(原題:THE BANSHEES OF INISHERIN )面白くない。米アカデミー賞のノミネートをはじめ、各種アワードを賑わせていることがとても信じられないほど作品の質が低い。ただし、いわゆる“考察好き”の観客には合っているかもしれない。抽象的なモチーフの“裏読み”をして、あれこれ見解を述べるというのも映画の楽しみ方の一つだろう。だが、本作は“裏読み”に長い時間を掛けられるほどの深みは無いのが辛いところだ。
1923年、アイルランドの小さな孤島イニシェリン島に住むパードリック・スーラウォーンは、長年の友人コルム・ドハティから突然に絶縁を言い渡されてしまう。理由を問うてもコルムは答えず、パードリックは同居している妹のシボーンや村の住民たちに仲裁を依頼するが、それも上手くいかない。ついには、コルムは“これ以上関わろうとするなら自分の指を切り落とす!”などと物騒なことを言い放つ。
タイトルにある“精霊”とは、人の死を予告するというアイルランドの超現実的な存在であるバンシーのことを指すらしいのだが、劇中では効果的に扱われることは無い。ならば所謂(リアリティ軽視の)ファンタジー要素は希薄なのかというと、コルムの振る舞いが在り得ないほど常軌を逸している等、ヘンなところで現実味を欠いている。要するに中途半端なのだ。
そもそも、主人公2人の唐突な不仲自体、語るに落ちるような話である。これはアイルランド本土で勃発していた内戦の暗喩だ。ケネス・プラナー監督の「ベルファスト」(2021年)でも描かれたように、この紛争の理不尽な点は、それまで隣人として親しくしていた住民たちが宗教の違いによって敵対してしまうことである。
本作では最初は文字通り海を隔てた“対岸の火事”でしかなかったインシデントが、次第に無関係ではなくなってくる理不尽さを主人公たちの境遇に投射しているという案配だ。この図式が分かってしまえば“何を勿体ぶってるんだ”と片付けてしまえるような出来でしかない。しかも、その堅牢ではない建付けを巧みにカバーするような意図も感じられない。感情移入できない者たちの、愉快ならざる所業を延々と見せつけられるだけで、途中から面倒くさくなってきた。
監督のマーティン・マクドナーの前作「スリー・ビルボード」(2017年)も底が浅くてつまらない映画だったが、この映画はさらに低調だ。コリン・ファレルにブレンダン・グリーソン、ケリー・コンドン、バリー・コーガンらキャストは熱演ながら、作品自体が斯くの如しなので評価出来ず。しかしながら、ベン・デイヴィスのカメラによる島の風景だけは痺れるほど美しい。ドラマ部分をすべてカットして、ヒーリング系の環境ビデオとして売り出した方が理にかなっていると思ったものだ。