TPPについて考える(1)

2010-12-04 23:42:56 | 議会活動
最近環太平洋連携協定(TPP)について様々なところで論じられています。今回の議会にも農業団体から請願が出されています。そんな中、先日の信濃毎日新聞の「やさしい経済ゼミ」というコラムでわかりやすく解説されていましたので掲載します。

環太平洋連携協定(TPP)-国内農業に影響懸念(信濃毎日新聞より)

政府が環太平洋連携協定(TPP)の協議入りを決めるなど貿易自由化への動きが強まる中、国内農業への影響を懸念する声も強まっている。テレビのニュースを見ていた中学生の慎二君は大学で経済学を学ぶ兄の良一さんに聞いてみた。

■慎二 TPPって何のこと。
■良一 海外からの商品には輸入の際に関税がかかり、その分値段は割高になる。国内で同じ商品を生産している産業を守っているんだ。だけど、そんな状態を続けるより、それぞれの国で得意な分野を伸ばした方が世界全体では効率的だ。途上国の産業を活性化することにもつながる。貿易を活発にして互いに成長するため、関税をなくしていこうという機運が高まったんだ。その中でも、太平洋に面した複数の国の間で関税の全面撤廃を取り決めしようというのがTPP。得意の自動車や家電を輸出しやすくなるから産業界は賛成なんだ。

■慎二 農家は反対だってね。
■良一 日本はコメを中心に特定の農産物に高い関税をかけて、安い海外の農産物から国内の農業を保護してきた。これまでもタイやメキシコなどとの経済連携協定(EPA)で市場開放を進めてきたけれど、コメなどは例外扱いだ。

■慎二 今回も例外扱いできないの。
■良一 TPPは原則、例外なしが前提だ。先行する国々の間の協定で、一部例外扱いが認められたこともあるけど、かなり難しいみたいだ。

■慎二 TPPに参加したら日本の農業はどうなるの。
■良一 海外の安い農産物が今よりも入ってくる。例えば外国産米の価格は、日本のコメの4分の1程度。国は関税の代わりに農家に直接、補助金を支払ったり、生産の効率化を進めて経営を強化するつもりだけれど、おいしさや安心して食べられる安全性などで独自性を出せないと、先行きは厳しそうだ。

■慎二 そういう懸念にもかかわらず、議論が始まったね。
■良一 日本は優れた工業製品を海外に輸出することで成長を続けてきた貿易立国。ところが強力なライバルの韓国などは日本の得意先の欧米などとの貿易自由化交渉を進めている。さらに米国などがTPP交渉への参加を表明、日本は後れを取ってしまうと心配しているんだ。

■慎二 どうすればいいのかな。
■良一 慎二も毎日ご飯を食べるだろう。農産物は単なる商品じゃなく、生きていく上で欠かせない。国内で一定量の生産を確保する必要があるとされているよ。TPPに参加する場合、農業支援に巨額の予算が必要だけど財源をどうするのか。将来の日本のあるべき姿についての国民的な議論が必要なんだ。

人権尊重市民の集い

2010-12-04 22:51:15 | 議会活動

人権啓発作品の表彰式が行なわれました。

猿舞座の講演と伝承芸能の猿まわしがありました。

12月5日は、午後から中央公民館で人権尊重のまちづくり市民の集いがあり、大勢の市民の方が参加されました。最初に人権啓発作品の表彰式があり、市長が一人ひとりに直接表彰状を手渡していました。その後、30年前に山口県で猿まわし芸として結成された「猿舞座」の伝承芸能の講演がありました。猿使いの方とお猿さんの絶妙のコンビで様々な芸を見せていただきました。

猿舞座は「本仕込み」と呼ばれる、猿と人間との仲間的な関係を大切にする手法でお猿さんに芸を教えているそうです。無理に芸をやらせるのではなく、猿の自主性を重んじて芸を披露するやり方に猿使いの方のあたたかな人間性を感じました。会場と猿回しの方、そしてお猿さんが一体となって会場を盛り上げていただきました。とても楽しいひと時を過ごすことができました。

帰りに市役所本庁舎に、今日表彰された標語「あいさつで 笑顔交わして 心も交わそう!」が横断幕になって掲示されていました。

川上村からおひさまの視察

2010-12-04 03:45:56 | 議会活動

川上村から宅幼老所「おひさま」を視察にお見えになりました。

12月3日は一日多忙でした。昼食を取りながら「太陽と風の会」の会派の打ち合わせがありました。来週から始まる定例会に向けての調整、1月の議員研修の打ち合わせなどです。

午後から宅幼老所「おひさま」へまわりました。川上村から議員さんや村の職員の方など、大勢の方が視察にお見えになり私も挨拶をしました。途中から花岡市長も参加され挨拶をしていただきました。川上村は若い農業後継者が育っていますが、宅幼老所の建設を検討しているところだそうです。次の予定があり途中で退席させていただきました。

一般質問に関して農林課ではB級グルメについて、企画課ではパブリックコメントについてヒアリングをしました。B級グルメは佐久市や佐久商工会議所が熱心に取り組んでいます。来週ヒアリングを予定しています。

今回の一般質問通告者は11名だそうです。私は6番目ですから15日の一番最後、たぶん3時半から4時頃になりそうです。

「善き臨終」を考える

2010-12-04 01:42:54 | 雑感

講演会には70名もの市民の方が参加されました。

講師は川瀬医師です。

12月2日の午後は福祉センターの講堂で「東御市民病院と要望を語る会」結成3周年の記念講演会「善き臨終」が開かれました。講師は日頃市民病院でお世話になっている川瀬医師です。私の主治医でもあります。テーマがテーマでありどれだけの方がお見えになるか心配していたのですが、それでも定刻には準備したイスがいっぱいになりました。

お話しはプロジェクターを使って、「何で死にたいですか」という問いかけから始まりました。私はピンピンコロリがいいと思っていたのですが先生のお話では「癌」が狙い目だとか。亡くなるまでの間は頭もはっきりしており、死ぬための準備ができるからだそうです。次に「何才で亡くなりたいですか」との質問がありました。人並みということであれば平均寿命が目標でしょうか。

そんな怖いお話から始まった講演はとても分かりやすいものでした。死ぬときはまわりに家族がいてほしい、病院ではなくいつも過ごしている自宅で死にたい、そのためには日頃から家族とじっくり話す時間を持つこと、医者や病院は死ぬ時にはいらないなどなど。

お話しをお聞きしていて両親のことを考えていました。父は2ヶ月の闘病生活の中で病院で亡くなりました。父はいつも家に帰りたいと言っていましたが治療のためには病院で見てもらうしかありませんでした。一度父の願いをかなえるために看護師さんに相談し、携帯型の酸素ボンベを手配してもらい一晩自宅で過ごすことができました。しかしそれも途中で体調を悪化させ、自宅でゆっくりするというには程遠いものでした。

父が亡くなったのは4月6日の朝でした。あたりは春の雪で真っ白でした。父の体調が思わしくなく、私は前日から泊り込んでいました。前日は父と一晩過ごしましたが、もう話しのできる状態ではありませんでした。明け方眠るように父は旅立って行きました。前日にお見舞いに来てくれた兄夫婦は、当日早く横浜に帰ったのですが訃報でとんぼ返りになりました。弟もお見舞いに来てくれお別れもできました。病院の皆さんにもとても良くしていただき悔いはありませんが、家で看取れなかったのが残念でした。

それから3年ほどして母が4月16日に亡くなりました。父のことがあったので母は自宅でという思いがありました。しかしそれはたやすいことではありませんでした。亡くなる前の年、母はディサービスで疥癬に感染しました。母をお風呂に入れよく洗って薬を全身に塗りこむ作業は私と妻との二人係りでも大変でした。私達も感染しないように完全防備し汗だくになりました。

その後1月に嚥下障害を起こし食べ物が取れなくなり市民病院に入院しました。そんな中病院から胃漏(いろう)にするかどうかの判断を求められました。食べ物が口から取れないので胃に穴を開けて流動食を入れるというのです。父のこともあり基本的には延命治療はしたくないと思っていたのですが正直悩みました。結果として以前からあった胃癌の腫瘍が大きくなり、胃漏の手術ができず取りやめになりました。

それから母は亡くなるまで点滴だけで過ごしました。幸い体調も安定していたこともあり、市民病院の支援とかかりつけ医の協力により3月始めから自宅介護になりました。自宅介護には不安がありましたが、家族の協力と病院関係者の支援、ヘルパーさんの応援があったからできました。特にケアマネさんには何かとご配慮いただきとてもありがたかったです。

母が亡くなった日の夜は職場のお花見でした。そこに娘から緊急の電話が入り母の危篤を知りました。母も娘もそれぞれ精一杯看取ってくれたので後悔はありませんでした。兄や弟、そして孫達には何度もお見舞いに来ていただき、十分にお別れができたと思います。そばにいたのは家族だけでした。

私の経験からも川瀬先生のお話は納得できるものでした。しかし誰でも自宅で家族に囲まれて旅立つことができるわけではありません。何よりも家族が介護を支えることができるかが問題です。離れて暮らしていたり、仕事の関係でお休みが取れなかったり、住宅環境が悪かったりすれば自宅介護の気持ちはあってもできません。医療機関のサポートも欠かせません。ヘルパーさんの協力も必要です。

会場に思いがけなくお世話になったケアマネさんがいらっしゃり、久しぶりで挨拶をさせていただきました。ありがとうございました。

誰でも希望すれば自宅介護ができるような仕組みができればいいと思います。そのためには行政はもちろん、医療機関も、そしてなによりも市民自身の取り組みが必要です。とても考えさせるお話しでした。

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