友人が遥か昔にラジオでエアチェックした音源にロシア未来派の歌曲で「クレインの三つのイディッシュ語の歌」という曲がある。友人はカセットを大切に保管していて、クレインとは誰かなど一切が謎のまま、友人の心に不思議な浮遊感のある歌声と旋律が焼き付いた。
その話は私は何度も聞かされていて、ロシア未来派歌曲という何とも魅力的な遠く彼方の音楽のジャンルに憧憬を覚えていた。話は私がそのカセットをダビングしてもらったMDを渡されたことで進展した。
私は自分が持っているアルテ・ノヴァのロシア未来派作品集のなかにjulian kreinという名前があることに気づき、このクレインと何らかの関係があるのではないか、と推測した。
調べてみるとjulian kreinの一族にalexander kreinという人物がいて、ユダヤの歌を作曲しているらしいことが判った。イディッシュ語というのはユダヤ人の方言だということも判った。
さらに検索すると、alexander kreinはsongs from the ghettoというCDで発売されていた。このCD、廃盤で手に入らないのだが、タワーレコード・オンラインで試聴ができた。
どうも、クレインの三つのイディッシュ語の歌と似ている曲が多い。だから、クレインとはalexander kreinではないかと友人に話した。
しばらく不明な時が続いた。だが、ある日、インターネットでsongs from the ghettoが格安で中古で通販で売っていて、思い切って取り寄せた。
そして今日、郵送で送られてきて、早速聞いてみた。室内楽曲に混じって、作品29、three songs from the ghettoという曲が三曲入っていた。これこそ、友人が長い間夢に見るほど探し求めていた、
「クレインの三つのイディッシュ語の歌」という曲ではないか。聞いてみると確かに似ている。全曲聞き終えた後、改めて友人がダビングしてくれたMDを聞きながら、歌詞カードを読むとまさに同じ曲。
ラジオで友人がエアチェックしたロシア未来派の歌曲、「クレインの三つのイディッシュ語の歌」とは、alexander krein の作品29、three songs from the ghettoの第一曲、「私のために母親になって(1929年)」であった。
そのことを確かめて一瞬震えが来た。長い年月を経て、謎の歌曲の存在の身元が今明らかになった。早速友人にメールを送って感慨に浸っている。
遠い日にラジオで聞いた曲の名は 私の母になれ という歌