今日は敬老の日。
敬老の日は、
「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」
(国民の祝日に関する法律『祝日法、第2条』)
という趣旨である。
との事で、自分自身には全然関係ない日であった。
しかし、還暦となって最初の敬老の日。
該当者の仲間入りをするのかと思っていたそんなタイミングで、
先日息子から電話があった。
12月7日に子供が生まれる。
男の子らしい。
お父さん、ついにおじいちゃんになるのでよろしく。
私の第一声は「おじいちゃんなんてイヤだよ」
もう、これは本音なのだ。
初めての親となる息子夫婦には悪いが、
とにかく私は、おじいちゃんになるなんてイヤなのだ。
若ぶっているわけではないし、
歳相応に暮らしていくのが理想と考えている。
でも、子供自体があまり好きではない。
他人の赤ちゃんを見ても可愛いと思えたことがない。
これは、私の性格なので仕方ないと思って頂くしかない。
でも、近所の人にその話をしたら、
『○○さんも子供嫌いの人だったのに、
初孫が生まれた途端、ジイジ、バアバと呼ばせて
もう孫にべったりだよ。Kさん(私のこと)もそうなるよ』
新しい職場でもその話をしたら、同僚の女性が、
『それじゃ、おじいちゃんと呼ばせずに、
Kさんの下の名前で呼ばせたら?』
孫が祖父を下の名前で呼ぶ。
それも聞いたことがないが、
私としては「いや、そういう問題ではないんです(^^; 」
要は、子供があまり好きではないところに、
祖父という立場になってしまうのがイヤなわけで、
実は避けようのない話なのだ。
でも皆共通しているのは、
『孫ができたら可愛いと思えるよ』との言葉だった。
ともあれ、3ヶ月先におじいちゃんになってしまうが、
しっかりした、いい祖父になれるよう
今の二つの仕事を頑張ってやっていきたいと思う。
それから趣味もそうだ。
孫が、おじいちゃんの趣味っていいなと思えるようなもの。
私の場合、今は寺社めぐりであるが、
それでもいいかなと思っている。
自慢出来るもの、誇れるもの。
祖父として必要なことは多い。
「恥ずかしくないおじいちゃんに」
これが、私の敬老の日の誓いの言葉になるかな・・。
敬老の日は、
「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」
(国民の祝日に関する法律『祝日法、第2条』)
という趣旨である。
との事で、自分自身には全然関係ない日であった。
しかし、還暦となって最初の敬老の日。
該当者の仲間入りをするのかと思っていたそんなタイミングで、
先日息子から電話があった。
12月7日に子供が生まれる。
男の子らしい。
お父さん、ついにおじいちゃんになるのでよろしく。
私の第一声は「おじいちゃんなんてイヤだよ」
もう、これは本音なのだ。
初めての親となる息子夫婦には悪いが、
とにかく私は、おじいちゃんになるなんてイヤなのだ。
若ぶっているわけではないし、
歳相応に暮らしていくのが理想と考えている。
でも、子供自体があまり好きではない。
他人の赤ちゃんを見ても可愛いと思えたことがない。
これは、私の性格なので仕方ないと思って頂くしかない。
でも、近所の人にその話をしたら、
『○○さんも子供嫌いの人だったのに、
初孫が生まれた途端、ジイジ、バアバと呼ばせて
もう孫にべったりだよ。Kさん(私のこと)もそうなるよ』
新しい職場でもその話をしたら、同僚の女性が、
『それじゃ、おじいちゃんと呼ばせずに、
Kさんの下の名前で呼ばせたら?』
孫が祖父を下の名前で呼ぶ。
それも聞いたことがないが、
私としては「いや、そういう問題ではないんです(^^; 」
要は、子供があまり好きではないところに、
祖父という立場になってしまうのがイヤなわけで、
実は避けようのない話なのだ。
でも皆共通しているのは、
『孫ができたら可愛いと思えるよ』との言葉だった。
ともあれ、3ヶ月先におじいちゃんになってしまうが、
しっかりした、いい祖父になれるよう
今の二つの仕事を頑張ってやっていきたいと思う。
それから趣味もそうだ。
孫が、おじいちゃんの趣味っていいなと思えるようなもの。
私の場合、今は寺社めぐりであるが、
それでもいいかなと思っている。
自慢出来るもの、誇れるもの。
祖父として必要なことは多い。
「恥ずかしくないおじいちゃんに」
これが、私の敬老の日の誓いの言葉になるかな・・。