ルターも、大食漢で大酒飲みと言われていました。
Young Man Luther 『青年ルター』p.245の、第2パラグラフ、下から7行目途中より。
ルターは、この種の食事を、「断食」と呼んだのは、食事をしても嬉しくないし、儀式をやるように食事をしていたからでした。同様に、ルターは、同時代人よろしく、ゲップやオナラを楽しんでいたに違いありません。ゲップやオナラは、お腹が満足した証拠でした。それは、痛みを感じたり、便秘になったりして、自由になっていく見通しが持てなくなるまでは、そうでした。しかしながら、あらゆる解剖学的な領域の中でも、ケツ程、悪意が支配するところはない、のです。
ケツは、ものを出す場所でしょ。でも、人間から出ていくものは、目に見えるものばかりではない点に注意が必要です。気持ちや言葉のような、眼には見えないものも出ていきますでしょ。ケツは、その出ていくものの象徴です。ケツが悪意に支配される時、それは、眼には見えない気持ちや言葉も、悪意に支配されることの象徴になります。
この悪意こそ、「人間を上下2つに分けるウソ」であり、そのウソにべったりくっついている、憎しみや激しい怒りなんですね。
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