まず、この「文字なし絵本」への深い興味がありながら、
購入を躊躇っていましたわたくしの背中を押して下さったK・Iさんに感謝していますことを記しておきます。
また邦訳がほとんど必要のない洋書のままで購入すればよいこと。
しかも円高の折り、このハードカバーの古色蒼然風に造られた魅力的な本を、アマゾンで安価に購入できることも教えて頂きました。
早速注文をしましたが、こんなにワクワクしながら待っていた本も久しぶり♪
届いてからは、読みかけの本を放り出して、何度も繰り返し見ました(読むのではなくて…)。
絵が語り出すことを何度もみつめる。その度に少しづつ変化する。
そのどれもが許される物語なのだと思う。
ストーリーを辿るだけならば簡単なこと。
妻と小さな娘を置いて、出稼ぎに出る男が、言葉の不自由さ、文化や環境の違い、日常の様々な戸惑いなどを乗り越えて転々として、
やがて家族を呼び寄せて、ハッピーエンドで終わる。それだけのこと。
しかしそれだけであろうか?
もともと妻と子を置いてきた土地の家々の屋根が並ぶその上にが龍の尾のようなものが静かにうねっている。
まずその土地から男は列車に乗る。そして船に乗る。船室の丸窓から見える男がだんだん小さくなってゆく。
海上の雲の表情が日々刻々と変わる。
旅日記を記しながら、男はそのノートの一枚で鶴を折る。
するとたくさんの見たこともない鳥たちが船上を、海上を飛ぶ。
すると、見たこともない巨大な人間らしきもの、生き物らしきものが立ちあらわれる。1つの島のごとく……。
人間ではないものが、この物語の案内をしている。
無名の港に着き、移民船(のようなもの)から下船したたくさんの人々は、それぞれのパスポートが与えられる。
そして天を飛ぶ気球(のようなもの)に吊るされた電話ボックス(のようなもの)で、
男が見知らぬ土地へ移動する。
どこにでもあるようで、どこにもないような土地だ。
通じない言葉を超え、様々な不幸な人々に出会い、幸福な人々の笑顔にも出会い、戦争にも逃亡者にも負傷者にも出会い、
職を探し、ようやく妻と子に送金し、やがて家族がよみがえるまで。
全く無音の世界のようでありながら、絵はしずかに読み手に語りかける。
「あなたが物語をお書きなさい。」と……。読み手は試されているのではないか?
* * *
「絵本「アライバル」作者ショーン・タンさん「YOMIURI・ONLINE」より転載、お許しを。
初めての来日。「高野山で宿坊にも泊まりました。東京はビルの上でみんながゲームしていそうなエキゾチックな街ですね」
震災後の日本でじわじわと売れ行きを伸ばしている絵本がある。
思わぬ災害によって新しい土地へ旅立ち、居場所を見つけていく男を描いたオーストラリアの絵本作家ショーン・タンさん(37)の『アライバル』(河出書房新社)だ。
新刊の翻訳刊行を機に来日したタンさんに、作品に込めた思いを聞いた。
「津波でも個人的な転職や恋愛でも、人生に大きく影響を与えるのは予測もできないような出来事だということを『アライバル』では描いている。
その意味で、日本の皆さんにも何らかの方向を示すことができていたらうれしい。」
絵のみで物語が進行する『アライバル』は、2500円と割高な絵本にもかかわらず、4月の刊行から半年間で2万5000部まで部数を伸ばした。
不思議な建物や生き物、食べ物など、異国の風景が細部まで丁寧に描かれる。現実のどの国とも言えない空想的な世界は、
中国系マレーシア人で1960年にオーストラリアへ渡ってきた父から聞いた体験談がモチーフとなっているという。
最近、『遠い町から来た話』も刊行された。『アライバル』に感動した岸本佐知子さんが翻訳を担当した15の物語は、
謎の生物で交換留学生としてやってくる「エリック」をはじめ、タンさんならではのSF的な世界が広がる。
そこに現実の人種差別や環境問題への鋭い風刺を読み取ることもできるが、描くときには、最初からテーマを決めているわけではないという。
「紅茶カップや犬といった身近なものを描いているうちに、潜在的に自分の中で引っかかっていたことが隠喩となり、目の前にあるようになるんです。」
作品に通底するのは、人間や世界へのあたたかい視線と信頼だ。「あらゆる問題は想像力で解決できると思う。
権威や当局は、人々に思考や想像力を使わせないで『どちら』と選ばせようとするけれど、現実には数十万の選択肢がある。
想像力を阻むことは、個人にとっても国にとっても不運の始まりです」。穏やかな目が鋭さを帯びた。