「アニマ」誌の1986年10月号から1990年3月号まで連載された霊長類学者との連続対談をまとめて、1991年8月に出版されたこの本の「まえがき」です。
なぜ、この時期に「サル学」なのかについて述べています。
まず、なぜサルに学ばなければならないかの理由として、「人間とは何か」という根源的な問題を問う時に、近接する存在であるサルを学ぶことにより、「人間」だけが持つ特性(「人間性」といってもいいかもしれません)を明らかにできることをあげています。
また、サル学は日本で急速に発達した学問であり、常に世界をリードしている数少ない学問分野でもあります。
さらに、日本は先進国の中で唯一、サル(ニホンザルもしくはそれの亜種であるヤクザル)が広く野生のまま分布しており、研究もしやすいし、日本人もサルに対して親しみがあることも挙げられています。
1950年代から1960年代には、サル学は一般の人たちにも関心が高く、それらの人に対する啓蒙書も多数発行されていました。
そうしたサル学ブームを再燃させようと意気込んで本書は書かれたのですが、残念ながらこの本が出版されてから30年近くがたち、一般の人たちのサル学への関心はますます薄くなっています。
私は学生のころから動物学に関心があるので、今でも私の蔵書の中では、文学関係を除くとサル学を初めとした動物学の本が一番多いです。
また、私自身も、学問をする意味合いは、「人間とは何か」、「人類や社会にどうしたら貢献できるか」といった根本的な問いかけが必要だと考えています。
私の学生時代の専門は電子工学なのですが、今でもはっきり覚えていますが、大学でもオリエンテーションにおいて、「電子通信(当時はその大学では電子工学と通信工学が一緒の科でした)で社会に貢献できるアイデアを問われました。
当時は、今よりも交通事故が深刻な時代でしたので、私は、「自動車は電子化した免許書カードを挿入しなければ運転できず、そのカードには道路上のあちこちに備えられている電子装置によって自動的に計測された違反行為が送信されて書き込まれ、一定のポイントになると運転できなくなる交通システム」を提案しました。
残念ながらこうした交通システムは実現していませんが、現在の通信や電子記録の技術ならば、国がやる気になれば実現可能だと思っています(自動車会社や警察などの利権が絡んでいるので、実際には難しいでしょう)。
こうした学問の理念は、実用万能主義の傾向におわれて、その後少なくとも日本では衰退している事は否めません。
しかし、児童文学においても、「子どもとは何か」「子どものためにどのように貢献するか」という問いかけなしに作品を書くことには、少なくとも私には何の価値も見出せません。
なぜ、この時期に「サル学」なのかについて述べています。
まず、なぜサルに学ばなければならないかの理由として、「人間とは何か」という根源的な問題を問う時に、近接する存在であるサルを学ぶことにより、「人間」だけが持つ特性(「人間性」といってもいいかもしれません)を明らかにできることをあげています。
また、サル学は日本で急速に発達した学問であり、常に世界をリードしている数少ない学問分野でもあります。
さらに、日本は先進国の中で唯一、サル(ニホンザルもしくはそれの亜種であるヤクザル)が広く野生のまま分布しており、研究もしやすいし、日本人もサルに対して親しみがあることも挙げられています。
1950年代から1960年代には、サル学は一般の人たちにも関心が高く、それらの人に対する啓蒙書も多数発行されていました。
そうしたサル学ブームを再燃させようと意気込んで本書は書かれたのですが、残念ながらこの本が出版されてから30年近くがたち、一般の人たちのサル学への関心はますます薄くなっています。
私は学生のころから動物学に関心があるので、今でも私の蔵書の中では、文学関係を除くとサル学を初めとした動物学の本が一番多いです。
また、私自身も、学問をする意味合いは、「人間とは何か」、「人類や社会にどうしたら貢献できるか」といった根本的な問いかけが必要だと考えています。
私の学生時代の専門は電子工学なのですが、今でもはっきり覚えていますが、大学でもオリエンテーションにおいて、「電子通信(当時はその大学では電子工学と通信工学が一緒の科でした)で社会に貢献できるアイデアを問われました。
当時は、今よりも交通事故が深刻な時代でしたので、私は、「自動車は電子化した免許書カードを挿入しなければ運転できず、そのカードには道路上のあちこちに備えられている電子装置によって自動的に計測された違反行為が送信されて書き込まれ、一定のポイントになると運転できなくなる交通システム」を提案しました。
残念ながらこうした交通システムは実現していませんが、現在の通信や電子記録の技術ならば、国がやる気になれば実現可能だと思っています(自動車会社や警察などの利権が絡んでいるので、実際には難しいでしょう)。
こうした学問の理念は、実用万能主義の傾向におわれて、その後少なくとも日本では衰退している事は否めません。
しかし、児童文学においても、「子どもとは何か」「子どものためにどのように貢献するか」という問いかけなしに作品を書くことには、少なくとも私には何の価値も見出せません。
サル学の現在 (上) (文春文庫) | |
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