伝通院にやって来ました。特に理由はありません。傍を通ったら、陽当たりが良さそうだったからです。
伝通院といえば徳川家康の母「於大」のお墓があることで有名です。
於大の墓から、大きな本堂の屋根と、白梅が見えます。気持ちいい天気です。
隣に、於大と並んだ複数の墓が有ります。「大姉」の戒名なので、於大の娘かも知れないと思いました。
よし、今日は徳川家の墓を勉強しようと思い立ちました。「千姫」の墓です。
周辺には将軍の縁者の墓が多く有ります。将軍は別の場所に祀って、ここは縁者の墓所としたのだと思います。
ほんの一部を紹介します。
11代徳川家斉の子供の墓が多く有ります。彼は多くの子供を作り、全国の大名家に嫁がせたり養子に出したりしてみんな親戚にして、徳川家の安定を図った功労者です。
この辺りは側室の墓です。
ここにも家斉の子供の墓が有ります。当時は多くの子供が死にました。特に貴族は、白粉の原料である鉛の毒で亡くなった子供が多かったようです。
28男は凄いです。何人死んだのでしょうか?親として、切なかったでしょうに・・・。
・・・巡っている途中、「堺屋太一」さんのお墓に出遭いました。
現在の世界情勢をどう考えたら良いか、訊いてみたかったです。こんな散策でした。