(原題:Inglourious basterds)クエンティン・タランティーノ監督作品としては「ジャッキー・ブラウン」と並ぶ駄作だと断定したい。とにかく物語に芯がないのだ。ダラダラと前振りだけが長く、盛り上がりが全くない。もちろん、見せ場がないこと自体を売り物にする作劇もあり得ることは承知しているが、本作については断じてそれは当てはまらない。単なる“手落ち”と片付けられても仕方がない体たらくだ。
第二次大戦下のフランス。ナチス兵を始末することだけを目的に結成されたアメリカ軍部隊“バスターズ”の暗躍と、ゲシュタポに家族を殺された少女の復讐劇とが平行して描かれる。呆れるのがこの二つの路線が全然交わらないところだ。もっとも“平行するエピソードは必ず終わりには収斂しなければならない”というキマリはない。だが、クライマックスをヒロインが切り盛りするパリの映画館での大立ち回りに持っていくからには、それなりの段取りというものが必要だろう。
ところが、そんなことを考慮した形跡が微塵もない。各々が勝手にやってハイおしまいでは、観る側のストレスはたまるばかりだ。特に終盤では明らかに“史実と違うところ”が大々的に前面に出てくるのだが、それに対して作者が何かの感慨なり意見なりを持っている気配はない。ただ“面白ければいいのだろう”という軽薄なスタンスしか感じないのだが、残念ながらちっとも面白くはないのだ。
全編に渡って目立つのは登場人物達のしつこいまでのしゃべりだ。タラン氏の作品ではこういうパターンは珍しくもない。ただし、タラン氏謹製のシャシンの中で出来が良いものは、必ずこのグダグダしたしゃべりがその後のカタルシスの伏線となる。近作の「デス・プルーフinグラインドハウス」なんてのはその典型で、ダラダラしたシチュエーションを二度繰り返すことによってクライマックスの破壊力を倍加させているのだ。ところがこの映画はグダグダしたシーンはグダグダのままで、漫然と続くのみ。まさに“山なし、オチなし、意味なし”を地で行く醜態だ。
こんな調子で上映時間は2時間半以上もある。何やら“つまらなくて途中退場した人は無料”なるキャンペーンを張っているようだが、少なくはない中途退場者はその“特典”にあずかれたのだろうか(笑)。
主演はブラッド・ピットだが、時折おバカなギャグで笑いを取る他は、何も特筆することなし。彼以外の出演者も、別に印象的なパフォーマンスを見せてくれるわけでもない。美術関係や大道具・小道具も大したこと無し。時代考証はフツーの出来。タラン氏得意の音楽の使い方も、今回は序盤にマカロニ・ウエスタン調を気取ってみたり、突然デイヴィッド・ボウイの曲を流す程度で、これも消化不良だ。ブラッド・ピットのファンならばともかく、大半の一般ピープルにとっては観る価値のないシャシンだと結論付けたい(暗然)。