今から30年前となる1995年2月25日、英国で行われた試合結果です。
WBCスーパーミドル級戦:
王者ナイジェル ベン(英)TKO10回1分46秒 挑戦者ジェラルド マクラレン(米)

(世界中が注目したスーパーミドル級戦が実現)/ Photo: Wikipedia
*試合終了後、リング上で昏睡状態に陥ってしまったマクラレン。その後生死を彷徨ことになりましたが、何とか一命を取り留める事は出来ました。しかし脳内出血による後遺症から、失明すると同時に車いすでの生活を余儀なくされました。

(悲しい結末を迎えしてまいった大一番となってしまいました)/ Photo: Daily Mail
試合後、マクラレンはベンの過度のバッティングやラビットパンチ(後頭部を打つ反則行為)と、それを一切注意しなかったレフィリーへの批判が殺到しました。しかし試合を見振り返ってみてみると、それらの非難ほど荒れた試合ではなかったように映りました(もちろん歓迎される行為ではない)。
初回、マクラレンのパンチと、その重圧で吹っ飛ばされる形でリング外に飛び出してしまう形でダウンを喫したベン。カウント9ギリギリでリングに戻る事が出来ました。このダウンからのベンが被ったダメージはそれほど無く、試合再開後、左右のパンチを振るいながら力強い反撃を見せています。
2回に入ると早速反撃体制に入ったベン。元来打たれ脆くも回復も早い選手ですが、この試合での回復力は怪物的と言っていいでしょう。ジャブをあまり放たない英国人は、左右のフックでライバルに肉薄。マクラレンが後手に回る場面が時間を追うにつれ増えていきます。

(反撃に出るベン)/ Photo: BoxRec
それまで最長8ラウンドまでしか経験したことのない挑戦者。不安材料として長期戦及び接戦でのスタミナが懸念されていましたが、4ラウンドにはすでにスタミナ切れの兆候を見せ始めていました。呼吸が苦しいのか、中盤戦に入るとマウスピースを半分口から出す仕草を続けるようになったマクラレン。時折、サウスポー(左構え)にスイッチするなど、苦し紛れのボクシングも目に付くようになりました。
回を重ねてもスタミナが衰えないベンは、地元ファンの大歓声に押されるように左右のワイルド且つスピーディーなフックでマクラレンへの攻撃の手を止めません。対する挑戦者は6回、パンチをもろに貰いマウスピースを飛ばされ、スタミナも底をつき放心状態に。見るからにいつギブアップしてもおかしくない状態となっていました。
そんな中8回、死力を出し連打からこの試合2度目のダウンを奪ったマクラレン。しかし最後の死力を尽くしてもライバルを仕留める事は叶わず、あとは残るラウンドをどう生き延びるかに専念する事に。

(最後のエネルギーを絞って攻勢に出るマクラレン)/ Photo: YouTube
マクラレンにとり未知のラウンドとなった9回以降、稀代のKOパンチャーは果たして意識のある状態で戦っていたのでしょうか?疲労とそれまでの被弾のため、無意識で戦っていたと言っても過言ではないでしょう。
結局、10回に半分自滅の形でKO負けを喫したマクラレン。31勝の内20もの初回KO/TKO勝利を飾ってきた超速攻型マクラレンは、あまりもの強打者だったために対戦相手が見つからず、そのため長丁場などの苦しい経験を積むことが出来ませんでした。また普段は練習嫌いで、コーラを日常的にがば飲みするなど、自身の悪い面が最悪の形でベンとの一戦に結合されてしまったのではないでしょうか。

(ベンの攻撃の前にマクラレンがついにダウン)/ Photo: the Guardian
試合後のマクラレンの悲劇は、敗者にとっても勝者にとってもつらいものとなってしました。しかし試合中の会場は、母国の英雄の大奮戦を後押しするように大声援の嵐に包まれ続けました。その中には後の世界ヘビー級王者フランク ブルーノ(英)やフェザー級で一時代を築いたナジーム ハメド(英)の姿も見られました。