銀行を退職して1年になります

2009-09-30 22:51:57 | 雑感
今日で9月は終わりです。明日は10月1日。いよいよ秋本番とでもいうのでしょうか。スポーツの秋、食欲の秋、読書の秋、芸術の秋・・・。いろいろな秋があります。皆さんの秋はどれでしょうか。

さて、私が34年間勤務していた銀行を退職してからちょうど1年になります。市議会議員選挙への出馬を決意したのが8月上旬、それから引継ぎを行い9月末で退職しました。

しかし銀行員といっても私の銀行員としての本来のキャリアは半分にすぎません。34年間のうち18年間は銀行業務を離れて仕事をしてきました。退職する直前まで勤務していた銀行系列のシンクタンクでは、調査研究・経営相談・人材教育・コンサルタントなどの仕事を行ってきました。それ以前にもやはり銀行系のコンピュータ会社に勤務していたこともあります。そこでは今で言うところのインターネットバンキングの仕事を行っていました。銀行員らしからぬ銀行員とでも言えるでしょうか。

そんな経験がいま役に立っていると感じています。私自身、きわめて非政治的な人間ですが、これまで銀行で培ってきた金融や財務の知識、コンピュータ会社での情報処理の経験、シンクタンクで身に着けたコンサルタントとしての実績は市会議員としての仕事にとってきわめて有益なものとなっています。何の経験もなく政治の世界に飛び込みましたが、これまで身に着けてきた様々なことがらが今の自分を助けてくれていると感じています。

人生にとって無駄なものなど何一つありません。そんな意味で、私に様々な経験をさせてくれた銀行に感謝しています。また私を議会に押し出していただいた支持者の皆様に感謝しています。これからも一日一日、市民の目線に立って考え、発言し、行動することを肝に銘じて頑張って行きたいと思います。

要望を語る会がありました

2009-09-30 05:29:42 | 病院改革
29日の午後、市民病院に要望を語る会があり市民病院へ出かけました。私も3月から語る会に出させていただいています。今回で4回目です。

今回の語る会では5月から広報委員会で検討してきた広報紙「要望を語る会だより」がご披露されました。A4版カラーの本格的なもので、黄色を基調とした温かみのある装丁になっています。文字も大きくレイアウトも工夫され、とても読みやすいおたよりです。

1面は血液透析病床増設・院内助産所の記事、「病院は市民の財産・宝」という世話人さんの手記、2・3面は病院への要望を語る会のレポート、そして4面は院内助産所についての助産師さんからの寄稿とこれまでの語る会の活動の経過など、多彩な情報が手際よく配置されています。

巨峰まつりで配布したり、趣味の会で配ったり、公民館などの公共施設に置かせていただいたりしていますが、反響は良好とのことでした。心配された発行資金も皆さんからたくさんの寄付が集まったそうです。

今回の語る会では会の名称のことが話題になりました。「要望を語る」ということが苦情だけを言い立てるクレーマーのように思われると言うのです。確かにいま医療現場では自己の権利だけを主張する「モンスター・ペイシェント」(怪獣のような患者さん)が問題になっています。市民と病院双方がお互いに力を合わせてより良い医療を実現する、建設的な名称がいいのではないかとの提案でした。

病院からは医師の厳しい労働環境が紹介されました。この日参加されていた医師も30時間勤務だと言っていました。当直も月に6回あり、緊急医療の当番になったときなどは上田小県から救急車が集中し寝れない状況になるそうです。この日も出席していた医師は携帯で呼び出され3回席をはずしました。

市民と医師と職員の信頼関係がなければ良い医療はできません。お互いに理解しあうことが大切だと感じます。次回の語る会は11月24日(火)5時からです。お医者さんからの話を聞こうということで時間を遅らせました。多くの方が参加されることを願っています。

運動会に参加しました

2009-09-28 18:09:20 | 雑感
26日は滋野小学校の運動会でした。朝から好天に恵まれ、絶好の運動会日和でした。小学校の運動会に参加するのは何年ぶりでしょうか。子育て時代は仕事が忙しくて子供たちの運動会に参加したことなど数えるほどでしたので、本当に新鮮な感動でした。来賓には花岡市長はじめ教育委員、区長の皆さん、民生委員の方々、老人会の皆さんなど多くの方々がお見えでした。

子供たちの応援合戦はとても元気がよく、かけっこはみんな真剣に走っていました。竹引きや騎馬戦などは迫力がありました。玉入れや綱引きなどは進行に工夫が凝らされ興味深く見させていただきました。

私も来賓の方々と大玉送りに出させていただきました。結果は一勝一敗の引き分け。私は大玉の運搬役を行いました。大玉を行列まで運び、列の外側を走り、列の最後尾で大玉を受け取り、折り返し点を回り、再度行列まで運び、最前列まで先回りをし、大玉を受け取って定位置に戻す。書けばたいしたことではありませんがさすがに運動不足の身にこたえました。久しぶりに思いっきり走りました。最初市長が行ったのですが大変だと言うのでバトンタッチ。その大変さを実感しました。それにしてもこんな運動を日頃行っている先生方の体力に脱帽です。

まわりではではお父さんやお母さん、おじいちゃんやおばあちゃんなどご家族の皆さんが熱心に応援していました。昼の休憩には体育館や校庭のまわりで子供さんと一緒にお弁当を開いていました。

昔は運動会は村の大きな行事でした。私が小学生の頃、滋野中学校がいまの保育園の場所にあり、運動会はいつも合同で開催していました。村総出で家族全員で参加しました。お昼は大好物のおいなりさんとのり巻き。待ちきれなかったことを思い出します。

子供たちの成長を実感できた一日でした。先生方、PTAの皆さんご苦労様でした。

成功は失敗のもと?

2009-09-27 00:23:58 | 雑感
「成功は失敗のもとです」などと言ったらあなたはどう思いますか。「それって失敗は成功のもとの間違いじゃない?」と思われるでしょうか。そうではないんですね。実は成功体験こそ失敗するもととなるんですね。聖書の言葉に「新しき酒は新しき皮袋に注げ」という言葉があります。新しいことをするのであれば新しい場所や新しい環境が必要なのです。

東御市は長野県内でも巨峰の一大産地になっています。巨峰は昭和の始め、豪州系の大粒の品種に日本在来の品種を交配して作ったものです。しかしきわめて栽培が難しく収量も不安定で、専門家からは栽培価値がないとまで酷評されていました。そんな中、ブドウ栽培では後進の旧東部町では巨峰の栽培に取り組み始めました。そして大変な努力を重ね、徐々に栽培技術を向上させ産地を形成するまでになって行きました。いま中野・須坂にも巨峰栽培が広がり、長野県の巨峰栽培は全国一となっています。

それまで長野県内にはブドウ産地としては塩尻・桔梗ヶ原のコンコード、松本・山辺のデラウェアがありましたが、いずれも巨峰の栽培には手を出しませんでした。難しい巨峰にあえて挑戦したのは養蚕がすたれ、新しい商品作物を探していた旧東部町でした。そして大変な苦労を重ね徐々に市場の信頼も得て、「東部町の巨峰」というブランドを獲得したのです。

ひるがえっていまはどうでしょうか。マーケットが新しい品種を求めているのに、いつまでも巨峰の成功体験が忘れられず新しい品種への転換が進まないでいます。いま果敢に新しい品種への転換を進めているのは県外からやってきた新規就農者の皆さんです。

これまでの成功体験は「巨峰の単一栽培」「4キロ箱での販売」「市場出荷」です。しかしいま消費者は様々な味のブドウを求めています。ご夫婦だけの世帯に4キロ箱は多すぎます。最近では2キロや3キロが増えてきています。市場に頼るのではなく自分でお客さんを獲得し自売りすることが求められています。すなわち新しい品種、新しい販売方法、新しい販売ルートが求められているのです。

成功体験が次への取り組みを遅らせて来ましたが、いま新しい取り組みが始まっています。わが家も巨峰農家の一員として頑張って行きたいと思っています。

9月議会が終わりました

2009-09-26 23:34:13 | 議会活動
9月1日から始まった議会も25日に終了しました。午後1時半から始まった議会ではそれぞれの常任委員長の報告があり一般会計・特別会計の平成20年度決算案、条例改正案はいずれも可決・承認されました。

採択された陳情・請願は「国に対する補正予算未執行部分の早期執行を求める意見書」「義務教育国庫負担金制度の堅持を求める請願」「国直轄事業負担金に係る陳情」「保険でよりよい歯科医療実現を求める意見書」「ヒブワクチンの早期定期予防接種化を求める陳情」などでした。

賛否が分かれたのは「30人学級の中学校全学年への早期拡大を求める請願」でした。現在中学校では40人学級が行われています。子供たちの不登校の問題や、子供たち一人ひとりに対するきめ細かな指導の面から考えると30人学級は理想です。昨年の12月議会の一般質問で、私は中1ギャップ解消のために2年生になっても教員の加配を継続してほしいと述べました。駒ヶ根・大町。安曇野・伊那の各市では採択されており、世の中は30人学級実現に向けて動き出しています。こうした点から私は請願が採択されることを願ったのですが賛同者が少なく不採択になってしまい残念でした。

今回の議会は私にとって定例会として4回目であり初の決算議会でした。社会福祉委員会の審査では担当者から決算について説明を受け、不明な点については質問をし、同僚議員と話し合い、とても得ることの多い議会でした。また単に決算数字の細かい内容を問題にするのではなく、大局的な観点からその施策が市民益にかなうものかどうかを見極めるということの大切さを感じました。

夜、社会福祉委員会と市の担当部局との懇親会がありました。日頃お世話になっている職員の皆さんと一緒にお酒を酌み交わし、今後の市政のあり方を語り合い、交流を深めました。馴れ合うというのではありません。胸襟を開いてお互いに理解しあわなければ良い仕事はできません。一歩一歩着実に歩んで行きたいと思っています。

金婚祝賀式に参加しました

2009-09-23 00:08:34 | 議会活動
22日は午後から中央公民館で金婚祝賀式が行われました。金婚式を迎えられた44組のご夫婦が招待され、市長と老人会長から慶祝状が授与されました。金婚式を迎えられた皆様、誠におめでとうございます。

今回金婚式を迎えられた皆様が結婚されたのは昭和35年(1960年)です。この年、日米安全保障条約が締結され、反対運動が激化しました。岸内閣が倒れ池田内閣が誕生し所得倍増政策を提唱、高度経済成長が進められました。当時人口は9300万人。ダッコちゃんブームもこの年です。西田佐知子のアカシヤの雨がやむとき、橋幸夫の潮来笠がヒットしたのもこの年でした。東京オリンピックはこの4年後でした。

日本が経済成長に向かってひた走りに走る、そのスタートラインに立った時が昭和35年でした。金婚式を迎えられた皆様は終戦時小学生。それから15年たち結婚当時は戦争の傷跡も徐々に癒され生活も落ち着きを取り戻していました。そして高度経済成長が始まります。まさに現在の日本の基礎を築かれたといえるでしょう

今回出席された知人はブドウ農家の現役です。ゴルフやスキーをこなすスポーツマンの方もいらっしゃいます。皆さんはつらつとしていらっしゃいます。これからもお二人でいたわりあって、いつまでもお元気でご活躍されることを願っています。

やはりくるみのおはぎは美味しい

2009-09-21 21:17:37 | 趣味・野良仕事
シルバーウィークに東京に住んでいる弟がブドウ出荷のお手伝いに来てくれました。今日も朝から巨峰を取りに行きました。市場はお休みなのですがお客様からの注文がありましたので宅配便で発送しました。

午後お彼岸のお墓参りのあと、サンテラスホールで開かれていた「ものづくり展」に行きました。この地域で実に多彩なものづくりが行われていることは驚きでした。それも一つひとつが個性的で完成度が高い作品ばかりでした。ちょうど良い機会だからということで丸山晩霞記念館も見学しました。

その後、梅野美術館の「ねこまみれ」展を見に行きました。わが家の家族は大の猫好きです。猫まみれと聞いて黙ってはいられません。ちょうどイベントの「能」が終わったあとでした。展覧会では様々な場面での猫たちの愛らしいしぐさが、ひとつひとつていねいに描写されていました。やはりみんな猫が好きなんですね。

それにしても美術館から見た浅間山は秀逸です。一緒に行った弟も息子も妻も感動していました。

自宅に帰ってからくるみを割っておはぎをつくりみんなで食べました。とても美味しかったです。

東御市の財布は大丈夫?(続き)

2009-09-20 23:21:55 | 議会活動
財政指標についてもう少し考えたいと思います。あの夕張市が財政破綻した際、大きな問題になったのは第三セクターの会計でした。赤字は第三セクターにつけまわされ、一般会計としては黒字で処理していました。このため問題の表面化が遅れたのです。こうした教訓から一般会計や特別会計だけでなく、第三セクターを含めた連結会計が重視されることになったのです。「実質公債費比率」や「将来負担比率」が第三セクターを含めて考えるのはこのためです。

それでは東御市においてはどうでしょうか。東御市には土地開発公社がありますが多くの不良債権を抱えています。かつて土地開発公社は行政の要請にもとづいて東部湯の丸インター流通団地を先行取得してきました。しかしバブルの崩壊の中で土地は売れず十数年にわたって塩漬けになっています。その間土地価格は際限なく下落し、借金は膨れ上がってきています。その結果、抱える借金に対して保有土地の資産価値は下落し、いわゆる債務超過が発生しています。

すなわち1万円の借金をして1万円の土地を買ったところが土地価格が下落して5千円になってしまった。この土地を売って借金を返す予定であったが土地が売れても5千円の借金は残ったままになる。これを債務超過といいます。まさにこの状態が土地開発公社なのです。

いま行政はこの状況を何とかしたいと考え、土地開発公社から当該土地の買戻しを行っています。行政の要請にもとづいて土地開発公社が土地を購入したのだから、市が買い戻すことが当然だというのです。すなわち5千円の土地を1万円で買うのです。資産価値が5千円しかない土地を1万円という法外な値段で買い取ることは市民感情としてどうなのでしょうか。

それでは購入した土地はどうするのでしょうか。土地開発公社が販売に力をつくしたにもかかわらず売れなかったのです。売れるわけがありません。そのうち不用土地としてその時の時価で払い下げになるのでしょう。たとえば1万円で買って5千円で払い下げになるとすればまるまる5千円の損失になります。しかしその時はその土地がどのような経過で購入するにいたったか知っている人は誰もいなくなっているでしょう。こうして債務超過は市民の税金で解消されることになるのです。

このように第三セクターが抱える債務超過は一般会計からはうかがい知ることができません。ここにメスをいれないと行政の健全性を維持することも難しいのではないかと思うのです。

東御市の財布は大丈夫?

2009-09-19 22:17:56 | 政治・経済・社会
9月19日の信濃毎日新聞に「実質公債費比率0.4ポイント改善」という記事と年内市町村の財政指標が掲載されました。何のことかわからなかった方も多かったのではないでしょうか。これは自治体財政健全化法によるもので、財政破綻をきたした北海道夕張市の経験から設けられた制度です。それによれば自治体財政の健全化判断比率として「実質赤字比率」「連結実質赤字比率」「実質公債費比率」「将来負担比率」の4つの指標の公表が義務付けられています。

このうち実質公債比率とは自治体の収入のうち借金の返済にどのくらいのお金を使っているかという指標です。これは自治体財政の一般会計だけでなく、上下水道や病院などの特別会計などの借金も含めています。

東御市の実質公債費比率は16%で県下19市中15位でした。すなわち収入の中の16%を借金返済にあてているということになります。この比率が高くなると市民生活に使えるお金が少なくなります。

この指標は25%以下であることが求められています。これを上回ると国から財政健全化計画の作成が義務付けられます。県内の場合これを上回っているのは木曽の王滝村で32.1%で過去に行った村営スキー場への投資が足を引っ張っています。これに泰阜村が24.0%、根羽村22.0%となっています。

将来負担比率とは自治体が借りているもろもろの借金が年収の何%を占めているか示したものです。東御市は109.4%で県下自治体の中で13位でした。昨年は114.8%でしたからやや好転しています。

佐久市は借金をしていても貯金が多かったので将来負担比率はカウントされませんでした。これに対し伊那市は180.4%と県下最低でした。原因は駅前の再開発ビルや上下水道への投資だそうです。

わが街の場合いまのところ財政は大丈夫です。しかしこれから舞台が丘再開発事業や保育園の建設などが予定されています。しっかりチェックすることが必要です。

巨峰の王国祭り開催

2009-09-19 21:18:21 | 議会活動
9月19日は巨峰の王国祭りの初日でした。9時から中央公園の芝生広場で開催された開国式に出席しました。引き続き東御市観光親善大使の任命式が行われ、東関部屋の元高見山関が就任されました。高見山関と東御市は旧東部町時代から交流を深めてきており、今後の活躍を期待しています。その後祢津の城山と八重原の外城との狼煙(のろし)の交信が行われました。

会場では巨峰の無料配布があったり、おやきやおそばなど地元の食材が販売されたり、農業機械の展示会があったり、たくさんの人でにぎわっていました。巨峰もたくさん売れていました。

午後は上田で開催された「地域医療をともに考えるシンポジウム」に参加しました。基調講演は千葉県東金市のNPO法人「地域医療を育てる会」の藤本晴枝さんのお話でした。藤本さんは「いま病院が病んでいる、住民自身何ができるか考えよう」と地域医療に取り組んだご自身の経験を話してくれました。

藤本さんはとても素敵な女性でした。笑顔を絶やさず、優しいことばで淡々とお話になりました。これまで藤本さんのことは本やテレビで知っていましたが、直接お話をお聞きしたいと思っていたのでとても良かったです。病院と市民と行政と福祉がともに支えあう素敵な関係が構築できればと思いました。

会場は大勢の方でいっぱいでした。会場では市民病院への要望を語る会のメンバーの方、東御市の職員の方、親戚の女性など様々な方にお会いしました。地域医療について様々な立場で考えている方がいるのだと感じました。

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