先日、とある高校の教員に、発達トラウマ障害(DTD)のことを話すチャンスがありました。発達トラウマ障害(DTD)がいかに深刻な精神病で、人生をメチャクチャにしかねない病であるのかをお伝えしたわけです。「三つ子の魂百まで」と言いますね。かつて、厚生労働省は「三歳児神話」と言って退けたことが、実は、科学的に鮮やかに証明されたのが、ここ三十年のアメリカで研究・臨床された発達トラウマ障害(DTD)研究だと、という中身でした。厚生労働省は、「三つ子の魂百まで」となれば、そのための予算措置をしなくてはなりませんから、予算を付けるのを渋るために、「三歳児神話はウソですよ」というウソを、喧伝したわけですね。厚生労働省のお役人は頭が良いかもしれませんけれども、人品としては、最低に近いことが、ここから分かると思います。
元来、笑いの出ない話をすることは耐えられない質の「遊びのオジサン」である私は、発達トラウマ障害(DTD)の話をしても笑いが取れずに、悔しい思いをして帰ってきました。話があまりにも深刻なので、ほとんどの方の顔が青ざめていましたからね。カール・バルトが深刻な終末論の話をしても、笑いの連発だったことを参考にしたい私は、そこに遠く及びない、私の非力を思い知らされたわけです。それでも、出来得るかぎりのユーモアと言葉遊びを交えてお話したので、笑みを浮かべる人は何人かいてくれたのが、それがせめてもの救いでした。
今宵は、三歳まで、すなわち、0・1・2才がいかに大事かを、深くご存知の佐々木正美先生の言葉から学びます(『あなたは人生に感謝ができますか? エリクソンの心理学に教えられた「幸せな人生の道すじ」』から)。
最も重要なのはひとつめ、乳児期のテーマ
…人生を左右するほどの違いが、乳児期のすごし方にあるわけです。…エリクソンは、乳児期の危機的な主題は「基本的信頼」を抱くことだと言いました。…乳児期に、人を信じることが出来るようになった子は、同時に、自分を信じる力を得ます。…人を信じることはあまりできないけれども、自信はあるという人間は、いないんです。…自信というのは、おごりではない。…静かに、ひそかに、自分の存在を誇りに思うことができる。その気持ちが自信なんです。…何千回も望みをかなえること。それが信頼感、人間関係の基盤になるのです。
赤ちゃんの頃に、何千回、何万回、望を叶えてもらったものは幸いなるかな。人を信頼し、自分を信頼することができるからです。たとえ困難があっても、「大丈夫」が合言葉の人生を歩むことになるでしょう。
赤ちゃんの頃に、何千回、何万回、望を叶えてもらえなかったものは災いなるかな。人を信頼できず、自分を信頼できないからです。たとえ順境にあっても、「ダメだぁ」が合言葉の人生を歩むことになるでしょう。
後者の最たるものが、発達トラウマ障害(DTD)の子ども達です。
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