新・定年オジサンのつぶやき

残された日々をこの世の矛盾に対して勝手につぶやきます。
孫たちの将来に禍根を残さないよう、よき日本を「取り戻したい」。

身を切る改革で高齢者を切り捨てる維新の会

2022年02月13日 11時50分00秒 | 維新の会

国会で、COVID-19の収束についてピークアウトはいつごろになるのかとの質問に、「マッターホルン」型ではなく「富士山」型で急激にはピークアウトは予測できないと言っていた尾身茂分科会会長が、今度はこんな発言をしていた。
 
コロナ分科会、出口戦略議論へ インフルとの比較分析も
 
本来ならば、感染者数の増加がピークに達し徐々に感染者数が減少すれば、「ピウークアウト」とみなし、収束に向けての「出口戦略」という言葉も真実味を帯びるのだが、はたしてそうなるのか。
 
新型コロナ第6波の『ピークアウト』は、まだ観測されていない」という昨日のあるブログでは、
 

2月2日あたり以降、火曜日から土曜日までの5日間は新規陽性者数が増えも減りもしない状態が続いているが、これは本当の「高止まり」ではなく、検査が飽和してしまった影響とみられる。「高止まり」しているかに見える期間のうち前半には新規陽性者数は増え続けており、後半には減り始める。しかしピークがいつなのかは、グラフが明確な減少トレンドを描くようになるまでわからない。そして昨日の時点では減少トレンドはまだ見られない。昨日発表された新規陽性者数は先週の金曜日(2/4)より多かった。
 問題は今日は前日が祝日だったために実際よりも少ない値になる可能性が高いことだ。その分来週の土曜日は前週比の数字が高くなる。もちろんこれらはあくまでも見かけ上の話だ。しかしテレビ報道等はこれをピークアウトに短絡しかねない。紛らわしいことに、そろそろピークアウトしそうな時期ではある。実にいやらしい。

と、日々の感染者数と1週間前の感染者数を単純比較しただけでは容易にはピークアウトしたとは言い切れないということであろう。
 
長周新聞の 「コラム狙撃兵」のコラム氏は、きわめて身近な話題から、現状の生々しさを伝えていた。
 
諦め癖をどうにかせい!
    
連日のように「○○県は死亡者○人、陽性者○○○人」と各都道府県の最新の感染状況がニュースに映し出され、オミクロン株の猛威を視聴者に伝えている。だが、既に過去最大の感染爆発に直面してどこもPCR検査が追いついておらず、保健所業務も破綻しており、実態把握などできていないのが実際だろう。発表される数値は現実を正しく反映した感染状況ではなく、行政として把握できた一部というに過ぎないのだ。専門家曰く、実際にはその4倍ほどの感染者がいるという指摘もあながち間違っていないのだろう。しかし、そんな実態把握とはほど遠い感染者数の発表数値すら、爆発状況だけは浮き彫りにしているのである。
 我が街でも、1月中旬まではまだ保健所による感染者の把握、濃厚接触者の追跡(PCR検査の実施)も追いついているかに見えた。ところが、1月下旬から連日のように100人ごえの感染者が出るようになるとたちまちキャパオーバーに見舞われ、濃厚接触者の追跡などとてもできないまでに追い詰められてしまった。対象人数が多すぎて、これまで想定してきた防疫体制がぶち破られてしまったのである。
 行政区内から連日のように100人以上の感染者が見つかり、その何倍もの濃厚接触者がおり、さらに濃厚接触者の濃厚接触者が何乗にもおり、それらが日を追うごとに雨後の竹の子のように増えるのだから、手が付けられないのも無理はない。病院クラスター、老人施設クラスター等々が起こって、あっちでもこっちでも火の手が上がり、保健所の職員たちは懸命に頑張っているのに、どう頑張ってもどうにもならない勢いなのである。ガンガンPCR検査ができるわけでもなく、その体制も準備もなく突入してしまった第六波の現実は、まさにお手上げ状態といえる。
 斯くして日本社会においては「見なし陽性」なる新言語までが誕生し、要するに濃厚接触者になると自分で陽性判断して隔離部屋に籠もっておれ――というまでになった。それまでは疫病感染者を追いかけ回していたのに、息切れをしていきなり「もう、任せる!」と丸投げされたようなものである。これは防疫体制の放棄にも等しい。
 問題なのは、そうなると、社会人として仕事を持っている人々の場合、仮に「濃厚接触者かも…」と思い当たる節があっても口には出せず、出社する人がいてもおかしくないことだ。微熱があったとしても、「オミクロンは軽症というし、まぁいっか」と思う人だっているだろう。あるいは、日給が頼りな暮らしだったなら7日間の隔離など言語道断で、微熱でも黙って働き続けるほかない。生きていくための補償がないのに、休めるわけがないのだ。検査体制の強化しかり、補償体制の整備しかり、それらは疫病を抑え込むために必要な施策なのになにもせず、助走で息切れをして「後は自分でどうにかしろ」というのでは、国家の存在価値を自ら否定しているようなものである。
 連日の感染爆発で心配なのは、感染者が子どもや幼児、その親たちから中年世代、高齢者へと広がりはじめ、オミクロンは無症状や軽症が多いという割に、死者数が増え始めていることだ。デルタ株も混じっており、決して警戒を解いてはならないと専門家たちも警鐘を鳴らしている。オミクロンといっても高齢者や基礎疾患を持っている人々には脅威で、生命の危機につながる現実には変わりないのだ。
 国によって防疫体制には違いもあるが、諦めてすぐに万歳し、あとは野となれで放り投げていく体質はどうにもならないのだろうか…。

まさに、あとは野となれで放り投げていく体質そのものを体現しているのが、昨今の大阪の惨状であろう。
 
コロナで症状悪化しても119番控えて 大阪市、高齢者施設に通知
 
こんな批判を浴びても仕方がない。
 


 
さらに、大阪でのCOVID-19の検査陽性率が46.7%という驚異的な数字をはじきだしたらしいのだが、この数字は検査が飽和してしまった影響であることも確かである。
 

 
しかし、なんで「検査が飽和してしまった」のかという根本原因を明らかにして、可能な限りの対策を打つのが行政の本来の役目であろう。
 
昨日のTBS「報道特集」では「被害拡大食い止めるには~コロナ死者2万人超」のタイトルで大阪の実態をリポートしており、キャスターの金平茂紀がイソジン小僧の吉村洋文の記者会見で臨時医療施設や保健所削減について問い質していたが、驚くべき回答が返ってきていた。

 
さらに、「#報道特集 [2022年2月12日(土)」]からいくつかのツイートを紹介しておく。
 

 
無邪気な維新の支持者からは吉村洋文を庇う発言も見受けられた。
 
「金平さんへ
保健所が減ったのは国策です。
太田府政の時です。
その時、維新はまだ誕生していません。
維新の掲げる大阪都構想で特別区になれば保健所は増えるはずでしたが、否決されました。
保健所を増やす邪魔をした反対派は何を思うのでしょうね。」
 
「大阪市に保健所が一つなのは、国の方針で維新ができる前にそうなりました。
でも24行政区保健所は保険センターとして今でもあります。
ちなみに大阪都構想で特別区に再編したら、保健所は各特別区にできる予定でした。
反対した人たちは保健所増やすことに反対したんですよ。」
 
それだからと言って、大阪府知事の吉村洋文の言い逃れは許されるはずがない。
 

 
そう、確かに最初に保健所を1箇所に集約したのは2000年の太田房江府知事だが、その後橋下徹が府知事になった2008年以降も維新府政は人員削減を続けていたという事実を隠している。
 
誤った政策は国策だろうが自治体独自に軌道修正は可能なのだが、太田房江府知事にだけ責任を押しつける吉村洋文は無責任の一語に尽きるであろう、とオジサンは思う。  

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 岸田文雄は誰の手のひらで踊... | トップ | ネトウヨ芸人に支えられてい... »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

維新の会」カテゴリの最新記事