打越通信

日記ふういろいろ

令和にむけて

2019-04-29 19:09:31 | 日記ふう
翌日はバスで天神まで行き地下鉄に乗り込んだ。
行先は波多江、初めていくところなのでどんなところかはわからない。
天神で乗り込んだ列車は快速だったので途中の姪浜駅で各駅停車の列車に乗り換えた。
産宮(さんのみや)神社は降りた駅のすぐ近くだった。
糸島市になるのだがどうもこの付近の交差点などに産宮の名前が残っているようだ。
福岡市をちょっと離れるとのどかな空気が漂っていた。





神社はそんなに大きくもなく、いたって普通の神社なのだが名前が産宮という事なんだろうか、安産祈願の神社として有名なところだ。
参拝を済ませ電車で今宿駅まで戻った。
海岸線に出て生の松原を歩く事にした。
このことはまた別に書くとして。
何せかなり長い道のりを歩く事になってしまい、さすがに栄養補給が必要だった。
小戸というところに出たが、国道はクルマで渋滞していた。
あまり混んでいない中華料理屋に入り補給した。
姪浜駅から地下鉄に乗り天神へ向かった。
天神あたりをブラブラして歩いて自宅に戻ってきた。
朝9時に出て帰り着いたのは夕方5時くらいだった。
さすがにくたくたで軽めの夕食で熟睡だった。

今朝は近くの住吉神社に向かった。



ちょうど結婚式があっていたが、今日は「昭和節祭」という儀式があるようだ。
住吉神社は自宅から近いこともありよく散歩で来るが、このところ結婚式に良く出くわす。
4月29日といえば昭和天皇の誕生日で昭和の時代は「天皇誕生日」という事で祝日だった。
あっ、それで「昭和節祭」というわけだ。
来年からは「平成節祭」というのが出来るのだろうか。



白無垢の花嫁と袴姿の新郎、親戚の方々が見守る中、記念撮影が行われていた。
今の時代は前撮りなどやっているが、これが本来の姿だろう。
そんな姿を見ていて、数年前(?)の今日だったんだ。
つまり結婚記念日だった。



午前10時近くになり、社務所前には宮司さんたちと氏子さんたちが並び、いよいよ儀式が始まろうとしていた。
あいにく雨が降り出したが春雨なので本降りではない。
皆さんが本殿に入り儀式が始まったようで笛の音や太鼓の音が鳴りだした。
鈴が振られ本殿前に立っていた参拝者にもシャンシャンと振っていた。
君が代の斉唱をして儀式は終わった。

新しい令和という時代が無事に誕生するのを願う。
連休初めの3日間はそういう事で安産祈願でお遍路さんのように3社参りをした。

うみ

2019-04-28 19:56:14 | 日記ふう
この連休はひきこもって平成を冷静に振り返ろうと考えといた。
しかしテレビでは<いよいよ大型連休が始まる>などと騒いでいる
家人も
「どこのテレビもこればっかりだね」
と言ってパチッとスイッチを切ってしまった。

博多駅までてくてく歩いて篠栗線(福北ゆたか線)に乗り込んだ。
長者原で降り西戸崎線(香椎線)に乗り換える。
駅は全く直角に交差していて階段を上ると駅ホームがあった。
この辺りまでくるともう都会の喧騒は無い。
静かなホームで列車を待っていると変わった列車が表れた。
DENCHAというが日本語でなんと発音するかはわからない。
電化されていないところをジーゼルの変わりにバッテリーで駆動する、それこそ電気列車(電車だね)だ。
静かでまだ新しいようで広く明るい。
終点の宇美駅に着く。



駅を降りると静かな街並みが続き、大樹を目印に歩くと大きな鳥居があった。
境内は広く、お母さんに抱かれたまだ首も座らないような赤ちゃんが初参り(ひあき)に来ていた。
ここは子安の社といわれる安産信仰の神社のようだ。



神社奥には小石に名前を書き奉納するしきたりのようだ。
参拝をして境内を見て回る。



大きな楠が見事だった。
神楽殿に奥の院。



由緒ある神社のようで奥の院まであるようなので行ってみた。
ちょうど季節は藤やツツジ、階段を上ったあたりでひと休憩だった。
福岡市内の喧騒と違い、静かでゆっくりを時間が流れていた。
ふと横を見ると万葉の句があった
「銀(しろかね)も金(くがね)も玉も何せむに勝(まさ)れる宝子に及(し)かめやも」
この言葉を土産に神社を後にした。

連休を前に

2019-04-26 22:23:17 | 日記ふう
Windows(Microsoft)の元号対応も連休前の今日(4/26)やっとパッチの配布が始まった。
その他のパッケージの対応は割と早い時期に対応版が出ていたが、基本ソフトの対応がこれまで遅かったのには意外だった。
まあ、Windowsの対応範囲の広さと影響の深刻さが裏にはあるのだろう。
和暦が嫌だ、西暦で問題は解決できるのではと思われるが、公文書には併記を求めるものもあり、令和1年の表記より令和元年と表記すべきなど、まだまだ<好むと好まざるとにかかわらず>の世界がある。
それでも何とか間に合ったといっても、すぐにパッチをあてるのは問題がありそうなので連休明けにすることにした。
そんな昭和いやいや平成の時代もあと数日で終わり令和の時代が始まる。



平成を振り返るような気の利いた事を書こうと思ったが、それは今すぐでもなくても良いようなので後回しにする。
ところで連休の計画はといわれると今のところ何もない。
実家にも熊本の自宅にもそれこそかなり帰っていないので帰ろうと思っていたが老化のせいか、そうは思わなくなった(言っとくけど認知症ではない・・・と思っている)。
それで何をするかと考えたが何もしないことにする予定にした。
これはあくまでも予定なのでまだわからない。
たぶん狭いマンションに引きこもり平成の最後をしみじみと振り返ることになるのだろう。



何せ日ごろ仕事の量と質に関して生産性が低いのに疲労だけが残る働き方をしているせいかストレスが溜まっている。
余計な仕事と気苦労が多いのだ。
ゆっくりと休むことになりそうだ。
それが良い。

平成の春

2019-04-19 21:12:24 | 写真投稿
福岡の街を撮ろうと、カメラをリックに詰め散歩に出かける。
もうすでにかなりの数を撮っているがなかなかうまくいかない。
カメラがあるから散歩に出かける。
飼っている犬でもいればそれを理由に散歩に出ることはあるかもしれないが、今はいない。
カメラを持つと風景を良く見るようになる。
そこで目にするものは新鮮に見えるから不思議なものだ。



中州に行けばチューリップが勢いよく咲いている。



警固公園で水中花の催しがあっていて思わずシャッターを切る。
ベイサイドに行けばそれなりの風景もある。



終戦直後、引揚援護港として大陸から139万人の人々が博多港に引き揚げたといわれる場所に、帆船がいた。
その隣のマリンメッセでは国際フィギアの大会があってた。





海の中道公園に行けば動物たちがいて、おもてなしがある。

でも、それなりにつくられたものだ。

博多の街の理解もまだまだかなと思う。

新しい時代を前に

2019-04-08 20:51:13 | てくてく
新しい元号の発表は、キャナルシティの地下2階のバックヤードと呼ばれるところでそこで働いている人から聞いた。
初めて聞いた時は「えっ」と思わず声に出してしまった。
「漢字はどう書くんですか」
と聞くと
「命令の令、号令の令です」
そこで初めて「令和」を知ったわけだ。
冷たい感じを受けたが、翌日からパソコンの壁紙にその漢字を張り付けている。
漢字や読みは別にして「R」は予想していた通りだったようだ。
私自身は忘れていたが数日前に私がそう言っていたようなのだ。
新しい時代がもうすぐ近くまで来ている。
そういうわけで平成最後の4月ももう一週間が過ぎようとしている。
今年に入ってなかなか帰省も出来てなく、熊本にも実家がある水俣にも帰れていない。
今週も土曜日の夕方から会合のようなモノがあり、せっかくの連休も身動きがとれない。
土曜日は17,000歩、日曜日は14,000歩ほど歩いた。
昼前に自宅を出て、天神や中州あたりの風景を探しながらてくてく歩く。
途中で昼食をとり歩き疲れたらカフェで冷たいものでも飲む、そんな感じだ。
今日は近くのスリランカカレーの店に行った。



辛いスープカレーが今からの季節は良い。
腹いっぱい食って散りかけた川沿いの道を歩くと、まだ桜の花が咲いている。
風が吹くといっせいに花吹雪となる。





川沿いのカフェ(いやいやパブ)に入りハイボールを頼む。
今年に入り少しずつアルコールを飲むようになった。
しかし飲むとすぐに眠たくなるのでコップ一杯が限度になってしまった。
歩き疲れた体に春の風と冷たい飲み物は最高に良い。
ほろ酔い気分で再び歩く、そんな日々を送っている。

今日熊本のひとみちゃんから動画が送られてきた。
団地の有志で花見をしている動画だった。
打越台団地の公園の桜も満開のようで懐かしく拝見した。
もうそろそろ熊本に帰ってこいと言われているようだ。