パレーシアは魂の教育・鍛錬に必要な、本当のことを明らかにするものです。
まず、『フェニキアの女』について考えましょう。この戯曲の主題は、オイディプスの二人の息子、エテオクレースとポリュネイケスの間の喧嘩です。オイディプスが没落した後、自分たちの父親の呪い、すなわち、オイディプスの遺産を「研ぎ澄まされた鋼」によって二つに分けなければならない、という呪いを解くために、エテオクレースとポリュネイケスは、テーベを交代で、一年ごとに統治すること、エテオクレース(年上でした)が最初の年を統治することを約束しました。ところが、エテオクレースが最初に統治をした時に、エテオクレースは王冠を受け継ぐことを拒んで、権力を弟のポリュネイケスに譲ります。エテオクレースが専制政治を、このように拒んで、ポリュネイケス(亡命中だった)は民主的体制を代表します。父親の王冠を分かち合おうとして、ポリュネイケスがアルゴスに戻ったのは、エテオクレースを打ち破って、テーベを包囲攻撃するためでした。イオカステーは、エテオクレースとポリュネイケスの母親であり、オイディプスの妻ですが、2人の息子たちを説得して、休戦させようとしたのは、まさに、この衝突を避けたいと望んだからでした。ポリュネイケスがこの集まりに到着した時、イオカステーはポリュネイケスに質問したのは、「テーベからの亡命中に辛かったのは何かしら?」ということです。「亡命するのは、本当につらいのかしら?」とイオカステーが質問すると、ポリュネイケスは、「最悪だ」と答えています。イオカステーが「なぜ亡命がそんなにつらいのよ」と聞くと、ポリュネイケスは「それは、パレーシアではいられないから」と答えています。
イオカステー: これこそ何よりも私が知りたかったことです。亡命生活とは何か? 惨めなの?
ポリュネイケス: 一番惨めですとも。聞きしに勝って、最悪でした。
イオカステー: どういう風に最悪なの? 亡命者の心をむしばむのは何なの?
ポリュネイケス: 最悪なのは、まさに、自由に話す権利がない、ということです。
イオカステー: それは奴隷の生活ね。自分の気持ちを話し言葉にするのを禁じられるなんて。
ポリュネイケス: 権力に対して、もの言わずに耐えねばなりません。
イオカステー: 愚の骨頂です。病気になっちゃうわ。
ポリュネイケス: 権力に対して何にも言えないなんて、人間性を否定し、一人の奴隷だって判ります。
この件を読めば、「自由」と「豊かさ」を謳歌しているように見える日本人のほとんどが、まぎれもなく、ハッキリ、奴隷だって判ります。