窓辺に置いてあるひとり用のソファーに向かってルイが唸り出した。
かなり真剣だ。むしろ怯えている。
ぼくのそばにきてうずくまる。
「よし、わかった。サンキュー!」
ヤツがそのあたりに隠れているのを確信した。
ルイを遠ざけ、殺虫剤の缶をもってそっと近づくとソファーの背後に噴霧した。
ほんの数分前だった。
朝の4時過ぎ。まだ空はほんのわずか白んでいるだけだ。
ベランダへ出て雲のぐあいをたしかめる。
ルイの散歩に出かける時間を決めるためだ。
少し雲がある。5時に出かけようと決めて振り向き、部屋へ戻ろうとした。
開けたままの網戸の隙間から、ぼくより一瞬早く、正体不明の虫が翅を広げて飛び込んでいった。
部屋は明かりを消したままだったから虫の行方を見失った。
この数日、台所のコバエに手を焼いていた。
市販のトラップがまったく役立たない。
前日も新しい駆除剤を買ってきたばかりだった。
コバエどころではない。
飛び込んでいったのはゴキブリかもしれない。
ずっとゴキブリ知らずで生活してきた。もし、この部屋で繁殖してしまったら……。さすがにあわてた。
朝になったらゴキブリ用にトラップを買いにいこうと決める。
だから、ルイがかすかな音に反応して居場所を教えてくれたのはありがたかった。
殺虫剤をまいてからしばらくして探すと、すぐに転がっているのを見つけた。
ゴキブリではなかった。
これがカナブンなのか、それともコガネムシなのか、ぼくにはわからない。
毎年、夏になると1階のエントランスでよく見かけていた。
殺虫剤で瀕死の状態だった。
それでも飛ぶつもりなのか、翅を出そうとする。
かわいそうなことをしてしまった。
せめてもの供養にと階下の生垣に移してやった。
この虫のわずかな気配を感じとってくれたルイに、今夜はマグロの切り身でもおごってやろう。