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石丸次郎氏の講演(1) 北朝鮮の食糧、「絶対量は不足してはいない」

2012-04-19 23:57:48 | 北朝鮮のもろもろ
 一昨日(4月17日)18時30分~20時30分、アムネスティ日本支部(千代田区小川町)で開かれた石丸次郎氏の講演「金正恩体制下での朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の今」を聞きに行ってきました。

 金正日総書記の死亡と三代世襲、核兵器問題、ミサイル発射問題、金日成生誕100周年の「太陽節」(4月15日)、脱北者強制送還問題等々、北朝鮮をめぐるニュースが最近次々と報道される中で、私ヌルボ、先着70名だと早めに行かないとダメだろうと思って30分ほど前に会場に行ったら30人くらいしかいなくてちょっと拍子抜け。
 しかし講演が始まって少し経つと椅子は全部埋まり、さらに後から来た人たちは床に座って、結局80人以上にはなったかも・・・。
 また、このような集会は近年年配者ばかりが目立つのがふつうのようですが(反原発集会は別かも・・・)、今回は若い人たちの姿がわりと多く見られたのはけっこうなことでした。
 一方、石丸次郎氏の追っかけ(?)のような人も相当数いるようで(ヌルボもそうだって!?)、神戸や奈良からの参加者もいました。

 さて、本ブログでは一昨年(2010年)11月20日やはりアムネスティ主催で開かれた横浜での石丸氏の講演会についての報告記事を載せました。(→コチラと→コチラです。)

 今回もアムネスティの主催ということもあって、副題に「北朝鮮の人権改善に向けて私たちは何ができるか?」とあるように人権問題をメインとした講演です。

 石丸氏、まず最初に前回同様「北朝鮮に行ったことがある人は?」と訊ねてましたが、手を挙げた人は4~5人くらい。(石丸氏の言葉通り「やはり多いですね」。)
 講演の冒頭の語りも、ほぼ前回と同じ内容です。つまり、ポイントは次の2点。

①北朝鮮の人たちは、決して洗脳されたロボットのような存在ではない。 
②北朝鮮の人権問題を語る際、まず胸に手をおいて考えなければならないことは、「植民地支配とは何だったのか?」ということ。つまり「補償」「慰労」「謝罪」という課題がなされないままになっている、ということである。


 ・・・①について。この点から語り始めるということは、やはり多くの日本人が「北朝鮮人民=洗脳されたロボット」と誤解している現実があるからでしょうか? 石丸氏はこれまで約30年の間に800人くらいの北朝鮮難民・越境者と会ったが、彼らはなんとか変えたいという希望を持っている、とのことで、「(石丸氏自身としては)全然絶望していない」と語っていました。
 ・・・②について。会場で配布されたレジュメに「ややこしい朝鮮問題」との見出しで人道支援に熱心な人は、拉致問題、脱北問題に消極的、逆もまたしかり。ねじれ構造の克服が課題とあります。ヌルボが日頃はがゆく思っていることそのままです。政治的・思想的立場に由来する恣意的な解釈や独善的な主張、見たくないことは見ないという姿勢を排して、人権が脅かされている「さまざまな」事実を正視することが大切、とヌルボは理解しました。

※この講演では語られなかったのですが、「朝鮮学校の無償化問題」で私ヌルボは→コチラと→コチラの記事で無償化から朝鮮高校を除外することに反対しながらも「1.学校は、生徒に間違ったことを教えてはいけない。」「2.公的機関といっても、学校は政治(とくにその時の政権)のための道具になってはいけない。そのためにも、教育の自立性・自主性は尊重されなければならない。」という観点から無償化賛成派・反対派双方を批判しました。どちらの側に対しても批判する人が他にいるかな、と思っていたところ、それ以前に石丸氏が<アジアプレス>のサイト中でほぼ同内容の記事を載せていることに気づきました。(→コチラ。)
 「反対派は思想教育や総連の支配という負の部分をクローズアップしようとする傾向が強く、一方の賛成派には、「除外は差別」ということは主張しても、醜悪な独裁者崇拝教育の問題点には触れようとしない態度が多い。関心が高まっているこの機会に、朝鮮学校を無償化の内側に包摂しつつ、教育内容と学校の運営を改善していくにはどうしたらよいのか、タブーなく議論してほしいと思う。」と記しているのは、まさに同感。

 今回、とくに石丸氏が強調したのは、北朝鮮の独裁体制はスーパーウルトラ真性独裁であるということ。これは軍事独裁、プロレタリア独裁、宗教独裁等と異なる北朝鮮式絶対主義であり、これこそが人権侵害の根本要因である、とのことです。
 その独裁のシステムが唯一指導体系とよばれるものです。
 同義の「唯一思想体系」のための十大原則がレジメにありました(→参考)が、「唯一」「指導(領導)」するのは金日成・金正日だけということで、たとえばいかに有能でも、工場等で「指導者」はいてはならず、現場では「了解」するのみ。この体制や金父子への批判あるいは皮肉のような言葉を口にすると、密告等により管理所(収容所)に送られてしまいます。これは革命化(!)と称され、裁判のような手続きはありません。(※刑事犯が送られる所は教化所といいます。)
 北朝鮮では個々に誰かが誰かの監視任務を負わされているという疑心暗鬼にならざるを得ない体制で、また50~60世帯で構成される最末端組織の人民班が相互監視の役割を持たされています。
 この密告制度が、自分の職場等での「敵」を追い落とすために用いられたりすることもあるとか・・・。

 このような唯一指導体系が社会の発展を阻害していることは容易に理解されます。またこの体系を守るために、多くの酷い人権問題が起こるというわけです。

 ところが今、金正恩が権力を受け継いだ北朝鮮は「われわれは絶対に変わりません」と繰り返しています。これは唯一指導体系を変えないということで、人権状況の好転は期待できません。

 多くのメディアでは、金正恩が第1書記に就任したことで権力継承がなされたと報じていますが、石丸氏は「権力継承は今から始まる」とみています。
 北朝鮮の政策決定は(意外なことに)上意下達ではなく、ボトムアップ式で、金正恩の役目は下から上がってきた提議書の決裁をすること。しかし当然経験不足なので、今は金正恩唯一指導体系をつくるための「過渡的な側近集団指導体制」だとの分析です。

 講演会は、この後最近の北朝鮮の内情を伝える映像の上映と、それについての説明がありました。

 下に載せたのは、「リムジンガン」の第6号(2012年2月)に載っていた10歳のコッチェビ(浮浪児)の写真と、飢えてやせ細った兵士たちの写真です。上映されたのは、これらの元の動画です。

   
  【左は平安南道の市場(2011年2月)。子どもの顔が黒いのは焚火で暖をとる時に付いた煤のため。右も平安南道(2011年7月)。】


 石丸氏の説明でヌルボが(たぶん他の多くの人も)意外だったのは、食糧の絶対量は不足してはいない、ということ。このコッチェビのいるところは市場で、背景にはたしかにいろいろ食料が映っています。
 またコッチェビも見かけは汚れているが「けっこうふっくらしている」、つまり食べてはいる、ということです。市場に行けば物乞いをしたり、拾い食いをしたりできるのです。

 ただ、市場で食糧を得るには現金が必要です。コッチェビは「食べ物をめぐんで・・・」ではなく「お金をください」と言うそうです。

 今、厳しい飢餓状態にあるのは、商売をして金を稼ぐことも、物乞いもできず、市場(=食糧)にアクセスするすべのない兵士等だといいます。

 かつては、体制維持のために重要とされる軍隊・警察・行政機関幹部等は「優先配給対象者」とされて恵まれていたが経済不振により配給が滞るようになり、それにもかかわらず市場(=食糧)からは遠ざけられたままの状態で、慢性的に飢えるしかないということです。
※この点については、上掲の「リムジンガン」第6号に詳述されています。
※レジュメに次のような引用がありました。
 「厳しい飢餓が発生し続けていることは、民主的政治が制度としても実践としても欠如していることと密接に関連している」(アルマティア・セン「貧困と飢饉」より)

 この後、2年前の集会にも来られた脱北者の方から体験に基づいた話がありましたが、以下はつづきということにします。
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