ルターがエバッて見せたのは、、信頼が地に落ちるほど、弱くなっちゃたから。
Young Man Luther 『青年ルター』p.242の、第2パラグラフから。
ルターは、ハッキリとした言葉を言うようになりました。それは、その言葉を目の当たりにしても、大事な意味が分からないものでした。ルターが言うには、「分別という意味での、ルターの『判断』は、正義という意味での、神の「判断」に違いない」ということでした。このように「義とされた者」が裁判官となりました。神学的な根拠がどんなものであっても、良い良心、すなわち、真の怒りのある良い良心は、それがないと、本物のリーダーシップもありえなければ、効果的な教育もあり得まないけれども、他人にとっては、悪い良心になっちゃいますし、激しい怒りが募るほどに、かならず、悪くて、「正義に反する」良心になることに相場が決まってます。
ここを読むと、アベ・詐欺師ちゃんと悪魔の仲間たちがやってることが、実に良く、心理的に分かりますでしょ。自分の判断を、神よりも、憲法よりも、上にしてるのが、アベ・詐欺師ちゃんと悪魔の仲間たちでしょ? それは、アベ・詐欺師ちゃんと悪魔の仲間たちが、ここでエリクソンが教えてくれている通りの、悪い良心、正義に反する良心の持ち主だからです。
こうしてくると、アベ・詐欺師ちゃんと悪魔の仲間たちに対する対処法も自ずから分かります。すなわち、悪い良心には、良い良心で対処することです。単純です。
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