社会科塾講師☆ブログ~しゃかりき!~

元社会科塾講師が勉強方法や社会科について
書いています。

歴史模擬授業も展開中♪

雅と幽玄と粋な文化

2010年12月03日 16時41分44秒 | 歴史へのつぶやき&興味

現在、文化史をまとめていたんですが、
そのときにふっと出た言葉で、
自分で気に入ったので、ここに記して忘れないようしたいと思います。

日本の文化で大切なのって、平安・室町・江戸の文化だと思います。
この3つは、日本独自の文化が華やいだ時代。

それでその3つの特徴を、


平安は雅(みやび)、
室町は幽玄(ゆうげん)、
江戸は粋(いき)

と表しました。 (実はよく言われていることをまとめただけです)

イメージカラーで言うと、
雅は黄色を少し混ぜたピンク(黄色:ピンク=1・9)、
幽玄はグラデーションを重ねた紫(青:赤=6:4)
粋は、濃い群青色の背景に、黄土色と白の太い線が交差した感じ。

音で表すと、
雅はおとなしい笑い声、
幽玄は真っ暗中に1つの甲高い音、
粋は、大きな音や動きのあとにぴたっと突然止まる音、
って感じ?

この雅・幽玄・粋の感覚は、実際に体験してみたいとわからないかもしれません 。
雅は十二単とか「源氏物語」の世界などで感じ取り、
幽玄は能楽や書院造で、
粋は、歌舞伎や「富嶽三十六景」などの浮世絵から。

大学時代に、日本文化に入って全然その良さが分からず苦労しました。
でも、嫌々ながら、その世界に接していくうちに、感じ取ることが
でき、今では好きになっています。

(大学のゼミでは「歌舞伎」を、部活は能楽部でした。)

言葉ではすべてを説明するのは難しいですが、
その文化に触れているうちに突然分かった瞬間、とーっても幸せになれます。

 

 



織田信長を考えてみて・・

2010年11月12日 15時10分43秒 | 歴史へのつぶやき&興味

歴史模擬授業の安土・桃山時代の第一弾をアップすることができました。

第二弾は原稿が完成しているので、あとは画像入れ&文字色付けをするだけですので明日あたりに

更新できるとは思います。

 

織田信長さんは大変人気のある戦国武将です。私も嫌いではありません。

ただ、なんとなく私には心の闇が感じられるときがあります。

おそらく、彼は小さいころに、自分では普通だと思うことをしていたと思うんです。

でも、まわりは自分を「うつけ(アホ)」と言うし、将来を心配されたりする。

今こそ、彼は最先端をいっていたんだ!だから「うつけ」と呼ぶ方が遅れてるんだ!と

思えるけど、子どもの頃の信長からすれば、将来自分がどのようになるかは不透明で

不安になったことがあるのかもしれない、と私は思うんです。

 

私は信長ほどすごい人ではありませんが、小さいころは「うつけ(たわけ)」呼ばわりをされ、

先生にも将来ろくなものにならない、と言われ続けていました。

(最初から私の存在を認めてくれたのは母だけでした。)

私にとってはあたりまえだと思うことをしたりしてただけなのに、どうしてまわりはそれをわからないんだろう、

と不思議で、何度も長期間馬鹿にされ続けて自分は「馬鹿」「人間のクズ」だと思うようになりました。

何もかもに自信をなくし、その自信のなさが外にまで出て、

それがいじめを誘発し、それでさらに自信をなくし・・。

 

中学に入ったあとで、「勉強」というもの真剣にするようになり、

物事の真理を追究してもおかしくないということがわかり、

今までの自分の行動が「うつけ(たわけ)」ではなく、

ただただ探究心があったということがわかりました。

そこからは、多くの人にわかりやすいよう、

探究心は探究心で、点数をとるのは点数をとる、という形で

定期テストでは高い点数を、進学校に行くなど・・・

自分の領域に他の人が入ってこないようにして、

自分なりの楽しい勉強をすることができるようになり、自信がつきました。

そうすると、自分を慕ってくれる後輩や仲間も増えて、

大学時代には、

リーダーシップを発揮して楽しむことができました。

 

でも、引き際はさっぱりしていて、もう自分はこの世界に必要ないや!と思うと

「すぱっ」と手を離すのもはやかったりするんですよね。

「また、自分をわかってくれない人がでたんだ。しかも後輩(部下)がそう思うなら

もうしょうがないや~。」と。

信長のように後輩に裏切られたことはないけど、なんとなく違和感を感じた時はすぐに身をひきます。

だって、自分をわかってくれる相手なんて少ないんだから、わかってくれないなら、自分から手をひいて

新しい世界に行った方が良いもんと。(もちろん、何年かはがんばるけどね。)

 

だから信長が本能寺の変で「是非もなし」とあっさり自分の幕をおろしたのもわかる気がします。

だって、小さいころはわかってもらえなかった、大人になって自分を慕う人が多くなったけど、

それがどんどん巨大化して、だんだんと統一できなくなってしまったので、

また昔のころに戻った感じがした。

その中で、たぶん自分の意志をついでくれる部下がいることもわかっていて、

もう自分じゃなくても・・と思ったのでは?と。

 

あくまで、私の思い出と信長の生き方をスライドさせてみましたが、

小さい頃に能力を認めてもらえない人って、

どんなに努力してもわかってもらえない人にはわかってもらえないことを知っていて、

権力を握ってから慕ってくる相手も嘘か本当かを見分けられるようになっているんだと

思います。(全員じゃないけど)

 

私個人の勝手な見解なので、もし不快に感じた方には大変失礼ですみません。

 


武将ゆかりの愛知

2010年11月10日 13時14分03秒 | 歴史へのつぶやき&興味

昨日も300以上のアクセスをありがとうございます。

現在、歴史模擬授業の安土・桃山時代の下書きを時間が空いている間に、ちょこちょこ、作業しています。

戦国~安土・桃山時代は、

私の地元の愛知県が舞台だったり武将の出身地だったりするので、

なんとなく愛着があります。

私の実家は、織田信長ゆかりの場所が多いので、とりわけ信長さんには親近感がわいていたりも。

家庭教師の生徒さんたちや友達のお家に行くときに、地下鉄出口あたりにある史跡名勝マップを見ると、

有名な戦国武将ゆかりの地だったり、合戦場の近くだったりするので、どこへ行っても楽しめたりも。

 

戦国武将好きの人には愛知県はたまらない場所なのかな~と思ったりします。


歴史模擬授業を書いていて・・

2010年10月25日 11時58分25秒 | 歴史へのつぶやき&興味

昨日は400以上のアクセスをありがとうございます。

今週中に室町時代の歴史模擬授業は終わらせたいな~と思います♪



室町時代のところは出来はどうあれ、鎌倉時代よりもスイスイ筆が進みます。

どうやら、私はやっぱり平安~鎌倉が一番苦手なようです。
(何度も辞書を片手に確認しないと文章が書けなかった状態でした。)

また、平安・鎌倉時代を好きな友達が多いため、
その人に対する遠慮という気持ちも強いのかもしれません。
平家のこと悪く書いたら、あの人が不快に感じるかな~、
でもあの人はそんな狭い心の持ち主じゃないはず~、
でもやっぱり、あの人の好きな歴史人物に対してこの書き方は・・と
ぐるぐると感情が動いていたりも・・。


室町時代は、私個人は
古墳・飛鳥・奈良・大正・昭和時代ほど
好きってわけではないけれど、
愛着がある時代です。

大学で日本文化学科に入ったはよいものの
日本文化のよさが全然わからなくて、
美術館とか行きまくり、文書も読みまくり、
部活も能楽部に入って、とにかく研究しまくったおかげで、

日本文化らしさを象徴する「幽玄」「わび」「さび」の
渋さのよさが少しだけ分かったのです。

なので、その「幽玄」「わび」「さび」の
世界が大成された室町時代は、
なんとなーく懐かしさがこみ上げてきます。


また、室町時代好きって、まわりには旦那しかいないので気楽です。
(旦那は私のブログを読まないのです。)
しかも、旦那は太平記の世界(南北朝の動乱)や戦国時代に詳しいので、
その文章を書く際に色々質問しながら、歴史模擬授業を書いています。

歴史話したがりの旦那も、そういうことを聞かれてうれしそうでした。

では、またがんばって続きを書こうと思います♪


「御伽草子」から見る室町時代

2010年09月13日 09時52分56秒 | 歴史へのつぶやき&興味

この前は室町時代の授業をいたしました。

室町時代って、よく考えると難しいんですよね。

初期は南北朝の動乱、中期は文化が華やぎ、後期は戦国時代、

とレパートリーが豊富すぎ。

また、この室町時代は、食事が1日3回になった&お茶を飲むようになった、など私たち日本人の生活の基礎が出来上がった時代であり、また、生け花や能などの現代まで続く日本文化が誕生した時代でもあります。

 

私は室町時代を説明するにあたって、そのストーリーの軸を、

初めて一般民衆が豊かになった時代~その恩恵と悲劇の始まり~

としています。

 

そうすると、やっと、武士の政治が安定してきて、そして・・・

農業・商業の発達→農民・商人たちが、豊かになり力をつける→自分たちで自治を始めようとする(土一揆・国一揆の始まり)→お上の騒動(応仁の乱&守護大名・戦国大名の争い)もあり、武士・民衆のお互いがぐちゃぐちゃとした戦い始める戦国時代に突入

というようにお話できるんですよね。

 

 

そして政治的な流れを説明したあとで、文化の説明をしました。

 

そのときに、私がぽつりと一言。

「『お伽草子(おとぎぞうし)』て、室町時代をよく現した作品よね。」と。

生徒は、???な表情。そこで説明を続けます。

 

私 「お伽草子って、「浦島太郎」や「一寸法師」の話がある、おとぎ話が入っている  

    のは知っているよね。」

生徒 「うん。」

私 「じゃあ、たとえば浦島太郎って身分は何?」

生徒 「漁師。」

私 「漁師って貴族?武士?」

生徒 「ううん、一般庶民」

私 「だよね。貴族や武士とかの特権階級じゃない、身分のひくい一般庶民だよね。

    そうそう!今まで習ってきた作品って、貴族か武士が主人公だったじゃん!   

    「源氏物語」「平家物語」とか。

   でも、「御伽草子」には一般庶民が主人公のものがあるってことなんだよ!

    「御伽草子」には貴族・武士が主人公の作品もあって、一般庶民の主人公の  

     作品とごっちゃになって入っているの。

    つまり、この当時、一般庶民が主人公の作品が出てきたってこと 

    は、庶民がそれだけ生活の余裕が出てきて力が出てきたってこと。

    さらに、貴族・武士・一般庶民の主人公の話が同じ作品におさめられていると  

    いうことは、身分の精神的な差が縮まっているとも読めるね。」

生徒 「それって、さっき先生が言っていたことだよね!(庶民の力が強くなり、一揆  

      がおこって、それが戦国時代につながっていく!と。)」

という会話ができました。

そのあとで、生徒が「こういう風に歴史って見ることができるんだ~!文化から政治や社会情勢を見ることができるんだね。」と感動してくれて嬉しかったです。

でも、このような内容で理解&感動できる生徒さんは、社会のセンスがあるな、と思います。

話しても、「でも、それテストに出ないじゃん」とか「何を感動するの?」という生徒も多くて・・・。

社会って、言葉は覚えなけばいけないけど、その言葉をわれわれが何故習うのかというと、そこから学ぶべき教訓や内容があるからなんですよね。

 

私の授業が良いかは別として、生徒に私の授業で楽しんで、社会に良いイメージを持ってもらえれば幸いです。

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「御伽草子」での「浦島太郎」は現代のように、亀に乗って竜宮城に行く形ではありませんが、彼が漁師をしていたのは確かです。「風土記」「日本書紀」「万葉集」での浦嶋子は豪族(一説には、浦嶋子は蘇我馬子を現しているとも言われています。)でしたが、時代が移って、室町時代には、漁師という身分になっていたそうです。


「戦国BASARA」を観て

2010年07月29日 11時14分54秒 | 歴史へのつぶやき&興味

歴女ブームの火付け役の1つとなったゲーム「戦国BASARA」。


この作品の名前は知っていたんですが、最近まで、どういう内容なのか知りませんでした。

それがたまたま、ある日TVをつけていたら、

「戦国BASARA2」のアニメの第一回目が放映されていて、

「なんだ、このアニメ?」と思って見ていたら、

妙にバカでかい秀吉が登場し、大笑い!

「このでかさはおかしいだろ!」

「これじゃあ、馬にのれんだろ!」

「この人なら、将来、病気にならんだろう!」と。

あそこまで、アレンジしすぎると、史実がどうのことうのと考えずに笑えて良いのかもしれませんね。

 

パロディってやりすぎたら、1つの独特の世界観ができるんだな~と感動しました。

 

だから、私も、「こういう風だとお客様に怒られるかも・・。」と思って、いいわけめいた作品でなく、「これはこういう作品!」と堂々として作品作り(ブログ更新)ができたらな~と思いました。


古代ローマのパンを食べてみました

2010年07月06日 11時16分43秒 | 歴史へのつぶやき&興味
昨日、記事に書いた古代ローマのパンを食べてみました。
粉と塩と水だけでつくったパンだそうです。
食べてみたら、ライ麦パンのような味がしました
ピーナッツクリームをつけて食べたら、おいしかったです。

古代の人の生活が垣間見れた(感じられた)良い機会でした。

「ポンペイ展」に行ってきました

2010年07月05日 10時05分41秒 | 歴史へのつぶやき&興味

先日、仕事がひと段落したので、ずっと行きたかった、

名古屋市博物館で開催中の「ポンペイ展~世界遺産 古代ローマ文明の奇跡」に行ってきました。

ポンペイは、2000年ほど前にヴェスヴィオ火山の大噴火によって、火山灰の下に突如埋没した都市です。

突然火山灰によって埋没としたということは、古代ローマの人々の暮らしがほぼ完全な状態の姿で閉じ込められていましたということを意味しています。
そのため、発掘された現在、ポンペイの遺跡は、古代ローマの歴史を知るのに、とても貴重な史料になるわけです。

大概の展覧会は、貴族などの一部の特権階級のものが中心ですし、民間で長い間使われたものは、使い古され原型をとどめていないものが多いです。

でも、今回のポンペイ展は違います。
一般で当時使われていたものがそのままの形で残っているのです。
ほんとにこれ、2000以上前のもの?というぐらい、(2000年以上地上にさらされてきたものよりは)鮮やかな状態で残っているのです。

なので、「ポンペイ展」は他の展覧会と違って、「生活」「当時の人々の息づかい」が感じられる数少ない展覧会なので、私は「ポンペイに関する展覧会」というものが開催されるごとに行っています。(たしか、10年前ほどに愛知県美術館で開催された「ポンペイ展(名称は違うかもしれません)」にも行って、感動した覚えがあります。)


また、2学期に教える世界史は、古代ローマが範囲になりそうなので、その勉強としても行ってきました。

今回は、浴槽なども展示されていて、初めて見るものも多かったです♪

また、ガラス器や銀食器などを観ると、現在のものに見劣りしていない。ということは、それだけ古代ローマがどれだけ高い技術を持っていたのかがわかるんですよね♪

あと、写真は古代ローマのパンを復刻したパンが売っていたので、買ってみたものです。

まだ食べていないので、感想は後日載せてみたいな~と思っています。


現代文と日本史

2010年06月28日 17時34分51秒 | 歴史へのつぶやき&興味

今は期末テスト直前の大忙しさまっただ中です。(現在、電車で移動中~)
問題つくったり、コピーしたり、教科書とにらめっこしたり。

現代文は、国語より格段に勉強する内容が、私は楽しいです。

難しいんですが、哲学的で。

また、作者は、激動の時代に地に足をつけて自分なりに考え悩んで人生を歩んだ人が多く、彼らの著作を読むと彼らがどのような人生を歩んできたかも、わかるのが、またうれしかったりも。

また日本史は、今回は、幕末の公武合体~明治の大久保政権。
教科書を最初読んだときは、頭の中がこんがらがりました。(高校のときは、受験は世界史選択だったもので)
そこで、昔自分が通っていた予備校の講師さんの著作を読んで、自分なりにまとめたら、やっとすっきりしました


私が頭がこんがらがっていたのは、上からの視点で何にも属さず、起こった出来事を観ていたからです。当時は、政局を握る人(藩)や、同じ藩や人物でも意見が途中で変わります。だから、頭がぐちゃぐちゃになるんです。
そういうときは上から降りて、誰か(どこかの団体)に視点をおきながら、客観的に物事を見守るように観ると、わかりやすくなります。

今回は、薩摩藩に視点をおいて(同化して)みるとわかりやすいことが発見できました。
どうしてかというと、薩摩は、尊皇攘夷派の志士が多く、最初、藩は公武合体派だったのに、外国の驚異を戦争(生麦事件→薩英戦争)をもって知り、そのあと、攘夷をあきらめ倒幕に視点を切りかえます。そして、ほかの対立していた長州と協力し、倒幕を果たします。そして新政権の要になり、外国にも視察に行き(その間の留守政府もまかされ)、征韓論も唱えるものもいて、それよりも内治を優先したものが勝ち、さらに新政府を押し進めていくんです。つまり、薩摩藩の動きが、日本の動きと一緒なんです。

だから、主人公(ヒーロー)は薩摩藩にして、準主役のヒロイン(友人)は長州藩、レギュラーの盛り上げ屋(キーパーソン)が、土佐藩、そして、幕末を第一部として、第一部の敵(倒すべき敵)は幕府、第二部は明治の改革とし、第二部の敵(乗り越えるべき敵)は外国、というかたちで歴史を観ると、おもしろくわかりやすいんです。


熱田神宮へ行ってきました

2010年06月11日 11時08分11秒 | 歴史へのつぶやき&興味

昨日は、やっと念願の熱田神宮(名古屋市にある有名な神宮)に

おまいりに行くことができました。

毎年1回は実母と一緒に生徒の受験合格・学業成就を祈るためもあり、参拝するようにしていたのですが、今年は行こうとする日にかぎって、風邪をひいたり、当日大雨になってしまい尻込みしたりして、なかなか行けませんでした。

それが、やっと、行くことができました。

昨日はとても暑い日にかかわらず、境内はとても涼しかったです。

木に覆われていたためでしょう。自然の冷房は心にも良いですね♪

熱田神宮には、草薙の剣が祀られていたり、天智天皇の時代に建てられた塀が残っていたり、織田信長が合戦の前に参拝をした・・・など歴史を感じさせられ、名古屋の誇れる文化遺産の1つだな~と私は思っています。