打越通信

日記ふういろいろ

ゴルフ日記

2018-01-30 21:36:55 | ゴルフ
1月より仕事の関係上、土曜日に出社して月曜日に振替休暇をとるようになった。
一回目が15日、二回目が22日、そして今日が3回目の振替休日となった。
たまたま先輩と行っていたショートコースの案内を見ていたら月曜日はシニアのサービスデーになっていた。
15日に昼過ぎから雨も上がり出かけてみた。
18ホールをあがってフロントで清算するとき、500円の追加料金で回り放題になると聞いた。
時計を見ると15時半だったのであと9ホール回ることにした。
次の月曜日も雨が気になったがなんとか降られずに36ホールくらい回った。
何せアプローチとパターという一番神経を使う練習なので集中して過ごせた。
100ヤードから170ヤードのコースなのだがショットは全くダメだった。
まともに当たったのは3ショットくらいで後はシャンクにトップ、引っかけ、だけどその分アプローチが待っている。
今日も昨日からの雨も止みくもり空の予報だった。
しかし風が強く気温は4度前後で体感温度は更に寒かった。
防寒着を着こんでいるせいか最初のホールからショットはあまり良くなかった。
風の影響なのか当たっていないので120ヤード前後を8番や7番で打っていく。
しかしすべてのショットがショートしてしまう。



150ヤード前後は6,5、4番で打ってみたがあたりが薄かったりシャンクしたりで全滅だった。
それでもなんとかアプローチで凌いで2オン2パットのボギーで凌いだ。
グリーン周りからのアプローチは58度のランニングを使いワンパット圏内に付けパーをとるパターン、30ヤード前後のバンカー越えに気を使う。
フェースを開きバンカーの先ぎりぎりを狙うがショートしてバンカーへ落ちる。これを繰り返した。
ひらいてあげた時の距離感がつかめない。
ボールを2個3個と取り出して同じ場所から打ってみたが超えることはできなかった。
30ヤードのバンカー越えのロブに近いショットが出来ない。
50ヤード以内のアプローチもグリーンが狭く見えるため58度でピンに突っ込むように打つが止まり切れない。
これも今後のテーマになる。
ダフリも3回くらいあったが、正確に打ち込んでターフをとる打ち方をしないとスピンで止められない。
ぽとんと落としてもスルスルと転がるのでピンが手前の時はどうしようもない。
今の技術では狭いグリーンエッジぎりぎりに落とすしか方法がない。
打ち込んで止めるボール(スピン系のボールを使って)を打つ技術が欲しい。
バンカーも何回かはあったがこちらも出るのだが距離が合わない。
バンカーからのボールにはスピンがほどンどかからないのでグリーに落ちてから転がる距離の計算が難しい。
パットの方は割と距離感はあっていた。
10m近いパットでもワンパット圏内(1-1.5m)に寄せるタッチはあっていた。
ラインの読みもほぼあっていた。



ただ1-1.5mを3回右に外した。これはショックだった。
今の時期(冬場)は芝目はほとんど関係ない、しいて言えばホール周りの芝目が気になるくらいなので1mは絶対に外してはならない。原因はきっちりとストローク(ヒット)していない事だと思う。
後半は雪がチラついてきたがそんなには気にならなかった。
アプローチも58度を中心に攻めているがほかのクラブを使ったが良いのか迷っている。
グリーン回りからだと昔よく8番を使っていた。
カラーの分を飛び越えあとはパターと同じ転がりになるようにしていた。
今は58度のロフトを立てて落としどころに落とすようにしているのだ。
ショットが全然だめでもなんとかパー、ボギーで抑えられるようになった。
しかしバンカーの失敗や長いアプローチのダフリでダボ、トリプルもあるのでそこいらを無くすようにする。



このショートコースをなんとかパーで凌げるようになると90台、80台のスコアーも見えてくると思っている。
ショットの方は練習場、ショートゲームはこのコースでしばらくは練習することにする。
ショートゲームを練習していると、いかにショットが安定してきても落とす場所を考えながらショットを打たなければならないといったコース戦略に後あと役に立つような気がする。

・いまの課題
 1.1mのパットのミスを無くす。
 2.30-40ヤードのバンカー超えのアプローチ。
 3.スピンの効いたボールが欲しい(これは時間がかかるだろう)

ゴルフ日記をつければこんな感じになるのかな。
まあ、これらの技術はいずれグラウンドゴルフでも使えるかも知れない。

まむしの湯

2018-01-18 19:22:10 | 温泉
私の好きな糸島に温泉は無いのだろうか。
そんな話を妻としていた。
「まむしの湯というのがあるよ」
何とも気味の悪いネーミングについつい興味をひかれた。
202号線を唐津方面に突き進む。
だた途中で突然道が無くなる。
上を高速道路(福岡前原道路)が走っているがナビにまかせたらぐるりと回り道をしてその道に出た。
福岡も西区は西方面にかなり広がっているが糸島もかなり広いような気がする。
もう少しで唐津に入るという所で左側に茶色い煙突が見えてきた。
「たぶんあれだろう」
と自動車道を離れ県道を進むと「まむしの湯」はすぐに見つかった。
広い駐車場はすでに満車近くになっていた。
駐車場の傍らに小屋があり、なんだろうと喉いてみたら水を売っていた。



湧水なんだろうか、まあ商売根性だ。
<結晶水(吊水)は販売所にて20リットル100円で販売しております>とあった。
珍しいミネラルウォーターなのだろう。
施設に入ると結構広々としていた。



玄関の水槽には大きなウナギが展示してあった。
ん?ウナギとマムシ?何か関連があるのか?思い出せなかった。
レストランも併設しているようで、入浴料金は大人一人600円だからほかの施設に比べるとそんなに高くは無い。
食事券と併売券があるようで、娘(温泉には良くついてくる)がそれにしたので皆それにした。
温泉は内風呂と露天風呂があり、結構ぬるい湯加減だった。
ただ露天にある風呂の一つだけがきりっとした熱い湯だった。
しかし温泉というにはあまりに成分が薄いような気がした。
温泉というより銭湯といった感じだった。
それでも温泉地に行くと由来みたいなものがあり、ここにもしっかりと由来が書いてあった。



食事はさすがに海が近いためか娘は海鮮丼を頼んでいた。
私はこの季節だと・・・と思いカキフライを頼んだが、ころもの方が大きかった。


このブログもとうとう温泉レポートの方向になりつつある。
日々にあまりに味気ない生活をしているからに過ぎない。

寒波

2018-01-15 19:59:14 | 日記ふう
ここ数日の寒波は冬の正しいあり方を教えてくれたような気がする。
温暖化を叫ばれて暖冬が続いていたこの頃、ただでさえ暖かい九州では冬本来の寒波を経験することが少ない。
たしか去年も雪が積もり寒い日があったような気がするが、雪が積もり2日もすれば暖かさが戻ってくる、そんな感じだった。
今年の寒さは日に日に冷たくなっていくような(私の感覚的なものかな?)感じがする。
ちょっと昔はこんな感じの冬だったような気がして、何故か懐かしく感じてしまう。



朝の出社時に横殴りの雪に前が見えなくついつい立ち止まってしまう。
霰(あられ)交じりの強い雪にビル風を伴った突風が吹き荒れる。
都会ならではの風景かも知れない。
昔は良く見かけた水たまりの氷やツララなど、今ではほとんど見られなくなった。



道を歩いているとそんな凍りついた水たまりを発見する。
正しい冬の光景があるのだ。
いったんビルに入ると暖かい空間がある。
仕事を終え、再び強風が吹き荒れる中を20分ほど歩くと、体中が凍えてしまう。



自宅に戻りストーブで体を温める、これが何とも嬉しい瞬間だ。
厳しい寒さがあってこそ、暖かさが身に染みるというものだ。
寒波は嫌だ嫌だと言うが、中途半端な寒さよりこっちの方がよっぽど良いのだ。
ふところの方は年中空っ風が吹いているが、こんな季節があった方が私は好きなのだ。

初春の実家で思う事

2018-01-09 20:22:21 | 日記ふう
年の初めも今年は例年と少し違う気がする。
年末の慌ただしさも、年の瀬の緊張感というのか雰囲気というのか、あまり感じなかった。
正月もそれとなく過ごしてはいたが、気持ち的には昔のように華やいだ(いやいや新しい区切りのような)感覚ではなかった。
ただ一日が、一週間が流れて行った感じだった。
正月は実家のほうには帰れなかったので正月明けの連休を利用して帰省した。
そういえば去年もほとんど帰省することが出来なくて、久しぶりの帰省となる。
甥っ子のジュンが住んでいてくれる甘えなのかも知れないが、それよりも福岡からは気持ち的に遠くなってしまったのが原因なのかも知れない。
久しぶりに帰る実家は変わりなく、生い茂った草木が迎えてくれた。
庭の芝生も親父が手入れしていた頃の姿はすでになく、びっしりとはびこった雑草や苔で哀れなものになっていた。
特にイネ科の雑草が群生していて、これには頭を抱えている。
畑の方も前回帰省して途中になっていた草刈の状態がそのまま残っていた。
おまけにイノシシらしき跡で畑には大きな穴が出来ていた。
「どうせなら畑全体を荒らしてくれれば」
と思ってしまう。



早速、草払い機を取り出して草刈の続きを行う。
娘と妻は家の中の整理にかかった。
燃えるものは畑に出して枯草と一緒に燃やした。
家の中も何から手を付ければ良いのかわからないようで、とりあえず捨てるものとそうでないものを選別するしかない。
新年のあいさつ回りもしなければならないが、明日は雨なので今日のうちにできる作業はしてしまうことにした。
庭や畑の方はなんとか切るだけは切って、切った後の草木をかき集める途中までで作業は終わった。
畑の方は一度耕運機を入れて耕すだけでも除草の効果は違うのだけど・・・。
庭の方もイネ科は根が深いので一度根から取り除いて、砂を入れ新しく芝生を張りたいと思っている。



夕食にジュンがローストビーフとポテトサラダを作ってくれた。
久しぶりに会う娘とジュン(従妹同士)夜遅くまでサラウンドシステムとプロジェクターによる映画鑑賞をしたようだ。
翌日はジュンは朝早く仕事に出かけた。
私たちは近所の挨拶周りをして福岡に戻った。

やりたいことはあるのだけど、なかなか距離と時間が無い。
今年は親父の7回忌でもあり、そろそろ実家の整理も本格的にやろうと思っている。
博多の生活もそろそろ見切りをつけて次の方向を模索はしているが、なかなか進んではいない。
それが上記の気持ちになっているのかもしれないな。
今年は少しずつ実家の整理をしながら、考えて行こうと思っている。
そういえば、確か去年もそのような事を考えていたような気がする。

部活動始動

2018-01-08 19:40:40 | ゴルフ
部活動を始めてもう半年くらい経つだろうか。
社会人になりある程度の地位になった頃、いろいろな会社との付き合いで始めた。
ちょうどバブル最盛期とも重なって週に2,3回は付き合いでラウンドしていた。
当然、経費はすべて会社もちだし、そのあとの夜の街も明け方まで、そしてそのまま次のラウンドへといった時期もあった。
なんだか楽しそうな書き出しだが、下手だった。
だから迷惑をかけれないというおもいでかなり打ち込んだこともあった。
ラウンドの無い日は仕事が終わりそのまま練習場へ直行だったから、週のほとんどを注込んだ。
少し上手くなっても相手は百戦錬磨の企業のトップの人たち(中にはシングルの人たちも)だったので手厳しくやられたのもだった。
「こんなんじゃお相手にならないよ」みたいな雰囲気で、ようは遊びもある程度本気にならないとダメだよ、ってなところだった。
同じように酒の席も同じだった。
こちらも徹底的に付き合った(つき合わされた)。
だから遊びと言えどそこいらでワイワイ騒いでいるようなそんな雰囲気ではなく、ある程度キリッとした雰囲気だったので酒のマナーや厳しさを教わったような感じだった。
仕事がらみの酒にはホントに気を使っていた。
まあこれが社会なのだろうと教わったようだ。
酒の方はここ数年ほとんど飲んでいないが、こちらの方はふたたび復活することになった。
部活動と称しながら、週に数回は練習場に向かい、本格的に基礎の基礎からやり直すことにしたわけだ。
右手の腱鞘炎の後遺症やふにゃふにゃした体幹だったこともあって、ストレッチやウォーキングを日頃から念入りに行い、スイングを徹底的に見直すことにした。
50ヤードのハーフスイングで手の使い方、体の使い方など試行錯誤やっている。
ある程度ボールがつかまるようになって、スイングの振りを大きくする。
しかしどうもボールのつかまり方が以前と違う。
バックスイングはこれで良いのか、動画をとりながら試行錯誤している。
手で振っていないか、体を使っているか、頭では理解しているが、ほんとに出来ているのか。
ある程度の人に見てもらった方が良いのかもしれない。
雑誌を読んでもいい加減な事しか書いていない。
実際出来ているのかどうなのかはある程度打ち込んで体感し、悩まないと自分のものにできない。



だから年末は熊本に帰省し反吐が出るまで打ち込んでみた。
だから年始は腰から肩にかけて痛みが出ている。
そろそろ部活動も始動しようと思っている。
去年はバックスイングがテーマだったが、今年前半のテーマは「クラブを立てて降ろすこと」、その次はフォロースローがテーマとなる予定だ。

謹賀新年

2018-01-04 21:26:18 | 日記ふう
今年で4回目の酒無しの正月だった。
酒をやめてまる3年が過ぎたのだが、これまでは<一滴の酒も口にしていない>と豪語していたが、今年はほんの一滴のお屠蘇を頂いた。
だからそんな豪語も通用しなくなってしまった。
年末から年始にかけて忘年会や新年会など飲む機会は数多いのだが、やはり酒飲みの姿は・・・
まあ新年だからそんな話はここまでにして、年末の雑踏と新年のゆっくりとした時間もあっという間に過ぎてしまった。
紅白を見てみんなでジャンプして新年を迎えるのも例年と変わらない。
今年は娘が一人博多に残り、代わりに息子の友達が加わった。
除夜の音を聞きながら5人で町内の打越神社に初もうでに出かけた。
神社には町内の役員が甘酒を振舞っていた。
灯篭のお出迎えも例年通りで役員たちの顔ぶれも例年通りだった。



それぞれに年をとり、それぞれに近況を報告しあう。
やはり熊本は良いなあと思う瞬間だ。
人との触れ合いがそんなに深くない博多の生活では得られない。
翌日は嫁のご両親が新年のごあいさつに来られた。



料理関係の仕事をされているお母さんの手料理は毎年の恒例になりつつある。
お父さんともなんとなく気が合い、ほのぼのとした新年会だった。
翌日は妹の家へ、そして叔父の家へあいさつ回りをした。
話しても話しても積もり積もった話は終わりがない。
その日はそれだけで時間が過ぎてしまった。
あいさつ回りもまだまだするところはあったが何せ時間が少なすぎる。
翌日は5時間かかり博多に戻ってきた。
高速もそうなんだけど、鳥栖あたりから一般道も混雑がすごかった。
夜遅くに博多に戻り、翌日(本日)から仕事始めだった。
まあ、どんな一年になるのか知らないが、後悔の無いようにはしたいと思う。