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聖書の言葉も大竹しのぶさんがらみ。
大竹しのぶさんは、『新約聖書』の4つあるイエス・キリスト物語の最初「マタイによる福音書」10章22節から、大竹しのぶさんの名前を、父親の章雄さんが名付けたと言います。前田護郎先生の翻訳を見てみたいと思います。
「終わりまで耐える人、彼こそ救われよう」
この「耐える人」と言うのが、新共同訳では「耐え忍ぶ者」です。これは言語では、ὁ ὑπομείνας ホ・ヒュボメイナス、「自分の持ち場に踏みとどまる」を意味するὑπομένω ヒュポメノーの、男性単数のアオリスト分詞です。
この言葉は、パウロの手紙で一番有名な「ローマ人への手紙」の第5章4節にもでてきます。3節から5節は
「3そのうえ、苦難にあっても誇ります。苦難は忍耐を、4忍耐は訓練を、訓練は希望を生むことを承知ですから。5この希望は恥をかかせません。」
です。この「忍耐」と訳されているのが、ὑπομένω ヒュポメノーの名詞形、ὑπομονή ヒュポモネーです。踏みとどまるものは、品性・人品(訓練)を得て、裏切られることのない希望を抱きつづけることができます。
そして、ὑπομονή ヒュポモネー言う言葉は、天才シモーヌ・ベェイユの最愛の言葉にして、彼女の生き方を象徴する言葉でもある訳です。
私どもも、大竹しのぶさんと、シモーヌ・ベェイユの晴れ晴れとした生き方に漲る生命力の源、ὑπομονή ヒュポモネーに学びたいものですね。
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