愛情があり、この世の始まりから存在したはずのどんな偉人の才能やいかなる天才も祖母にとっては私の欠点のひとつにも値しないと思えたほどに、私のみを対象とし、私のみを目的とし、つねに私へと向けられていた愛がある。ところが他方では、そんな無上の喜びを現在のものとしてふたたび体験したとたん、まるでたえずぶり返す肉体的苦痛のように虚無の確信がその喜びに割りこんでくるのが感じられ、その虚無は、かの愛情を想う私のイメージを早くも消し去り、かの生存そのものを破壊し、私たりふたりの共通の宿命かと思われたものを過去にさかのぼって無に帰せしめ、祖母のすがたを鏡のなかに見るようにふたたび見出した瞬間、その祖母を、あたかも他のだれでもよかったかのように偶然のいたずらによって私のそばで数年間をすごしただけの存在、その存在にとって私などそれ以前にはなきに等しくそれ以後にもなきに等しくなるような、ただの見知らぬ女にしてしまっていた」(プルースト「失われた時を求めて8・第四篇・一・二・心の間歇・P.355~356」岩波文庫 二〇一五年)
次のセンテンスで「祖母の顔のひきつりや心の苦しみをもはやけっしてぬぐい去ることはできないだろう、いや、ぬぐい去ることができないのは、むしろ私の心の苦しみなのだ」、「故人はもはやわれわれの内部にしか存在しないので、われわれが故人に食らわせた打撃をあくまでも想い出そうとすると、自分自身をたえず打ちのめす結果になる」、とある。祖母に鏡の機能を担わせるならこの矛盾はいつも必ず発生せずにはいない。
「価値関係の媒介によって、商品Bの現物形態は商品Aの価値形態になる。言いかえれば、商品Bの身体は商品Aの価値鏡になる(見ようによっては人間も商品と同じことである。人間は鏡をもってこの世に生まれてくるのでもなければ、私は私である、というフィヒテ流の哲学者として生まれてくるのでもないから、人間は最初はまず他の人間のなかに自分を映してみるのである。人間ペテロは、彼と同等なものとしての人間パウロに関係することによって、はじめて人間としての自分自身に関係するのである。しかし、それとともに、またペテロにとっては、パウロの全体が、そのパウロ的な肉体のままで、人間という種属の現象形態として認められるのである)。商品Aが、価値体としての、人間労働の物質化としての商品Bに関係することによって、商品Aは使用価値Bを自分自身の価値表現の材料にする。商品Aの価値は、このように商品Bの使用価値で表現されて、相対的価値の形態をもつのである」(マルクス「資本論・第一部・第一篇・第一章・P.102」国民文庫 一九七二年)
かつての祖母の無限の愛情と今や祖母はいないという不在ゆえに不可避となって出現する「祖母の記憶を私のうちにつなぎとめている苦痛の釘」。祖母はもはや死者であるがゆえに思い出が浮上するたびに必ず現れるほかない「死後の生存と虚無とが交錯するかくも不思議な矛盾」。<私>はその不可避性に対して「その苦痛の特有の掟にしたがい、その苦痛をつねに甘受しつづけようと願った」。
「だが私は、あの祖母の顔のひきつりや心の苦しみをもはやけっしてぬぐい去ることはできないだろう、いや、ぬぐい去ることができないのは、むしろ私の心の苦しみなのだ。というのも故人はもはやわれわれの内部にしか存在しないので、われわれが故人に食らわせた打撃をあくまでも想い出そうとすると、自分自身をたえず打ちのめす結果になるからである。この苦痛がどれほど過酷であろうと。私はそれに全力でしがみついた。この苦痛こそ、祖母の想い出から出たものであり、その想い出がまぎれもなく私のうちに現存する証拠だと感じられたからである。私が祖母を本当に想い出すことができるのは、ひとえに苦痛を通じてであると悟り、そうであれば祖母の記憶を私のうちにつなぎとめている苦痛の釘がもっと私のなかに食いこめばいいとさえ思った。私は、その苦痛をことさら優しいものにしようとも、その苦痛を美化しようとも思わなかった。遠く離れていてもその人なりの個性を失わず、こちらを憶えていて解消できぬ仲むつまじい関係にある人にたいしてするように、祖母の写真(サン=ルーが撮ってくれた私が肌身離さず持っていた写真)にことばをかけたり祈ったりして、祖母はただ不在なだけで一時的にすがたが見えないのだと想いこもうともしなかった。私がいっさいそうしなかったのは、ただ苦しみたいと願ったわけではなく、意識せぬままいきなりわが身に受けた苦痛の独自性をあるがままに尊重したいと願ったからであり、死後の生存と虚無とが交錯するかくも不思議な矛盾が私のうちにあらわれるたびに、その苦痛の特有の掟にしたがい、その苦痛をつねに甘受しつづけようと願ったからである」(プルースト「失われた時を求めて8・第四篇・一・二・心の間歇・P.357~358」岩波文庫 二〇一五年)
時間の作用はこのような矛盾において、かくも残酷な事実を提示する。プルーストはいう。「なぜなら時は、人びとを変えてしまうが、その人びとについてこちらがいだくイメージまで変えることはないからである」と。
「私が突然ふたたび望んだもの、それは私がまだ本人たちと知り合う以前、バルベックで海の前をアルベルチーヌやアンドレやその友人の娘たちが通りすぎるのを見かけたときに夢見たものであった。ところがなんということか、私が今まさにこの瞬間これほど強く欲している娘たちに再会しようとしても、それは叶わぬことだった。きょう私が目にしたすべての人たちを、そしてジルベルト自身をも変えてしまった歳月の作用は、もし亡くなっていなければアルベルチーヌをそうしたように、生き残っているすべての娘たちを、私の想い出のなかに残っている娘たちとは確実にあまりにも異なる婦人にしてしまっていた。私はみずから努力してその娘たちに到達せざるをえないことが辛かった。なぜなら時は、人びとを変えてしまうが、その人びとについてこちらがいだくイメージまで変えることはないからである」(プルースト「失われた時を求めて14・第七篇・二・P.171」岩波文庫 二〇一九年)
作品終盤「見出された時」では祖母に関するこの経験と時間の作用の残酷さとについて、それが友人知人など様々な身近な人々の<身体において>可視化される。「失われた時」と「見出された時」との共鳴・共振は両者のあいだで響き合うのだ。
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