今回は、「李朝 鉄釉 壺」の紹介です。
これは、昭和49年(1974年)に、今から50年前に買ったものです。
昭和49年(1974年)には、「伊万里 染付 草花文 油壺」も買っていて、それは、令和2年7月8日に、私の古伊万里コレクション第1号として紹介していますが、厳密に言いますと、この「李朝 鉄釉 壺」を買ったのは昭和49年(1974年)の4月で、「伊万里 染付 草花文 油壺」のほうを買ったのは、その半年後の昭和49年(1974年)の10月になります。
従いまして、この「李朝 鉄釉 壺」は、「伊万里 染付 草花文 油壺」よりも半年早く買っているわけで、また、私が買った始めての古陶磁でもあり、私の古陶磁コレクション第1号ともなりますので、私にとっては記念すべき陶磁器となります(^_^)
ということで、私を古陶磁の世界へと誘った、その「李朝 鉄釉 壺」なるものを、次に紹介致します。
李朝 鉄釉 壺
正面(仮定)
正面から右に約90度回転させた面
正面の反対面
正面から左に約90度回転させた面
口部分
かなりの歪みが見られます。
腰部(その1)
底に近い腰部には釉薬の掛かっていないところがあります。
腰部(その2)
底に近い腰部には釉薬の掛かっていないところがあります。
腰部(その3)
底に近い腰部には釉薬の掛かっていないところがあります。
斜め上から見たところ
内部
轆轤目が全面に見られ、一気に轆轤で引き上げて作られたことが分ります。
底面
高台部
高台は、底部を碁笥底状に削って作られ、碁笥底高台になっています。
生 産 地 : 朝鮮半島
製作年代: 朝鮮王朝時代・中期
サ イ ズ : 口径12.0~13.0cm 胴径21.0cm 底径9.5cm 高さ16.5~17.0cm (歪みがあるため)
これだけ透明感のある鉄釉壷は少ないです。しかも総釉。
底造りも変わっていますね。底板を入れ込んだようには見えません。むしろ、肥痩の大きい三日月高台に似ています。ひょっとして、底を削り出したのでしょうか。
少しゆがんだそろばん型は、花活けにぴったりだと思います。
奥様の出番ですね。
ありがとうございます(^_^)
総釉ですが、底近くに釉薬の掛け忘れ(わざと掛けなかった?)があります。
写真では、それが見えませんので、明日にでもその部分の写真を追加します。
また、底部ですが、この壺は、一気に轆轤で引き上げて作っているようです(これまた、内部底面の写真がありませんので分りませんよね。その状態が分るような写真が撮れれば、それも、明日にでも追加します)。
そして、底部を、碁笥底状に削っているようです。
以前は、花生けの数も少なかったせいもあって、よく妻はこの壺を使っていたようですが、最近では出番が少なくなりました。
今回、妻の目に付く所に引っ張り出してきて写真を撮ったりしていますので、また使い出すかもしれません(^-^*)
第一号の骨董は思い出深いですよね!
私もよく覚えてます(^^)
李朝と言えば白磁の様なイメージをもっていましたが、陶器っぽい地肌に綺麗に釉薬がかかっていてこのようなものもあるんですね!
出会い頭に一目惚れしそうな壺だと思いました(^^)
やはり、第1号となりますと思い出深いですね。この壺を見ると、その時の出会いを思い起こします。
古伊万里コレクション第1号の「伊万里 染付 草花文 油壺」もそうですが、この油壺のほうは、その後、私がコレクションの中心を「古伊万里」に特化していきましたから余計に思い出深いですね(^_^)
そうですよね。「李朝と言えば白磁の様なイメージ」ですよね。でも、李朝にはこのような民芸調のものもあるようです。
これから、数点、白磁の様な李朝ものを紹介しますね(^-^*) ご笑覧ください(^_^)
良いものからスタートしたと思います。
これまた、難しい古陶磁からのスタートでしたね。
当時、六古窯のものは難しく、また、とんでもなく高価でしたので、私には手が出ませんでした(><)
当時、六古窯、中国物、古九谷、柿右衛門、鍋島なども高価で手が出ませんでした。その点、李朝物で、このような民芸調のものは比較的に安かったものですから、手を出すことが出来たわけです(^_^)
padaさんは、初めての李朝は後期の面取り鉄釉壺でしたか。
当時は、李朝の鉄釉壺は、面取り壺よりも丸形のソロバン形のものの方が多かったように思いますが、、、?
記憶が定かではないですが、単なる丸形よりは、面取りの方が作るのに手間がかかりますし、形に変化もあり見所も多くなりますので、その分、少々高かったように思います、、、?
なお、この壺の製作年代を、売主の骨董屋が朝鮮王朝時代中期と言っていましたので、そのままに書きましたが、朝鮮王朝時代後期かもしれませんね。
確かに、面取り壺は丸壺より手間がかかりますが、例えばヤフー検索で、李朝飴釉壺と入れ、画像検索しますとズラズラと出てきて、面取り壺の方が多いのには驚きます。何故かと何時も思うのですが、食生活から来るのかもしれないと思いながらも決め手が見つかりません!
透明釉に極少の鉄分を加えれば青磁釉~もう少し加えれば天目釉~もっと加えれば飴釉~焼き物とは面白いですね。
さっそく、「李朝飴釉壺」と入力し、ヤフーで検索してみました。
ホント、殆どが面取り壺ですね。丸壺は少ないのですね。
そうですか。なるほど、食生活の関係から、面取り壺の方が需要が多いために多く作られ、結果的に面取り壺の方が多く残存しているのかもしれませんね(^_^)