元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「千年女優」

2010-02-25 06:22:41 | 映画の感想(さ行)
 2001年作品。注目すべきアニメーション作家である今敏監督の代表作。戦中戦後に映画界のトップスターとして君臨し、現在は北鎌倉で隠遁生活を送る一人の女優の生涯を描いた異色ドラマである。私はこれを面白く観た。

 彼女が“初恋相手”と出会う少女時代から、映画界入りしてキャリアを重ねていくプロセスを、現在の彼女および彼女をインタビューするテレビプロダクションの社長それぞれの視点から二段構えで描かれてゆく展開は興味深い。しかも、両者が別々のシークエンスを形成するのではなく、ヒロインの回想と助監督であった社長の思い入れとが交錯し、それに彼女の出演映画のシーンを頻繁に挿入させながら一本の物語として綴られるという野心的な構成。



 単なる有名人の回顧録という設定から大きく逸脱し、虚実取り混ぜた展開で映画の送り手(女優)と受け手(社長をはじめとする一般のファン)との思い入れを両立させることにより、日本映画の戦後史さえも大きく捉えようという作者の志の高さに感服した。ヒロインのモデルは原節子かと思われるが、ある時は田中絹代であり、またある時は山田五十鈴や岸恵子でも有り得る。要するに日本映画の一時代を築いた“大女優”の存在自体のメタファーなのだろう。

 さらに黒澤明の「蜘蛛巣城」や稲垣浩の「無法松の一生」等の往年の作品群が劇中で一部“再現”されていることに舌を巻くと共に、この作品の中での“虚実”を超え、映画ファン総体としての映画に対する本当の“虚実”に肉迫していることに関しても深い感銘を覚えるのである。こと“映画的映画”の探求という意味でトリュフォーの「アメリカの夜」やキアロスタミの「クローズ・アップ」に比肩するほどの仕事であると思う。

 そしてこれがアニメーションであり、実写においてヒロインの一生を複数の女優で演じ分けねばならない障壁(それは作劇のシームレス化を阻害する)を難なくクリアしていることに大いに納得してしまう。意味不明の老婆の出現や劇中映画の繋ぎがスムーズではないといった欠点も散見されるが、アニメーションの新たな地平を切り開いたという点で特筆される出来だと言える。

 それにしても、巷の“アニメしか観ないアニメおたく”にはあまり理解できない作品であることは確かだ。“映画の一ジャンルとしてのアニメーション”をちゃんと認識しているまっとうな映画ファンにこそ観てほしい作品である。
コメント
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