昨年の暮、大掃除をしている時、NHKのラジオ放送で渡辺憲司先生の話を聞く機会がありました。渡辺先生は埼玉県の立教新座中学・高校の名物校長先生です。あの3.11の大災害の中でほかの多くの学校同様、立教新座中学・高校の卒業式は中止となりました。しかし渡辺先生は「卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ」というメッセージを送り、卒業される生徒の皆さんを激励しました。
そのメッセージがネットを通じて評判になりこのラジオでも取り上げられたものです。聴いていて私自身心を打たれました。しばらく大掃除の手を休めて聞き入ってしまいました。あの大震災を前にして何をなすべきなのか、これからの自分の人生をどう考えるべきなのか問いかけています。
以下に立教高校へリンクを張っておきましたのでぜひクリックしてお読みいただければと思います。●メッセージ「卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ」
渡辺先生は「大学に行くとは、『海を見る自由』を得るためなのではないか」と問いかけています。「言葉を変えるならば、『立ち止まる自由』を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい」と続けます。
そして「悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない」と述べます。
「時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。
いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。
いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。
海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ」と続けます。
そして最後に「巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ」と結んでいます。
私は日本の若者があの3・11をしっかりと受け止め、そこで得たものをこれからの人生に活かしていってほしいと思います。そして日本の若者はそうした期待に十分応えてくれるものと確信しています。渡辺先生の熱い思いを伝えて行きたいと思います。
そのメッセージがネットを通じて評判になりこのラジオでも取り上げられたものです。聴いていて私自身心を打たれました。しばらく大掃除の手を休めて聞き入ってしまいました。あの大震災を前にして何をなすべきなのか、これからの自分の人生をどう考えるべきなのか問いかけています。
以下に立教高校へリンクを張っておきましたのでぜひクリックしてお読みいただければと思います。●メッセージ「卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ」
渡辺先生は「大学に行くとは、『海を見る自由』を得るためなのではないか」と問いかけています。「言葉を変えるならば、『立ち止まる自由』を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい」と続けます。
そして「悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない」と述べます。
「時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。
いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。
いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。
海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ」と続けます。
そして最後に「巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ」と結んでいます。
私は日本の若者があの3・11をしっかりと受け止め、そこで得たものをこれからの人生に活かしていってほしいと思います。そして日本の若者はそうした期待に十分応えてくれるものと確信しています。渡辺先生の熱い思いを伝えて行きたいと思います。