二〇二四年十二月十日(火)。
早朝(午前五時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。
朝食(午前八時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。
昼食(午後一時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。
夕食(午後六時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。
食器洗いを終えた飼い主を追いかけてタマは二階へ上がってくる。このところお約束のように付いてくる。階段で飼い主を追い越しドアが開くのを先回りして待っている。部屋に入るとパソコン机の隅にひょいと飛び乗り飼い主が椅子に腰掛けて何か考えているその真横でしばらくじっとしている。置き物のように見えなくもない。
タマさん、時々置き物みたいにじっとしてるよね。そういう時の猫はあんまり何も考えてないって言われてるけど。
置き物に見えたでしょ?でも今日は違うんだ。飼い主の机の隅におっちんするのは隅だからってわけじゃない。ここね、エアコンの温風がやんわり流れてくる風下のちょうど良い位置に当たってる。冬になって心地よさがわかった。
もしかしてそうかなと思ってたけど。
うん。でも温風は温風でもゆるゆる過ぎじゃない?なかなかあったまらないよ。
生活苦の世帯だから仕方ないさ。飼い主とその妻とタマだけで精一杯やりくりしてようやくこうだよ。後は何が何でも我慢するしかないんだな。
タマは別に我慢してる感じはないけど。
といっても猫第一主義を掲げてるわけじゃ全然ないんだよ。猫の行動様式を参考にすれば思わぬところで何かと暮らしのヒントが見つかるものなのさ。
そうなんですか。
大いにね。だからといって我慢ばかり強いられてると飼い主もいつかは爆発するわけなんで三ヶ月に一度くらいは生活様式にちょっとした捻りを加えて変化をつけてはいるんだ。
タマね、テレビ見てたらうつ病で死ぬ人は今なお多いって言ってた。
先進諸国はどこももう限界だろ。国内で増殖加速する不満を戦争へ動員するという歴史的に繰り返すたびに失敗してきた方法をまたしても採用しようという流れが見られるんだけど、それではますます頻繁に社会全体が鬱状態に陥るばかりさ。飼い主のうつ病は国内でうつ病者の多発が騒がれるずっと以前からの極めて稀なケースなんであまり参考にならならいわけだけどそれとは別に国民全体がうつ病的個人主義リベラルとでも言うべき病的状態に陥ってしまってる。しかもほとんどの場合それがなかなか自覚できないような社会の仕組みに取り込まれてる。行くところまで行くかもしれない。行き着いてしまえばそこでゲームオーバーなんだけど、なんで政財官学界が手に手を携えて敷いてきた見え見えの失敗政策に巻き込まれて一緒に心中的破滅へ引きずり込まれなきゃいけないのかさっぱりってとこか。
そうだ、タマね、今日のお昼はぐっすり寝れた。なんでかなあと思ったくらい。
みたいだね。薬なしでぐっすり眠れるってのは今の人間社会ではもはや考えられなくなりつつある。大切にしなきゃあね。
黒猫繋がりの楽曲はノン・ジャンルな世界へ。ジャブー。いわゆるブリストル・サウンド。といってもジャブーの音楽自体が色々変化してきたことからもわかるようにその要素はエレクトロニカ、エクスペリメンタル、オルタナティヴ・ヒップホップ、レゲエ、ダブなど解像度を上げていくときりがなく分解されうる。そういう聴き方よりも今作は今作のポップでいいのではと思える。