あじさい物語

七色の紫陽花のような日々の心模様
       

富岡製糸場のこと~小さな旅~

2017-05-16 23:21:36 | Weblog
13日に高崎に行って翌日14日は富岡製糸場へ。
その写真をアップします。

入り口です。
東置繭所。
木骨煉瓦造という工法だという。
また煉瓦のフランス積み。よく考えていると感心する。



明治5年操業開始。



首長館(ブリュナ館)指導官として雇われたフランス人ポール・ブリュナが家族と暮していた住居。ここはのちに夜学校となる。
地下室あり。
ここの製糸場は日曜日が休みだったとか。今の休みの先駆けかな。



繰糸場。
広い。



柱のない広い空間はこのトラス構造ゆえ可能だった。採光のためのガラス窓、屋根の上には蒸気抜きの越屋根が用いられる。
ガラス窓は懐かしい外が少し歪んで見えるものもあった。趣がある。
これはそのトラス構造。三角に支えている。

ガイダンス館に世界文化遺産登録認定書。


他にも写真はたくさんありましたがこのくらいで・・・。
また、折を見てアップするかもしれませんが・・・。

見るに値する富岡製糸場です。
というか、やはり素晴らしい。
見ておいた方がいいかな。
日本の文化、歴史です。
女工さんたちが地方の士族の娘さんたちとは知らなかった。
ここで学んだことを帰って指導者として教える立場にあったようだ。

機会があれば、いや、機会を見つけて、富岡製糸場へ是非どうぞ。
ボランティアのガイドさんの方々のお話もとてもよかったですよ。

そうそう、行くときに電車のなかで、お話したご婦人の方。高崎からお墓参りに富岡に帰られるとのことで話が弾む。
宮尾登美子さんの小説が好きとのことで、私と一緒だと嬉しくなる。
また窓外の木々の花の名前をはじめいろいろ話してくれました。

かつて、製糸場で工女さんたちと遊んだことなどを。かくれんぼをしたりね。世界遺産になるなんて思わないしねえと。
工女さんたちは若くてとても華やか雰囲気を感じたという。
いちばんの功労者はこの製糸所を取っておいた片倉さんだろうと言われる。
「壊さない、売らない・・・」あとひとつあったのだけど・・・。
だから残ったのだと。
ガイダンス館で製糸場の歴史を読んだけど、本当にそうだと思った。一時は横浜の原さんも経営していたのね。三溪園の原さんです。

地元の電車内で地元の方とお話できるのは旅の醍醐味です。

今回、歴史あるものの建物に多くの人の息吹を感じた。
日本の素晴らしさと繭の営みの素晴らしさを思った。
先日行った上海の絹のお布団を思い出しながら・・・繭ってすごいな。

体験でやった繭口から糸が出てくる「座繰り」は楽しかった。
両方の手で仕事をするって難しい。昔の人(今もやるかな)はすごいとまた感嘆。

帰りに寄った八百屋さん。
入り口の近く。そこで座繰りのボランティアの方々と再会。
楽しい方々だった。玉ねぎと酢のお料理などを教えてもらう。
夫は植えるんだとネギと食べるためにしょうがを買う。
何もここで買わなくてもと思ったけど、下仁田ネギは有名。
箱に坐して聞いていたネコちゃん。かわいいな。
ここにいて何を思う?



今回の小さな旅もまたまた楽しからずや。

小さなネックレスもゲット。
また、上州富岡はお花の多い素敵な癒される町でした。

おやすみなさい。

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする