滋野ガイドブックの撮影です

2011-10-18 09:46:28 | 雑感
17日は好天に恵まれ滋野ガイドブック作成のための撮影を行いました。これは滋野地区を紹介するための写真集ともいえるものです。すでに同じような事業が祢津(ねつ)地区、和(かのう)地区、北御牧(きたみまき)地区で取り組まれ、それぞれ素晴らしい写真集ができあがっています。

私はその事務局を仰せつかり、今年1年かけ地元の写真愛好家の協力のもと写真を撮影しています。先月は桜井、片羽集落を撮影し、今回は赤岩集落です。赤岩集落は赤岩本郷と赤岩新田の2地区に分かれています。本郷は千曲川の河岸段丘の上にあり、北側をしなの鉄道が通っており、かつては北国街道も通っていた歴史ある集落です。


赤岩を語る時、まず最初に語らなければならないのは長野県の文化財にも指定されている江戸時代の刀工、山浦貞雄・清麿兄弟の工房跡です。


山浦貞雄は江戸末期松代藩の刀工として活躍、弟の清麿も江戸で刀工として活躍しています。


赤岩神社です。赤岩の集落の崖の下にあります。


千曲川沿いのマレットゴルフ場です。赤岩の皆さんのいこいの広場で5月には「つけば会」が行われます。つけばとは川で取った魚をその場で焼いて食べる野趣満点の行事です。毎年ご招待されおいしい川魚に舌鼓を打っています。


この山は千曲川対岸の布引の崖です。崖の中腹にある一筋の白い岩がお分かりでしょうか。これは善光寺に伝わるに出てくる「牛に引かれて善光寺参り」の牛が角に引っ掛けた布だといわれています。

私はあの伝説は川向こうの布下の集落のことだと思っていましたが、地元の古老のお話では赤岩の往生坂に住んでいた老婆のことだというのです。往生坂とは集落から千曲川の河原に降りる坂のことでいまでは道も定かではありません。

往生とは亡くなることを意味しています。往生するときに善光寺如来にすがるということでなんとなくそれらしく聞こえます。ガイドブックの中にどのように折り込んだらいいか考えなければなりません。

これを書くにあたりネットで「牛に引かれて善光寺参り」の伝説をいくつか検索して見ましたが、牛が角にかけて持ち去った布が岩になったと書いてあるものはありませんでした。この岩のことを記さなければこの伝説発祥がなぜ東信のこの地なのか説明がつきません。布引観音はその後建てられたとされています。

岸壁の岩肌にひとすじ、ちょうど布がひるがえっているように見える布引岩の存在がこの伝説を産んだのでしょう。その地も往生坂とは出来すぎの観があります。


赤岩の集落は千曲川の河岸段丘の上にあります。最近がけが崩れたため長野県で大規模な修復工事が行われました。


赤岩新田にある筆塚です。かつてここに寺子屋があったそうです。


赤岩新田の個人のお宅にある古墳です。個人の所有地にある古墳は珍しいのではないでしょうか。

議会だよりを配り始めました

2011-10-16 00:20:19 | 議会だより


13日から私の「議会だより」の配布を始めました。前回配ったのは7月でしたので3ヶ月ぶりです。前回はちょうどぶどうの作業で忙しくなかなか時間がとれず8月上旬までかかってしましました。

昨年は10月11日から配り始め28日まで18日間かかりました。仕事の合間合間をみて配るのでなかなか時間がかかります。

13日は私の住んでいる中屋敷、14日は乙女平、王子平を配りました。あわせて460部が終わりました。15日は一日ぶどうの仕事で時間がとれません。できるだけ時間を見つけて配り終えたいと思っています。

乙女平で鮮やかな紫色に染まった紫式部を見つけました。季節の移ろいを感じますね。

夏の観光入込み、湯の丸が一番

2011-10-14 14:04:01 | 議会活動
今年の夏の入込み客数が長野県から発表されました。この調査は今年の7月・8月の2ヶ月間を対象に実施したもので、期間中の県内観光客延べ人数は1944万5000人で前年比104.5%。調査した55ヶ所のうち増加した観光地は40ヶ所、昨年並は1ヶ所、減少は14ヶ所だったそうです。

そんな中で東御市の湯の丸高原は前年比125.1%で一番高い伸び率でした。二番目は高山村の信州高山温泉郷、3番目は安曇野市の安曇野でした。

湯の丸高原の観光客数は7月が13万5500人(前年比127.2%)、8月が10万3400人(前年比123.1%)。合計で23万8900人で前年比125.1%、昨年と比べて4万8400人の増加でした。

この要因については天候に恵まれたこと、節電による避暑目的のための入込みが多かったのではないかと分析されています。3・11の地震や津波、福島原発による放射能汚染などによって東北観光が振るわなかったこともあるのでしょうか。それにしても東御市の湯の丸高原に大勢の方が観光に訪れたことはうれしい限りです。

湯の丸高原をはじめとして東御市には素晴らしい観光地がたくさんあります。地理的にも首都圏に近く東部湯の丸インターなど交通の利便性もよく、多くの観光客を呼び寄せる客観的な条件は整っています。

しかし残念なことにその条件を活かし切る取組みは決して十分ではありません。この入込み増が地元の観光業者、土産店、飲食店などの売上にどの程度つながったのでしょうか。観光客誘致に対する行政の取組みが求められています。

文科省航空機モニタリング調査結果を公表

2011-10-14 05:43:46 | プロフィール
下の地図は文部科学省が10月6日に発表した航空機モニタリングの測定結果で、土壌へのセシウム134と137の沈着量を表しています。これまでのデータに加えて新たに新潟県や秋田県の調査結果が公表されました。

これで見ると福島から群馬県にわたって比較的汚染度の高い青い部分が伸びてきていることが気になります。それは長野県のすぐそばまで伸びてきています。軽井沢町でホットスポットが見つかったという報道もあります。今後長野県の調査結果も公表されるようですので注目して行きたいと思います。


軽井沢にホットスポットか?

2011-10-14 04:58:59 | 議会活動
昨日のNHKのニュースで「軽井沢、比較的高い放射線量」と報道されました。報道の内容は以下の通りです。

長野県軽井沢町の学校の敷地で、周辺より比較的高い放射線量が計測され、町はすべての小中学校などの放射線量を13日から測定することになりました。
軽井沢町によりますと、今月、町内の一部の教育施設で放射線量を調べたところ、1つの学校で排水口近くにある地表の放射線量が、1時間当たり1.7マイクロシーベルトと周辺より比較的高い値を計測しました。

このため町は土の一部を撤去しました。町は雨水によって放射性物質が集まったのが原因とみていて、町内すべての小中学校と保育園、そして児童館について排水口近くの地表や溝などの放射線量を13日から測定することになりました。

軽井沢町は、年間の放射線量が1ミリシーベルトを超すおそれがある場所があった場合は土壌の入れ替えなどの除染作業を行うことにしています。軽井沢町教育委員会の荻原勝教育長は「今月いっぱいをめどに放射線量の測定を進めながら、値が高い場所については土を取り除いていきたい」と話しています。


以前から軽井沢には局所的に放射線量が高いホットスポットがあるのではないかといううわさがありました。軽井沢町では除染作業を含めて取組みを強化するとのことです。

やはり身近な放射線量を測定する大切さを感じています。そんなところへ線量計のオーナーになって身近な放射線量を測ろうという取組みを進めているTさんからメールが届きました。これまでに東御市内でオーナーの方々が計測したデータをマップに掲載したというお知らせでした。掲載されたのはみんなでつくる放射線量マップです。

さっそくクリックしたら全国のデータがマップ上に掲載されていました。市民一人ひとりの取組みで全国のマップができ、それがネットを通じて共有することができるんですね。一人ひとりのできることは限られていますが、それがつながれば大きな力を発揮することができるのです。あらためてインターネットの力を確信しました。

ひさびさのお休みでした

2011-10-12 23:05:46 | 趣味・野良仕事
すやかめこのところ終日ぶどうの出荷で忙しい日々を送っていました。ぶどうの出荷もやまを過ぎあと残すところわずかとなりました。先日「おしまいにおいしいところを送ってほしい」と言われていた常連さんにぶどうを発送し一段落となりました。そこで家族で一日長野市へ遊びに出かけました。


3連休明けということもあり観光客も少なめでした。まず善光寺さんに参拝。山門に登り参道を上から見ました。


参道沿いには六地蔵がならんでいました。一番右側のお地蔵さんはなぜかお行儀が悪く足を投げ出しています。写真でお分かりでしょうか。説明書きによれば、一刻も早く衆生を救うためにまさに出かけようとしているので足を出しているとのことでした。


参道を長野駅まで散歩しました。散歩の途中こんな看板を見つけました。お店ごとにわが店のこだわりの逸品がショーウインドウに飾られていました。こんなちょっとした仕掛けが観光客を喜ばせてくれます。

ぶどうの木のアップルパイ、草笛のくるみだれのおそば、酢屋亀本店のみそアイス、桜井甘精堂のモンブランを食して大満足でした。

わが家を訪ねてお客様がおいでになりました

2011-10-11 21:55:40 | 趣味・野良仕事
朝晩冷え込む季節になりました。このところの私の日課は朝5時起床、6時に選果場へぶどうを出荷、その後ぶどうの摘み取り、朝食後はぶどうの選果・荷造りが夕方まで続きます。ぶどう漬けの日々が続いています。

そんな中、昨日の午後、わが家を訪ねてこられたお客様がありました。お聞きしてみると先日ぶどうのご注文をいただいた方だということがわかりました。千葉県から来られたということで、前日は草津に泊まりそこから来られたとのこと。ぶどうのお客様がわざわわざ遠方からわが家を探し求めて来られるとは大感激でした。生産者冥利に尽きます。

この出会いには私の同級生の存在があります。彼が私のぶどうをその方に送られたことがきっかけで、今度はその方から直接ご注文いただきました。お客様から新しいお客様へとお客様の輪が広がって行きました。そして今度はお会いすることで新しい関係づくりができました。ありがたいことです。

そんな出会いのきっかけの一つにパンフレットの存在があります。少しでもお客様と顔の見える関係づくりをしたいと思い、信州の様子、ぶどう生産にかける思いなどを綴り、自宅のプリンターで印刷したものです。これをお送りする荷の中に一枚ずつ入れてきました。





今年はほかにも同じような新しい出会いがありました。お客様が送られた先の方からお電話をいただき、新しいお客様になっていただく、こんな形でわが家のお客様は広がってきています。

そのために何よりも必要なことはお客様との信頼関係づくりです。肝に命じてひとつひとつ対応してゆきたいと思っています。

旧公民館を取り壊しました

2011-10-11 05:41:10 | 雑感


このところとても良いお天気が続いています。そんな中旧公民館の取り壊し作業が行われました。

私の住んでいる中屋敷地区のほぼ中央に旧公民館があります。この公民館が建てられたのはいつか定かではありませんが、明治か大正年間ではないでしょうか。

旧公民館は集落の様々な活動の拠点として、これまで多くの区民に親しまれて来ました。しかし20年ほど前、私が転勤から戻って来たら旧公民館のとなりに広場と新しい公民館が建っていました。旧公民館が老朽化したこと、区民が増えて手狭になったためでした。

その後旧公民館は近くの工場の製品置き場として活用されていましたが、屋根が傷んだり床が落ちたり老朽化が著しく進み、取り壊しが検討されるようになりました。今年に入って旧公民館を子供たちの遊び場とする案がまとまり、市からも補助金をいただけることになり今回の取り壊しとなったものです。あらかじめ屋根瓦を取り除いてあったため、解体作業はスムーズに進みました。

旧公民館には私にとっても様々な思いでがあります。子供の頃ここで村の巡回映画が上映され、いわゆる「総天然色」の映画を見たものです。敬老会では青年団の演じる芝居の上演がありました。昭和の町村合併の時には公民館の外壁一面に、小諸への「分町反対」のチラシが貼ってあったことを覚えています。どういうわけかそのチラシはさかさまに貼ってありました。反対だから反対に貼ってあったのでしょう。

学校を終えて地元に就職し消防団に入り、歳末警戒のため旧公民館に泊り込んだこともありました。そこで先輩団員とお酒を酌み交わしたのも良き思い出です。

そんな様々な思い出の中に旧公民館はありました。旧公民館はその役割を終え、子ども広場にバトンタッチすることになります。感慨深いものがありました。

エネルギーのお話をお聞きしました

2011-10-10 04:14:49 | 議会活動


10月7日に環境活動家で未来バンク理事長の田中優さんの講演をお聞きしました。田中優さんはエネルギー問題や原発問題で様々な情報発信をされており、先日は上田の市民大学でもお話をされていました。

田中さんがおっしゃったことをまとめると以下の通りです。

(1)原子力のコストは従来は5.9円で一番安いとされていたが、発電費用、バックエンド費用、立地自治体への補助金などの費用、技術開発補助金、賠償などのリスク費用を加算すると15.8から20.2円となり、すべての中で一番高くなる。

(2)原発をなくし自然エネルギーに変えていくということは非現実的。まず電気を減らすことが必要。今年は昨年に比べ20%近い節電を実現し原発がなくてもやっていけることを実証した。その上で徐々に自然エネルギーに転換してゆくことだ。

(3)原発をなくせば電気は足りないと言うが、問題なのは最大ピークにどう対応するかということだ。最大ピークは1年間8760時間のうち10時間だけだ。それは夏場、平日、午後1時から2時、気温が32度を超えた時だ。その需要は家庭用ではなく事業だ。

(4)ピーク電力を抑える政策が必要になる。そのためにはこれまでのような必要なだけ電気を供給する(サプライサイド・マネジメント)というスタンスではなく、供給にあわせて電気を賢く使うという姿勢(デマンドサイド・マネジメント)が必要だ。

(5)そのためには使えば使うほど高くなるという電気料金の仕組みが必要だ。現在産業用電力は使えば使うだけ安くなるという仕組みになっており、本気になって節電に取り組む仕組みになっていない。そしてピーク時の電気料金をこれまでより高く設定することだ。省エネ家電への取替えも必要だ。

(6)自然エネルギーをさらに進めるためには3つの取組みが必要だ。第1に、自然エネルギーの全量買取制度だ。今は自然エネルギーをどれだけ買うかは電力会社にまかされており、それが自然エネルギーが普及しない大きな要因となっている。第2に、電気の発電・送電事業の分離だ。電力会社が送電網をにぎっていることが新規参入者への障害となっている。第3に総括原価方式の廃止だ。電力会社は電気事業固定資産の3%の利益が認められている。原発など巨大な施設を造れば造るほど儲かる仕組みになっている。それがすべて電気料金に上乗せさせられ、電気の値段を高くしている。

プロジェクターを使ったお話はとてもわかりやすく、まさに目からウロコの感を強くしました。

まちづくりには覚悟がいる!

2011-10-10 03:16:36 | 議会活動
この間協働のまちづくりを進めるために何が必要かということについて、お二人の市長・元市長のお話をお聞きする機会がありました。とても示唆に富んだお話しでしたのでご紹介いたします。

まず佐久市の柳田市長です。41才。井出正一衆議院委員の秘書から佐久市議1期、長野県議3期を経て市長になりました。昨年は市民会館建設の有無を問う住民投票を実施、事業仕分けにも積極的に取り組んでこられました。

柳田さんは「これからは税収が減って右肩下がりの時代になる。そんな時重要なのは納得社会をつくることだ。市民に対する説明責任を果たすことが大切であり、そのためには情報公開が欠かせない。そうすれば市民は正しい判断をしてくれる」と述べています。

もうおひとりは矢崎和広前茅野市長です。矢崎さんは44才で現職の多選阻止を掲げて市長選に立候補。48才で市長になり3期12年を努め、多選は良くないという信念のもと60才で退任。現在は県教育委員長としてご活躍です。市長時代は「パートナーシップによるまちづくり」を進めてこられました。

矢崎さんは「これからのまちづくりには市民一人ひとりが自ら考え、学び、選択し主体的な社会活動に結びつけて行くことが必要だ」と述べています。「市民主導、行政支援」という考え方から「白紙の状態で市民にお任せし、市長が責任を持って予算化し、実施においては市民と職員がともに汗を流すことが重要」としています。

そして「パートナーシップによるまちづくりを進めるためには行政も市民も覚悟がいる」とおっしゃいます。「自ら知恵を出し汗をかくということは市民にとっても正直しんどい。行政にやってもらった方が楽だという人も出てくる。まさに正念場」です。

そこを乗り越えるためにはまず第一に情報公開が大切だと指摘されます。既得権を主張しこのままでもやっていけるのではないかという危機意識のなさが問題だと言います。市民に情報を公開し危機意識を共有することが大切だと言います。第二に、どのようにしたらいいか具体的に示し、汗をかけば必ず報われるということを分からせることです。逆に汗をかかなければ何も実現しないということです。

お二人のお考えの中にあるものは市民に対する絶大な信頼です。情報公開し説明責任を果たせば市民はわかってくれる、そして正しい選択をし、ともに知恵を出し汗をかいてくれる、そして覚悟を持ちまちづくりを進める主体になってくれるというゆるぎない自信があります。

これからの私の進むべき道を指し示してくれるようなお話でした。

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