エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

小学生と安倍政権 子どもに不信を植え付けています。改訂版

2015-03-28 02:17:11 | エリクソンの発達臨床心理

 

 そして、小学生のことを考えることが、今私どもは、どのような社会に暮らしているのか? を考える上で、一番大事な点かもわかりません。

 私どもは、どんな社会で暮らしているのでしょうか?

 いまは春休みに入っているので、子どもたちと学校で会えていませんが(近所ではよく合う)、また、学校が始まれば、子どもたちを支援する仕事が再開します。このブログでも、繰り返し申し上げているように、今の小学生は、愛着障害だらけ。親が教員が、子どもに信頼をプレゼントできていないからです。親も教員も忙しくて、余裕を失っている場合がほとんどだらがです。

 じゃぁ、親や教員がダメなのでしょうか?

 「YES」と「NO」の両方ですね。

 まず、「NO」から。

 親は、その多くが労働者。長時間労働とサービス残業が、日本では当たり前。北欧のように、一日7時間労働で、原則残業もない、通勤も30分以内が多いのとは、大違い。しかも、北欧では、失業保険が、所得の8割~9割、エンドレスで貰えるのと、どうしてこんなに違うのか。また、オランダのような「同一労働同一賃金」でもない。つまり、非常勤では、年金も保険も自腹ですから、正規雇用の人と社会的・制度上の差別がある。しかも、今や働く者の、3人に1人の労働者が非常勤でしょ。ボーナスはもちろん、有給休暇もないまま、サービス残業に明け暮れているのが、今の日本では「当たり前」になっています。もちろん、先ほど、北欧やオランダの労働環境について申し上げましたが、グローバル・スタンダードから言えば、「奴隷並みの非人間的な状況」です。「過労死」は、英語では、killed in overworkとは言いません。「karoshi(カローシ)」と言うくらいです。異常な状態です。首都圏ですと、一時間半くらいかけて通勤していることもざらでしょう。7時前に家を出て、帰りは10時過ぎ、ということもさほど珍しいことじゃない。そうすると、子どもと接する時間が物理的にない、ということです。日本の労働政策が貧困だからです。安倍政権は、その上、「残業代は払いません」「金さえ払えば、いつでもクビ」ということを制度化しようとしてますでしょ。ヒットラーでも、そこまでやんないでしょ。子どもに、日本の労働政策の貧困が、しわ寄せされているんですね。特にバブル崩壊以降の、「空白の20年」(http://members3.jcom.home.ne.jp/okikeiji/11blanktime.html を参照くださ)

の間、労働条件が悪化したんです。長時間働いても、賃金は下降する、ということです。ですから、子どもは、大人から「相手にされない」。ですから、子どもが「愛着障害」になり、人間にとっても、最も大切な「信頼」をプレゼントされずじまいになっちゃってる。教員も長時間労働、サービス残業が当たり前。でも、親や教員が悪いのじゃぁない。

 「YES」のところ。

 親や教員が悪いところもある。それは「声を上げないこと」。パレーシアじゃないってこと。アンパンマンじゃないけれども、「損は覚悟で、本当のことをハッキリ言う」ということがない。だから、人権を踏みにじることを平気でやりながら、美辞麗句(やれ、「女性が輝く社会」【実際は、何百万の女性が貧困に喘いでいる)《今度の月火の、クローズアップ現代が楽しみ》、やれ「積極的平和主義」(実際は、戦争で人殺しをすることになる)】と情報操作でゴマ化されてんですね。ゴマカシに積極的に加担しているところもあるので、親や教員が悪いところもある。

 ともかく、子どもの事を考えると、子どもに不信を植え付けている社会に、私どもが暮らしていることがハッキリ分かります。

 

 

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