今回は、「五彩 花鳥文 花瓶」の紹介です。
これは、平成3年に、東京の「全国古民具・骨董祭」で買ったものです。
この頃でも、まだ、気に入ったものに目が留まりますと、古伊万里以外の物でも、ちょこちょこと買っています。
もっとも、これは、ご覧のように、首部は失われ、高台部も失われ、それらの部分はきれいに削り取られてしまった無残な姿ではあったのですが、胴部に描かれた文様に魅せられて買ってしまったものです(~_~;)
でも、こんな陶片のような物を普通の人は買いませんよね(~_~;)
しかも、そんな陶片に近いような物なのにもかかわらず、当時34,000円もしたのですから、、、(~_~;)
まっ、私としては、コレクションの対象とするつもりで買ったのではなく、古陶磁全般の勉強用の教材のつもりで買ったわけですから、大傷ものでも許されるわけではありますが、、、。
とはいっても、その後、この器について特に勉強するわけでもなく、放りっぱなしにしていますので、いまだに、これの製作年代等についてはよく分かりません(~_~;)
中国の明末・清初の「南京赤絵」というものなのかな~と思っています。もしも、無傷であったなら、なかなかの物なのだろうな~とは思っています。
しかし、水は漏りませんから、妻が、ときどき、これに花を活けて楽しんでいます(^-^*)
傷はともかく、絵付けが見事ですので、それを見てやってください(^-^*)
なお、その絵付けをよく見てもらうために、しつこいほどに写真を多くしてアップしてみました(笑)。
五彩 花鳥文 花瓶(南京赤絵?)
正面(仮定)
正面の上部1/3部分
正面の中央部分
正面の下部1/3部分
正面から右に約90度回転させた面
正面から右に約90度回転させた面の上部1/3部分
正面から右に約90度回転させた面の中央部分
正面から右に約90度回転させた面の下部1/3部分
正面の反対面
正面の反対面の上部1/3部分
正面の反対面の中央部分
正面の反対面の下部1/3部分
正面から左に約90度回転させた面
正面から左に約90度回転させた面の上部1/3部分
正面から左に約90度回転させた面の中央部分
正面から左に約90度回転させた面の下部1/3部分
斜め上方から見た口縁部分
首部は破損したのか、その部分は削り取られ、綺麗に研磨されています。
内側面
底面
高台部は破損したのか、その部分は削り取られ、綺麗に研磨されています。
生 産 地 : 中国・景徳鎮 or 肥前・有田
製作年代: 中国・明末・清初 or 江戸時代前期
サ イ ズ : 口径6.0cm 胴径11.0cm 高さ18.6cm 底径7.0cm
追 記: 令和4年10月26日)
この記事をアップしてから、遅生さんから、
「胴継ぎしていないので、中国製ではなく、日本製のようにも思われます、、、。古九谷の五彩手の可能性は如何でしょうか、、?」
との趣旨のコメントをいただきました。
また、padaさんからも、
「胴継ぎがないので、中国製ではないように思われます。」
との趣旨のコメントもいただきました。
これらのコメントに接し、私も、これは、中国製ではないかもしれないと思うようになりました。
それで、この器の生産地と製作年代を次のように変更いたします。
「生 産 地 : 中国・景徳鎮 ーー→ 中国・景徳鎮 or 肥前・有田
製作年代: 中国・明末・清初? ーー→ 中国・明末・清初 or 江戸時代前期 」
ありがとうございます(^-^*)
「明末・清初という印象を強くしました」か。
私も、製作年代はその辺の年代かなと思っていましたので、ご賛同いただき嬉しいです(^-^*)
私の場合は、最初から古伊万里から入ったわけではなかったものですから、古伊万里以外の物にも惹かれるわけです。
でも、お金もなかったものですので、無傷完品を買えなかったものですから、傷物を買っていました。
それでも、なるべく、それほど傷が目立たないような物を買うことにはしていました。
これなども、花器として使えば、傷もそれほど目立たないですよね(^_^)
中国磁器はさっぱり判りませんが、一部に見られる中間色の緑が印象的で
適度に粗放な絵付けも明末・清初という印象を強くしました。
魅力的な品ですね!。
私も、ちょっと渋目の色が好きです(^_^)
この花瓶の肌合いは、「濁し手」の白い肌合いのものではないんです。まっ、言うなれば、普通の白磁の色ですね。
初代柿右衛門が作り出したと言われる「濁し手」の色は、米のとぎ汁のような白い色なんですね。
柿右衛門家で使用する赤色は、この花瓶に使用されているようなくすんだ赤ではなく、明るい赤なんですね。その明るい赤が、一層赤く映えるように工夫され、作り出された白い磁肌が「濁し手」と言われるものなんです。
そうした「濁し手」の中に描かれた鮮烈な明るい赤の色合いがヨーロッパの人々に愛されたようですね。
「濁し手」に描かれた明るい赤を基調とした器は主にヨーロッパ向けに作られ、このような、真っ白ではないボデーにちょっとくすんだような赤を基調とした器は主に国内富裕層向けに作られたと言われています。
>削り取られ きれいに研磨されています
とKさまの説明がなかったら 私レベルでは 最初からこの形だったと思ってしまいます。
ここに集まる皆様みたいな知識はなく素人が見たままの感想では
描かれた絵が 原色でなくやさしい色合いで 私はとても好きです。
10年ほど前になりますが こちらの美術館で 14代酒井田柿右衛門さんの講演がありました。
そのときの14代の話は『濁手』といわれる柿右衛門の色についての話で
濁手など初めて聞く名前でしたが とても印象に残っています。
今日のKさまの『五彩 花鳥文 花瓶』の柔らかな肌の色は あのとき14代が話した
濁手の色かな? とふと思いました。
私は、粉彩のことを詳しくは分からないのですが、乏しい私の知識からすると、やはり、五彩のような気はするんです。これが粉彩なのか五彩なのか、これも、疑問点の一つですね。
これの内側が良く見えるのもラッキーです。そのため、胴継ぎが無いのがよくわかります。
「中国の袋物についてはどの様な小さなものでも胴継がある」などといわれますから、その点から、これは中国のものではないと言えそうですよね。
でも、例外というのがあるのかな~と考えたりしますし、広い中国のことですから、胴継ぎをしないで袋物を作っていた窯場もあったのかな~などとも考えたりするわけです。
これまた、疑問点の一つですね。
また、首部の傷部を削り落して綺麗に研磨したことは分かりますし、元はどの様な首の形だったのかはなんとなく想像できますが、高台が元はどの様な形だったのかの想像が付きませんよね。
生産地を不明にするために故意に高台部を削り落としたとは思えないのですよね。やはり、傷になったため、傷部を綺麗に削り落としたと思われるんですよね。
ところが、それが、元々の高台部の形がどうだったのか、想像が付かないんですよね(~_~;)
ほんと、或いは、元々の高台部は、このような状態に近いものだったのかもしれませんね(^_^)
広い中国、まだまだ謎がいっぱいですね。
典型的なものは図録等に出ているのでしょうけれど、それ以外ですと、まだまだ明らかになっていない分野があるのかもしれませんね。
以上のことから考えますと、現時点での研究結果からは、或いは、これは中国物ではないのかな~、和物なのかな~などと夢想しているわけです、、、。
私としては、これが、古九谷様式の古伊万里であってほしいと切に願ってはいるのですが、、、(^-^*)
花瓶の内側が見えるのはラッキーで、それを見ると轆轤目がついていて一気に引き上げていますよね。中国の袋物についてはどの様な小さなものでも胴継があるなんて言われていますが、このサイズなのにそれが無い!不思議です。形ですが、首を落とし、高台も削ってと考えた時、高台を、この様に段差をつけて削るのは難しいのでは?と思います。と言う事で形は、ほとんどこのままだった?なんて考えましたが、この形~有ったのかなと考えた時、思いつかないんです。中国の陶磁器は本当に難解です。
そこに、これほどまでに絵を描いているんですよね。
それも、繊細すぎて神経質にならず、また、大雑把に描いているわけでもないのですよね。
相当に描き慣れているのでしょうね。
大きな花瓶に見えましたか。
ありがとうございます(^-^*)
私も、妻が、たまに、これを花生けに使っているところを見かけた時など、チラチラと見るのですが、何時も疑問に感じるのです。
買う時、これを売っていた業者が「これは南京赤絵です」と言ったので、その呪縛から逃れられないでいるわけです(~_~;)
遅生さんのコメントにありますように、青、緑、黄色、紫の赤以外の色絵は盛り上がっているんですよね。特に青の色の盛り上がりは相当なものなんです。また、色の調子も、特に青色と赤色は、私の好きな古九谷の青と赤に近いのです。
それに、遅生さんが言われますように、胴継ぎしないで、一気に轆轤でひきあげていますから、自重で潰れないように厚作りにしてありますので、かなり重くなっています。
そんなところからも、これは中国ものではないかもしれないな~とも思うわけです。
色の感じからは古九谷なんだけどな~とは思うのですが、絵柄は中国的なんですよね。
それに、私の勉強不足もあって、この手の古九谷を見かけないのですよね。
それで、私としては判断しかね、結局は、「これは古九谷ではない、中国ものだ!」と自分自身に言い聞かせてきているわけです。
まだまだ、研究の余地のある、夢のある器ですよね(^_^)
ありがとうございました(^-^*)
写真を見ると大きな花瓶に見えました。
どちらかというと、粉彩終盤の品?
それよりも、古九谷の五彩手の可能性は如何でしょうか。確かに、古九谷の濃密色釉ではなく、線も細いですが、中国に憧れてこのような品を作ったこともあり得るのではないでしょうか。
写真では内側がはっきりしませんが、胴継ぎではないように見えます。
これは、ひょっとしたらひょっとする。夢は大きく(^.^)
やはり、首と高台が無いと、バランスが悪いですものね。
でも、幸い、花を活ける際は、「首部分」は葉っぱで隠れて分かりませんし、「高台部分」はそれが無くとも、それほど気になりませんから、花生けとして使用する分には、それほど支障なく使えますので助かっています(^-^*)
底面に釉薬が掛かっていたのか、その釉薬まで削り取って研磨したのか分かりません(~_~;)
高台部分は、鑑定する際の重要な部分ですよね。
意図的に、生産地や製作年代を分からなくするために削り取って研磨したのではないとは思うのですが、ちょっと残念ですね(~_~;)
類品を、美術館や図録で調べればわかるかもしれません。
かすかな記憶なのですが、類品を東京国立博物館で観たような気がするのですが、、、。
もとも、それは、所有者の欲目というものでしょうね(笑)。
底面に釉薬が掛かっていないので地方窯のモノでしょうか?、それでもある程度の技術を保持しているのが中国陶磁器の魅力ですね。(時代は判りません!)