本ブログでは、
2月24日<「週刊文春」掲載の南北朝鮮の比較写真 と 中国政府による脱北者の強制送還問題>
2月26日<中国による脱北者強制送還に対する韓国の進歩系新聞「ハンギョレ」の社説は悲しい>、
3月12日<中国による脱北者強制送還反対運動の高まりと、その波及効果>
昨日(4月8日)の記事<中国による脱北者強制送還問題 - 韓国が国際社会にアピールする道を選んだ結果は?>
・・・と、4回にわたって中国による脱北者強制送還問題について記してきました。
韓国で、この問題についてこれだけ集会等が開かれたり、メディア(主に「朝鮮日報」「中央日報」「東亜日報」の3大保守紙)が報道したことはありませんでした。
しかし、前の記事の最後に書いたように、私ヌルボが痛感したことは多くの韓国人の関心がまだまだ低いということです。
前々回の記事で、自由先進党の朴宣映議員の断食闘争に続いて、2月23日から脱北女性として初めて韓国で博士号を取得した李愛蘭北韓伝統飲食文化研究院長も断食に入ったことを書きました。
朴宣映議員が3月2日、断食11日目で抗議集会中に意識を失って倒れて病院に搬送された後、李愛蘭院長は1人で断食闘争を続けていましたが、彼女も断食19日目の3月11日力尽きて断食を中断しました。
「東亜日報」3月12日付の「李愛蘭氏「進歩人士の脱北無関心に意欲喪失」と見出しのついた記事によると、彼女は記者のインタビューに対して、次のように答えていました。
健康に大きな問題はありませんが、期待するほど多くの人々の参加を導き出すことができなかった中途半端な集会という気がして中断することにしました。4日に断食を終える予定でしたが、ちょうどその日アン•チョルス氏が座込み場所に訪れたので、これを皮切りに進歩陣営の参加がもっと引き出せるのではと期待して期間を延長しましたが、そうはいきませんでした。
※「東亜日報」系のTVのチャネルAに、このインタビューの動画がありました。
この問題についての人々の関心について、「朝鮮日報」(日本語版3月20日)に、<「脱北者問題への社会の関心低い」 83%>という見出しで世論調査の結果と分析の記事が載っていました。
それによると、「脱北者支援や強制送還阻止などの脱北者問題に、韓国社会の関心が低い」という点に、「そう思う」が83.0%、「そう思わない」は14.0%でした。
世代別にみると、脱北者問題への関心が低いという意見は、20代で83.0%、30代で86.1%、40代で84.5%、50代で80.9%、60代以上で80.4%と、若い世代がやや高いものの、全ての世代とも80%の高率を示しました。
また、与党セヌリ党の支持者は83.0%、野党民主党の支持者は87.2%が「脱北者問題に無関心」で、進歩陣営がやや高いが、保守陣営も80%以上が「関心が低い」という意見。
【8割以上が「関心が低い」と回答。】
私ヌルボが思うに、これは誤解を招きやすい設問で、「自分も関心は低い」という人だけではなく、「自分は高い関心を持っているが、一般の韓国の人たちは関心が低い」という人も「そう思う」の方に含まれているかもしれません。
しかし、それにしても韓国社会の脱北者に対する関心の低さは否定すべくもありません。(独島問題だとあれだけのパワフルになるのに・・・。)
また、今回の一連の運動でチャ・インピョ氏が、「このような人権問題に、進歩だ保守だというような政治的・思想的な違いはない」と訴えたことは大きな影響力を持ったと思いますが、それでも進歩陣営の腰は重い、というか、そう簡単には北朝鮮にたいする見方・姿勢は変わらないと思いました。
その代表例として、「ハンギョレ」の記事を紹介します。
※この問題についての「ハンギョレ」の姿勢については、本ブログ2月26日の記事でヌルボなりの批判を書きました。
3月に入っても、「ハンギョレ」は脱北者強制反対の運動に対して批判的な(冷静な?冷淡な?)記事を数本掲載しています。
次の3つの記事は翻訳されて<ハンギョレ・サランバン>のサイトで読むことができます。
①3月8日「社説:脱北者とその家族の安全が最優先だ」
②3月23日「[土曜版]カバーストーリー 国家情報院 職員、ボールペンで脱北者の頭を・・・」
③3月24日「[土曜版]カバーストーリー 家族の気持ちを推し量ってみましたか? 韓国の政治論理じゃないんですか?」各記事のポイントを記す前に、この問題に対する「ハンギョレ」の立ち位置を如実に表しているのが②の記事の冒頭部分。
「韓国政府と自由先進党、セヌリ党など保守政党所属政治家が主導している脱北者(北韓離脱住民)の強制北送還反対の声が北韓人権に対する国内外の関心拡大につながっているが、実際に北韓を脱出して韓国に入国する北脱出者の人権は疎外されているという指摘が提起されている。」
つまり、脱北者(北韓離脱住民)の強制送還反対の声を主導しているのは政府と保守政党所属政治家である、と自明のことのように記しています。はたして、この記者にとって、脱北者はどんな存在として映っているのでしょうか?
この後に続く②の記事では、最近北朝鮮を脱出して韓国に入ってきた脱北者の中で、国家情報院が主導し、警察、国防部関係者などが加わってなされる合同尋問過程で、悪口や暴行、事実上の監禁など反人権的待遇を受けたという事例がいくつもあるということを問題化しています。中には、その暴行の後遺症で今も難聴に苦しめられている人もいるとか。また政府が2010年9月、「脱北者を装ったスパイの浸透を遮断し、定着支援金を狙う在中同胞の偽装入国をより徹底的に遮断するため」それまで90日だった調査期間を最長180日に増やしたことも脱北者たちを抑圧するものとなっていると批判しています。
これはたしかに大きな問題で、批判はあたっていると思いますが、上掲の冒頭の言葉をみるかぎり、同様の、あるいはそれ以上の仕打ちを北朝鮮や中国で蒙ってきた脱北者の人権問題を自らの問題として引きうける姿勢がないと、単に政府・与党批判のイシューとして取り上げているような印象を受けてしまいます。
①や③の記事で、あるいはそれ以前の記事でも「ハンギョレ」が指摘していた点は、脱北者についての情報公開は、かえって彼らの状況を危うくするおそれがある、ということです。
①では、韓国内の一脱北者の「中国大使館前の強制送還反対デモは私たちが望むものではない」という声を載せています。そして「この脱北者の主張が全面的に正しいとは限らないが、脱北者のために乗り出した人々の軽率な言動が逆に脱北者をより大きな危険に陥れているならば、これは必ず改めなくてはならない」と述べています。(この「軽率な言動」という言葉には憤る人も多いのではないでしょうか?)
また「韓国政府がもう少し早く乗り出していれば今回のことが騒がれずに捕えられている脱北者が解放されることもありえた」と言う脱北者の思いを外交通商部は心して聞くことを望む」とも記していますが、騒がれることもない状態で人権状況が改善される見通しがあるというのでしょうか? また、この脱北者の人権問題で一番大きな責任があるのが北朝鮮政府、次に中国政府、三四がなくて五に韓国政府と韓国民ではないでしょうか?
これまで、「静かに」進められてきた脱北がどれだけ命がけで敢行されてきたか、「ハンギョレ」の記者は知らないのでしょうか? また過去2万人を超える脱北者が韓国入りしていますが、それよりはるかに多い10万の脱北者が過去17年間中国から送還されたとも伝えられています。
③の記事では、記者は中国の都市丹東(タンドン)に行き、脱北者の女子大生や脱北者の家族、そして脱北者出身の脱北ブローカーの話を聞いています。その皆が訴えたことは「保守であろうが進歩であろうが脱北者の強制北送還問題だけは政治論理ではなく家族の問題として接近してほしい」ということ。(それはヌルボも当然同感なのですが・・・。左派右派どちらも相手側が政治的に対応している、と論難しているという図式。)
この記事で紹介されている個別の事例は、この問題がイシュー化したことによって中国に捕えられていた家族が結局北に送られてしまったとか、ブローカーに渡さなければならない金額が急騰したという厳しい事実です。またソウルにいる脱北女子大生の「韓国が脱北者問題を大きくするので中国政府が面会までできなくなりました」という言葉も載せられています。彼女はまた「脱北者の人権のためだと言って中国を刺激すれば中国は一層緊張して原則を強調せざるを得ないと思います。だから今お金も通じないでしょう。韓国政府と一部政治家が脱北者家族をよく考えていないという気がします」とも語っていますが、これはそのまま「ハンギョレ」の意見のように思われます。
2月に「朝鮮日報」や「東亜日報」では、脱北青少年たちが「私たちの家族や友だちを強制送還するな!」と声を上げて立ち上がったことを伝えていました。
どちらの脱北者の声も嘘ではなく、切実なものだと思います。それが正反対の内容になってしまうこと自体がこの問題のむずかしさを表しています。ただ、それを伝えるメディアが、自身も含めてどれだけ問題の全体像を公正に(←ありうるのか?)客観的に(←ありえない!?)伝えられるかが問われるということでしょう。
この③の記事なんですが、読んでいて悲しくなった記述が次から次へと出てきて、とてもやりきれない気持ちになってしまいました。
丹東市内で喫茶店を営む女性への取材。「韓国のニュースはドラマとは違いよく理解できない」と話した。特にファン氏が受け入れ難いニュースは強制送還に対する恐怖を必要以上に誇張する韓国内脱北者インタビューであった。ファン氏は中国国籍を持っているが故郷は平壌だった。夫と息子は今でも平壌に住んでいる。「韓国ニュースで出てくるように北韓に捕えられるといっても処刑されたりするケースは多くはありません。・・・子どもたちはこぶしで頭を叩かれ家に帰ったり、大人は労働鍛練隊に行って3ヶ月仕事をして家に戻ります。・・・無条件に拷問したり処刑していると言うのは韓国の政治論理じゃないですか?」。・・・統一研究院が出した2011年版<北韓人権白書>によると北韓は1992年まで祖国と人民を裏切ることは最も大きな罪悪だと規定してきたが・・・1998年に処罰を緩和した。「2000年以後には(強制送還者を)政治犯収容所に移管するケースはほとんどなく、ほとんどが労働鍛練隊で1~6ヶ月程度の労働鍛練刑を受けることになる。 送還以後、最終釈放までの拘禁期間が1年を越えるケースは非常に稀だった」と明らかにしている。北韓に強制送還された後、拷問と人権蹂躪に苦しめられたという韓国内一部脱北者の証言があるが、反対に軽い処罰を受けたという証言もある。
これについてキム・ヒョンドク韓半島平和繁栄研究所長は「脱北送還者に対する過度な処罰が一部存在するなど、北韓の人権状況が1960~70年代の韓国と類似していることは事実」としながらも「ただし対北韓食糧支援はバラマキだとして阻んでいる保守陣営が他方で北韓の人権問題を強調することは人権を政治手段化する行為」と指摘した。また、キム所長は「収容所外の北韓住民が飢えて死ぬのも放っておきながら、閉じ込められている人に何をどのようによくしろということなのか疑問」と付け加えた。・・・韓国政府および政界の一部の脱北者送還反対運動は中国で共鳴されずにいることは明らかだった。 中国人はこのような状況をほとんど知らなかったし、中国と北韓を行き来する北韓の人々は拒否感を示した。
進歩陣営の、脱北者あるいは北朝鮮に対する姿勢をよくあらわしている内容だと思います。
ここに名前が出てくる脱北者出身のキム・ヒョンドク韓半島平和繁栄研究所長という人については今まで知りませんでしたが、2月末に「中国を圧迫して北送を阻止? 見込みがない」と題したインタビュー記事が「オーマイニュース」にありました。(→自動翻訳)
その記事中にもありますが、特異な経歴の人物です。彼の主張は「脱北者問題の解決策は、北朝鮮内で生きていける環境を作ること(経済の再生)」、そのために「北の支配層が安心して開放と交流ができるように環境を作る努力が必要」というのですが、これってどれだけ現実的なのでしょうか? 開放と交流が自分たちの地位を危うくするから踏み切れないのではないですか? また「ハンギョレ」の記事中の「収容所外の北韓住民が飢えて死ぬのも放っておきながら、閉じ込められている人に何をどのようによくしろということなのか疑問」という発言の大きな問題点に、記者は何も気づいていないようだし・・・。
反権力も人権の尊重も、創刊時から「ハンギョレ」が掲げてきた理念のはずですが、どうも反権力=反政府となり、「敵の敵は味方」という感じで親北朝鮮となり、北朝鮮政府が北朝鮮人民の人権を抑圧しても、それを正視できなくなってしまっているようで、とても残念です。
本記事のタイトルを見るとそうは思われないでしょうが、私ヌルボは「進歩陣営」の側だと自分では思っているんですけどねー・・・。