(原題:LOOK BOTH WAYS)2022年8月よりNetflixより配信。これは、アイデアの勝利だろう。このネタは誰でも思い付きそうだが、実際に映画として成立させた例はあまり無いと思われる。しかも、観る側から“所詮はワン・アイデアじゃないか”と見透かされることを避けるため、構成はとても良く考えられている。観て損は無い一編だ。
テキサス大学オースティン校に通っていたナタリー・ベネットは、卒業を前にボーイフレンドのゲイブと一度きりの関係を持つ。そして卒業式前夜、彼女は突然吐き気を催して妊娠検査薬を使用。ここで映画は2つに“分岐”する。ヒロインが妊娠して地元に留まり、シングルマザーになって子育てに奮闘するというストーリーが進む一方、ナタリーは妊娠せずにそのまま卒業後はロスアンジェルスに引っ越し、アニメーターになる夢を実現すべくハリウッドの製作スタジオに就職する話も進行する。
これら2つの筋書きがほぽワン・シークエンスごとに交互に展開し、同時制での主人公の言動や心理状態が並行して描かれるという案配だ。観る側が混乱しないように2つのパートは容易に見分けがつくように衣装や美術などは工夫されており、さらに時おり同一画面でその2つが進行するという離れ業を見せる。特に、卒業直後に“それぞれの”主人公を乗せた2台の車が反対方向に発進する場面は実にうまい処理だ。
もとよりこのドラマはシリアスな方面には振られておらず、ヒロインの陽性のキャラクターも相まって深刻な結末にはならないことが容易に予測できる。それでも、各パートでの主人公が味わう不条理や思いがけない苦労といったものは、観る者が暗くならない程度には挿入されている。また、ナタリーがアニメーション業界を志望しているというモチーフは効果的で、文字通り“芸は身を助ける”を地で行く筋立てが可能になる。
観終わって、やっぱり人間は前向きな姿勢を忘れなければ、人生の分岐点に何度か遭遇したところで選択を大きく誤ることはないのだという、作者のポジティブなスタンスが見て取れた。ワヌリ・カヒウの演出はイレギュラーな設定にも動じない堅実なもの。特段のケレンは無いが、安心して観ていられる。主演のリリ・ラインハートは初めて見る女優だが、明るく素直な印象で演技も達者。ダニー・ラミレスにデイヴィッド・コレンスウェット、アイシャ・ディーといった他のキャストの仕事も万全だ。随所にアニメーションが挿入されるのも効果的。