連休2日目、朝早く起きて酒を飲んでいた。
妻が起きてきて
「どこか行く?」
と聞いてきた
「魚釣りは?」
と言うと行こうとなった。
さっそく準備をした、大きなテントでなく1、2名寝れるテント、それに釣り道具。
しかし飲んでいるので運転は妻だ。
1号橋を渡り、パールで走った2号橋から4号橋。
あとは5号橋を渡り下島へ、混んでいるかと思えばそうでもない。
本渡に着いて昼も12過ぎた。
どこに昼飯を食いに行くかと妻が言う。
実はここ本渡には就職して最初に赴任した所、その当時の社長がちょくちょく連れて行ってくれた店がある。
妻の運転でその店に行った。
本渡の市街地から離れた場所にその店はある。
オーナーシェフが迎えてくれた。
ハンバーグとスパゲティ、妻はポタージュ。
あの頃の味だった。
やっぱり食物の思い出は残る。
1年半この街で暮らしが、人は優しいし天草の方言が良い。
天草の言葉も、本当に懐かしい。
ふるさとに帰って来たようだ。
続く。
妻が起きてきて
「どこか行く?」
と聞いてきた
「魚釣りは?」
と言うと行こうとなった。
さっそく準備をした、大きなテントでなく1、2名寝れるテント、それに釣り道具。
しかし飲んでいるので運転は妻だ。
1号橋を渡り、パールで走った2号橋から4号橋。
あとは5号橋を渡り下島へ、混んでいるかと思えばそうでもない。
本渡に着いて昼も12過ぎた。
どこに昼飯を食いに行くかと妻が言う。
実はここ本渡には就職して最初に赴任した所、その当時の社長がちょくちょく連れて行ってくれた店がある。
妻の運転でその店に行った。
本渡の市街地から離れた場所にその店はある。
オーナーシェフが迎えてくれた。
ハンバーグとスパゲティ、妻はポタージュ。
あの頃の味だった。
やっぱり食物の思い出は残る。
1年半この街で暮らしが、人は優しいし天草の方言が良い。
天草の言葉も、本当に懐かしい。
ふるさとに帰って来たようだ。
続く。