エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

歴史の中の時空と、心の中の時空

2014-08-07 05:10:52 | アイデンティティの根源

 

 イエスとその弟子たちは、ユダヤ後では、危ない外国人と見なされがちだったことが分かります。

 p332の第2パラグラフ。

 

 

 

 

 

 私どもが、「ディアスボラ、四散の民」という独特な時空の心構え、それは民族が存在するという意味では、誠に曖昧模糊としていますが、これを調べようとするときには、アメリカ史の中での「フロンティア、辺境」という、極めて重要な事実を短くても考え直しておいた方が良い。フロンティアは、徐々に、西に、北に、移動して、太平洋まで行きついた、それでも、フロンティアが姿を見せるのは、たくさんな人生の計画であったり、冒険であったり、もちろん、思い出の中だったりします。言うまでもありませんが、日常的に口に上る話題です。ちなみに、移民という形も見逃さないでくださいね。移民という形は、長らく(移民は今、イスラエルであるように)、移民をする新参者の熱心さを表します。それはどこから来たのかに、関係ありません。「フロンティア」が重要な役割を演じたのは、「ニューディール政策(新規巻き直し政策)」という暗黙の心構えにおいてでしたし、「ニューフロンティア政策」という隠れたスローガンにおいてでした。同じことは、アメリカ人が持つ戦争に対するイメージに対しても真実(真実だったん)です。アメリカ人が持つ戦争に対するイメージは、軍隊とは外国で戦う遠征部隊であって、敵になるかもしれない者が侵入することは意味しない、と決めてかかっています。運命に対する個人的意味は、それは人と分かち合っている時空に対する心構え次第ですが、それは、あらゆる守りの姿勢に中でも、もっとも単純な態度からできています。たとえば、私にしたことを誰かができるし、人々が私に何かをすれば、私も同じことをその人々にできる、ということです。

 

 

 

 

 

 歴史の中にあった、ディアスボラやフロンティア。それは外的な歴史的事実であると同時に、多くの人の心構えにもなりうる。この視点、目の付け所が実に面白ですね。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 私どものカイロス | トップ | 神様の発達段階 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿