十年一昔という。もう二昔以上前に駅前巷間の医者となった。その間の医療の変化は明らかだが、さほど大きなものではないと感じている。医療技術の面では大きな変化のあった分野もあるが、医者と患者の関係というのは急激に大きく変わることの出来ないもののようで、少しずついくらか変わったかなという印象である。
医療の根幹は今でも信頼関係である。それはこの二十数年変わっていない。そうして信頼の生まれる経緯もさほど変わりがない。最初の頃は、借金も抱えていたし情熱も体力もあったから無我夢中でやっていた。この頃は多少、客観視できるというか間合いを測れるようになった気がしている。
それでも人様々で、一筋縄ではいかない。どんな人にも同じレベルの診療を提供するには、やはり馬の合わないというかやりにくい患者さんを根気よく診て行くところにコツといえばコツのようなものがある。波長が合うのか最初から比較的話しやすい患者さんは、数回通って戴ければ自然に信頼関係が築かれて行く。どうも反応が予測外だったり口数の少ない患者さんの場合はゆっくり相手が打ち解けてくるまで、先入観を持たないようにして対応して行くのが良いようだ。そうした患者さんの中に、実生活あるいは他の診療所でもうまくコミュニケーションが取れず苦労しているらしい人が居られる。そうした口べたな人にはまどろっこしいが聞き役に回ってゆっくりお付き合いして行くと、揺るぎない信頼関係が築けることが多い。希にはどうもよくわからないままで十年通ってこられる方も居る。それはそれなりの信頼を戴いているのだろうと推測している。
巧言令色鮮なし仁は確かにそうだなと感じることがある。やたらと名医などと褒める人は裏には駄目医者と言う言葉も用意しておられる。付かず離れず、去る者は追わず来る者は拒まずは臨床医の極意かもしれない。