生かされている、不思議な命 3訂版自分の命。実に不思議ですよね。昔、保育士を目指す20才前後の人たちに話したことがあります。それは、昔ビートたけしさんがやっていたTV番組「たけしの万物創世紀」...
ルターは、人並み外れたしなやかさの持ち主でした。
Young Man Luther 『青年ルター』p.250の、3行目途中 から。
ルターは自分自身を、結婚、名士、友情、教えること、といった親しい関係の中で、自分の母親からもらったはずのものを、他の人達にあげる時間が、ほとんどない人みたいに、のめり込みました。ルターは、気前のいいお父さん、気前のいい牧師さん、気前のいい持成し手として、お母さんみたいでした。それはちょうど、何物も意に介さずに、全てを抱え込んで(おでぶちゃんが)世話をするようでした。ルターは自分の食卓では、ケンカ腰の説教にふけることもありました。ケンカ腰の説教はローマ教皇の秩序と闘うために、一回ゴワサンだと主張するものでした。それから、ルターは奥さんを、冷やかし半分にからかうことも、いつものことでした(たとえば、耳を欹てるたくさんの子どもやお客の前で、「奥さんをもう一人もらっちゃおうかなぁ」等と言い建てたりしたんですね)。
ルターは、自由だったんだと感じますね。ちょっと、細やかさには欠けていたのかもしれませんけれども、愉快な感じの人だったはずですね。でもね、その辺の事情が分からない堅物や、真面目だけがとりえの人には、不愉快だったかもしれません。
「奥さんもう一人もらっちゃおうかなぁ」なんて言う牧師さんがいたら、面白いと私は思います。神父さんには、「僕は1人の奥さんもいないんだぞぉ」と叱られるかもしれませんけれどもね。ニヤッ
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