加山到のハマッ子雑貨飯店

おもちゃ箱をひっくり返したような楽しい雰囲気が伝われば嬉しいなっと。08年11月6日開店!

Xmas2024

2024-12-25 | レコード

皆様 クリスマスいかがお過ごしですか

 

親戚が作ってくれたコットン・ツリー 素敵なんです。ちなみに後ろにあるリースと銅板製の家は亡き母の手作りです

 

クリスマスディナーは今年も自宅で ローストチキンは地元商店街の肉屋で買ってきました。スーパーなどでは1本800~1000円するらしいのですが、こちらの店では200円台。しかも当然・・・美味い

そして・・・やっぱり今年もこれを聞いてます

「WINTER WONDERLAND」by MOMOKO(1990年・ワーナーパイオニア)

デビューして30年を越えたシンガー鈴木桃子ちゃんが、コーザノストラ参加前のソロ時代にリリースした1枚。甘くもパワフルに歌い上げたり、可愛くワクワクするようなポップな表現力で、素敵なひと時を与えてくれます

YouTube https://www.youtube.com/watch?v=JxjpS-mJsfM&list=OLAK5uy_k3VXhJshh7xms_SXN61_4-ZTw41BQXvCo&index=2

 

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原田裕臣氏。旅立っていた・・・

2024-12-03 | レコード

数日前。 ネットニュースや友人のサイトなどで目にした「原田裕臣逝去」の記事。ニュースソースは「ミッキー・カーチス氏が11月10日のinterfmのラジオ番組『Daisy Holiday』にゲスト出演した際の話」との事です。但し、亡くなった時期は不明のようです。

ネットで検索した内容を簡単にまとめると、原田裕臣氏は・・・1971年「ミッキー・カーチス&サムライ」にドラマーとして参加。解散後にミッキーのプロデュースによる「ガロ」の『学生街の喫茶店』を含めたアルバムでドラムを担当。「PYG」の2代目ドラマーとして参加し、そのまま井上堯之バンドに移行。74年に脱退した後にミッキー吉野グループ~ゴダイゴの初代ドラマーとして参加し、ファーストアルバム制作途中に脱退。以降はPYG時代の盟友である萩原健一や沢田研二のバック演奏に参加・・・・・・という事です。

「侍」ミーッキー・カーチス&サムライ(オリジナルレコードは1971年発売/フィリップス)

ジャパニーズ・ニューロックが開花し始めた頃のメジャーな一枚。香港やタイからヨーロッパに活動拠点を広げてからの日本帰国。ただ単に”ロック”にとどまることなく、情緒豊かなメロディや和風テイストをちりばめた曲調、シンプルでありながらもノリの良い楽曲まで堪能できます。その中で原田のドラムは、決してでしゃばることなくそれでいて聞く者をノセてしまう心地よさが印象に残りますね。

「学生街の喫茶店」ガロ(1972年/マッシュルームレコード・コロムビア)

当初は注目を浴びなかった楽曲だったものの、その後じわじわと人気が出て翌年の大ヒットにつながり、紅白歌合戦にも出演するきっかけとなった作品。原田のドラムは、その楽曲のイメージからしっかりとリズムをキープしているだけという印象ですね。シンプル・イズ・ベストかな。

「太陽にほえろ!/傷だらけの天使」井上堯之バンド(1974年・ポリドール)

「太陽ほえろ!」と、そこで初代新人刑事・マカロニ役を演じていた萩原健一が主演した「傷だらけの天使」のカップリングアルバム。原田は「太陽!」の初期楽曲を演奏していたようですが、このアルバムがリリースされた時にはすでに脱退していたため、ライナーノーツのスチールには後任の田中清司が掲載されています。

「新創世記」ゴダイゴ(1976年・コロムビア)

優しすぎるほどやさしい歌声のタケカワユキヒデの、ビートルズを彷彿させるアコースティックで明るい楽曲が印象的な一枚。ただし、B面は”組曲”ゆえ、23分にわたり異なるタイプ/リズムの楽曲がメドレー的に演奏されており、原田の様々なドラミングを楽しめます。このアルバムの制作中に脱退したために、後任の浅野良治が数曲を担当しており、スチールにも原田ではなく浅野が写っています。

「今 僕は倖せです」沢田研二(1972年・ポリドール)

沢田研二のオリジナルアルバム。楽曲のすべてを「井上堯之グループ」(PYGの別名称とも言える)が担当。上記4枚ではお目にかかれなかった原田の顔が見える。それがこちら ↓↓

左から大野克夫・井上堯之・原田裕臣・萩原健一・岸部修三・沢田研二

 

その後はどのような活動をしていたのかわかりませんが、ご存命であったなら80歳。冒頭のラジオ番組ではミッキーが「原田はいいドラマーだった」と発言されていたようです。伝説的なドラマーであることには間違いありません。

どうぞ安らかに・・・。

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年末調整のお供は・・・

2024-11-24 | レコード

憂鬱な時期が来ました 年末調整申告書作成。パソコンでやれダウンロードだ、やれインストールだ、それパスワードだ、これ電子なんちゃらだと・・・おまけに画面に出てくる説明文(もちろん日本語)が理解できない。とにかく器械操作に対して苦手意識もりもりの私にとっては、フラストレーションが溜まります

そんな暗い気分で作業をする際に、多少なりとも気分を和らげてくれるのが音楽。今回はカセットテープで楽しみます

左から、自分で録音/ダビングした「サタデーナイト・フィーバー」&「グリース」、「新世界紀行」、「シャネルズ」

「サタデーナイト・フィーバー」(1977年)と「グリース」(1978年)は言わずと知れたジョン・トラボルタ主演のダンス映画。「サタデー~」はただのサントラという枠にとらわれず、ビージーズやクール&ザ・ギャングをはじめとしたミュージシャンによる素敵なアルバムです。グリースも元々はミュージカルだけあって、聞いているだけでもワクワクして来る楽しさが満載の一枚。

「新世界紀行」(TBS)は、世界の国々の風景や文化を素敵にとらえ、日本に紹介していた高質なドキュメント番組でした。服部克久作曲・指揮による壮大な楽曲が作品の内容を一層優雅に演出していました。

「シャネルズ」。ご存じ1980年代の人気のコーラスグループ。彼らのノリと歌声が好きでした。ドラム担当の新保さんの小気味よい演奏に魅入られたっけ。ファーストアルバムは発売後すぐに買って、今でも手元にあります。

 

「パソコンでやると、15分ぐらいで簡単にできますよ」と言われて操作を始めるも・・・かかった時間は2時間弱(汗)。どんだけ苦手なんだ、俺 おまけに、おまけに・・・すべて終わったと思ったら、他の仕事先からもらうべく帳票類や申告しなきゃならん事項があったことに気づき・・・後日またやり直しだ~~~~~

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西田敏行さん旅立つ

2024-10-18 | レコード

「ドラマ界・映画界に大きな大きな穴がぽっかり空いてしまったなぁ・・・。」

そう感じました。だって、主役だろうが準主役だろうが脇役だろうがワンポイントだろうが、常に何かの作品に出ていましたからね。新番組でも再放送でも、テレビをつけると「あ、西田敏行だ・・・」。映画を見に行っても「あ、西田敏行だ・・・」。

よく、「○○という俳優は、何を演じても○○その人だね」と言う事があります。どんな役を演じても、どんな扮装やメークをしても、演じるその本人にしか見えないという事なのですが(場合によっては、それはいい意味でもあるのですが)、西田敏行は違いました。 王様なら王様、釣り人なら釣り人、カメラマンならカメラマン、刑事、ヤクザ、医者、侍、殿様、政治家、教師、探偵・・・とにかくその役そのものを演じ、そう見えていました。「すげえなぁ・・・」と思わされることが何度もある大先輩俳優でした。

1990年頃、所用でNHKに行き、大河ドラマの収録スタジオ前に置いてあるモニター画面の前を、たまたま通りかかったので見ていたら、スッと隣に来て同じようにモニターを覗き込んだのが西田さんでした。短髪のかつらをつけ、浴衣姿・・・「翔ぶが如く」の西郷隆盛でした。隣に立ったわけですから、駆け出しの私は当然直立不動になって「お疲れ様です!」と挨拶をすると、「どうも!」とニコッと返してくれました。

初めて西田さんの名前をインプットしたのは、私が中学3年生の時に放送された日本テレビ「西遊記」(1978年)の”猪八戒”だったと思います。それ以前もしくは西遊記と並行して出演していたテレビ朝日の刑事ドラマ「特捜最前線」は全く見ていませんでしたから・・・。

「ガンダーラ」(ゴダイゴ/1978年・SATRIL〈コロムビア〉)

あれ?「ガンダーラ」が”「西遊記主題曲」”って書いてある・・・。「モンキーマジック」じゃないんだ!?しかもB面は「セレブレイション」。

暴れん坊な兄貴分の孫悟空(堺正章)に、時にはたてついたり、時にはすり寄る猪八戒&沙悟浄(岸部シロー)のコンビが面白かったなぁ。そして優しさと厳しさを兼ね備えた三蔵法師(夏目雅子)の存在。楽しいドラマだったなぁ。

「鳥の詩」(杉田かおる/1981年・ラジオシティ〈ビクター〉)

「池中玄太80キロ」(1980年・日本テレビ)も毎週欠かさず見ていましたね。親子の絆、家族への慈しみ、仕事仲間との友情、動物(鳥)に対する優しさ・・・人としての不可欠な要素がすべて織り込まれていたともいえる楽しく優しいドラマでした。 だからこそ西田さんが歌った「もしもピアノが弾けたなら」は、多くの国民に受け入れられたのだと思います。 でも私はドラマ挿入歌である「鳥の詩」を買ってしまったんです(笑)。母親代わりでもある長女役を演じていた杉田さんの、その真摯な姿・役柄に惹かれていたもので・・・。

「特捜最前線」(ファウスト・チリアーノ/1977年・ポリドール)

前述した刑事ドラマ「特捜最前線」(テレビ朝日・1977年~1987年)の挿入歌である「私だけの十字架」を収録。歌っているのは親日派のイタリア人歌手のチリアーノ。なぜかその歌は聞き覚えがあるのに、作品未見というのは刑事ドラマ好きとしては猛省するべき対象のドラマです。西田さんは第1話から約2年間出演。家庭持ちの人情派刑事として活躍していたとか。ただ、後半はスケジュールの都合で欠場することが多かったらしいのですが、もしかしたら「西遊記」出演の影響かもしれませんね。

 

右下:「帰ってきたウルトラマン」(1971年・エルムレコード)

70年代当時、様々なレコード会社より、同一番組、同一タイトルのレコードが発売されていました。本家本元もあれば、今でいうカバーバージョンもありましたが、このエルムレコードから発売されたシングル盤のB面の「MATチームのうた」を歌っているのが西田さんなのです。盤面にはしっかりと名前も明記されています。劇団青年座に入所した頃の発売という事は、お小遣い稼ぎの一環として、歌の上手な西田さんが劇団を通じて依頼されたのかもしれませんね(あくまでも私個人の推測ですが・・・)。

西田敏行さん、永遠なれ!

 

 

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松崎しげる「愛のメモリー」は。

2024-10-18 | レコード

先日、BSの歌謡番組に松崎しげる氏が出ており、「愛のメモリー」を歌唱 昔と同じキーと熱量でしたねぇ。75歳なのにパワーすげぇ~ という事で、ガサゴソと取り出したのがこちらのアルバム。

「私の歌・俺たちの朝」(1976年/ビクター)。

日本テレビの青春ドラマ「俺たちの朝」(1976年)の同名主題曲が収録されています。放送が始まった2か月後ぐらいに発売されたようです。

収録曲の中に「愛の微笑」という曲があるのですが・・・実はこれ、「愛のメモリー」なんです 当時、スペインの歌謡祭に参加して「~微笑」を熱唱、最優秀歌唱賞を受賞したらしいのですが、日本では全く注目されなかったようです ところがこの曲を聴いた製菓会社である「グリコの人が気に入ってくれて、『これは三浦友和に合うぞ!』ってコマーシャルソングとして決まったんだよ。なんだ、俺(が出演するの)じゃないのか~って思ったよ(笑)」とその歌謡番組で言っていました その際に曲名を「愛のメモリー」に改称、ご存じのように大ヒットして同年の「紅白歌合戦」にも出場を果たしました。

「愛のメモリー」、好きです ラストのサビの歌詞にある「二人に死が訪れて 星になる日が来ても あなたと離れはしない~」と、さらに曲調が盛り上がってエンディング・・・いいんですよねぇ。一緒に星になる人が僕にも現れるかなぁ~と中坊のイタルは思った訳です(笑)

後年、このアルバムの存在を知って、手元に置きたいなぁと思ったきっかけがあります。それは収録曲のほとんどのドラムを叩いている「福原昭一」氏に興味があったからなんです(写真下段右)  この福原氏、実は宇崎竜童氏が初めてダウン・タウン・ブギウギ・バンドを結成した時のドラマーでした。「知らず知らずのうちに」でレコードデビューした際には、ドラムはすでに相原誠氏に交代していましたが、それ以前に発売された”アメリカン・オールディーズをダウンタウンがカバーしたカセットテープ”では福原氏が叩いていました。

松崎しげる氏も、最初に「ミルク」というバンドで活動していた頃、そのマネージャーだったのが音楽業界に入りたての宇崎氏だったんですよね。歴史を探るって楽しいですねぇ~

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至福の時間はレコードと。

2024-08-29 | レコード

数年前になりますが、「あ・・・この時間が自分にとっての最高なひと時なんだなぁ・・・」と思った瞬間がありました

それは、いろいろな映画音楽が収録されたオムニバス盤LPレコードを聴いている時でした。何も予定がなく、何をするわけでもない、ただボーっとしている時に、何枚もあるオムニバス盤映画音楽集を聴いたら、気持ちがとても穏やかに感じられました

ご存じの通り、私はブルース・リーが好きなので、主演映画などのオリジナル・サントラ盤は当然の事、他にもブルースに関するレコードを中古店などで見つけると購入していましたが、そのほとんどが前述した映画音楽集です。 つまり「燃えよドラゴン」「ドラゴン危機一発」「ドラゴン怒りの鉄拳」「ドラゴンへの道」のメインテーマが1曲でも入っていれば買ったわけです。 それらの発売時期は1974年(昭和49年)から1975年(昭和50年)にかけての物がほとんど。そうです、ブルース・リーが日本を席捲していた時期です。商品のパッケージにブルースの写真を使えば何でも売れていた時代ですね

 

その頃に、様々なレコード会社から発売されたオムニバス盤に収録されていた主なる楽曲としては・・・「エクソシスト」「パピヨン」「俺たちに明日はない」「ロミオとジュリエット」「ゴッドファーザー」「卒業」「華麗なるギャツビー」「小さな恋のメロディ」「ジョーズ」「スティング」「アラビアのロレンス」「かもめのジョナサン」「明日に向かって撃て」「ある愛の詩」「大脱走」「荒野の七人」「タワーリング・インフェルノ」「ボルサリーノ」「史上最大の作戦」「太陽がいっぱい」「ダーティーハリー」「黒いジャガー」「夕陽のガンマン」「シェーン」「007シリーズ」など、’60年代後期以降の名作・人気作が目につきます。

まぁ、私の場合はブルース関連の曲が収録されるという事で、手元にあるのが西部劇や戦争物、スパイ物を含めての「アクション・ムービー集」になってしまうのですが(笑)

 

各社から発売されているオムニバス盤の特徴としては、収録されている楽曲のほとんどが”カバーバージョン”であることです。映画の製作会社や配給会社と同じ系列のレコード会社であれば”オリジナル・サントラ”を収録しているのですが、それ以外は各社と契約しているオーケストラによる演奏。クラシックにも劣らない大人数/多楽器による広がりのあるサウンド・・・これがね、いいんですよ。さらに、同じ楽曲でもそれぞれ雰囲気やリズムが違っていてね。楽しめるんです

見たことのある映画、見たことがない映画・・・のんびりと聞く映画音楽。たまにビールや大好きなバーボンを片手に聴くのもいいですね。以来、”大事な時間””素敵な時間””自分が自分でいられる時間”として楽しんでいます

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アラン・ドロン 旅立つ

2024-08-22 | レコード

フランスの名優、アラン・ドロンが空へと旅立ちました。

カッコいいなぁ・・・と子供心に思ったものです。小学生の時に知人が所有していた映画雑誌で、初めてその名と風貌を見た記憶があります。確か「レッド・サン」(1971年/仏・米・伊・西映画)のスチール記事だったと思います。侍の三船敏郎と一緒に写っていたっけ。

所有している映画音楽のレコードです。「映画の4大スーパースター」(1976年/CBSソニー)と称し、スティーブ・マックイーン、アラン・ドロン、ブルース・リー、シルビア・クリステルのそれぞれが出演した映画の音楽が収められています。ドロン関係では「ル・ジタン」「フリック・ストーリー」「ゾロ」「ボルサリーノ2」「冒険者たち」「さらば友よ」「地下室のメロディー」「太陽がいっぱい」

 

こちらは「アクション映画のすべて」(1976年/CBSソニー)。ジャケット表はブルース・リーですが、裏ジャケは「ル・ジタン」のドロン。ひげを蓄え、拳銃2丁をダランと持っている何気ない仕草。カッコいいっす

10年ほど前にリバイバル上映された「太陽がいっぱい」(1960年/仏・伊映画)を見ました。

若さ溢れるドロン。ローマを舞台に犯罪をする物語なのですが、そのヨーロッパの風景と、ドロンのまぶしすぎるほどのスター特有の姿かたちに見入っていましたね。

安らかに・・・。

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ベイ・シティ・ローラーズ

2024-06-08 | レコード

数年前に近所に住む方から頂いたんです。「うちの娘のなんだけど、本人がもういらないって言うから・・・」と顔なじみのおばちゃん 娘さんは私と同世代

という事で、中学時代の娘さんはこのバンドにはまっていたようですね

『ベイ・シティ・ローラーズ』 スコットランド出身のバンドで、メンバーチェンジを何度か行いながら1970年代中期に人気沸騰。1978年に初来日して多くの女性ファンを獲得したようですね。1981年に解散するも、その後何度か再結成しているようですが、数年前には他界したメンバーもいるようです。

私は洋楽派でもなかったし、ましてアイドル系バンドには興味もなかったので、長年にわたりバンド名を知っているぐらいでした。ところが今回、これらのシングル盤を頂き、ちょいちょい聞きまして・・・なかなか楽しいじゃないか なかなか明るいじゃないか なかなか弾けてるじゃんか こちらが歳を取ったせいもあるのだろうけど「いいじゃんいいじゃん」と許容してしまいました(笑)

私もタータンチェックの服でも着るかな

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今宵のお供は・・・

2024-03-28 | レコード

自宅で諸作業。そのお供の音楽は・・・今宵はカセットテープ

エリック・クラプトン、「NON STOP DANCING’66」、自分でまとめた「刑事ドラマ&青春ドラマのテーマ」

自分でまとめたのは「太陽にほえろ!」「大都会」「傷だらけの天使」「大追跡」「俺たちは天使だ!」「われら青春!」「飛び出せ青春!」ゆうひが丘の総理大臣」「青春ど真ん中!」のメインテーマやサブテーマなどなどなど

「NON STOP DANCING’66」は親父が持っていたものじゃないかなぁ・・・かなり古い。「ロック&ロールミュージック」「ライク・ア・ローリングストーン」「ミスター・タンブリン・マン」「ヘルプ!」「サティスファクション」「キャデラック」・・・有名曲をダンスホールで踊れるような楽しく編曲したカバーバージョン

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あんぜんバンド

2024-02-13 | レコード

あんぜんバンド/安全バンド/ANZEN BAND

このバンド名を知ったのはいつの頃だったかな。刑事ドラマ好き、「大追跡」でカッコよかった藤竜也・・・いろいろ辿っているうちに知ったのが「新宿警察」(1975年・フジテレビ系) 藤竜也、北大路欣也、財津一郎らが新宿を舞台に活躍する刑事ドラマ。そのメインテーマとエンディングテーマを担当しているのがあんぜんバンドでした。

 

「終わりなき日々/新宿警察のテーマ」ANZEN BAND(1975年?・バーボンレコード)

テンポがよくスピーディーなリズム。小気味よいギターにブラスが加わっての疾走感は、のちの「大追跡」の大野雄二&エキスプロージョンバンドのサウンドを彷彿させます。このシングル盤に記されているメンバーは長沢博行(ベース、ボーカル、バンジョー)、相沢民男(ギター、バックボーカル)、伊藤純一郎(ドラムス、バックボーカル)の3人。 ネットで調べたところ、このシングル盤がリリースされた時には、すでにファーストアルバム「アルバムA」もリリースされており、その実力が認められてのサントラ盤だったのでしょうね。ちなみに「新宿警察」の楽曲は、翌1976年にリリースされた2枚目(であり最後のアルバム)である「あんぜんバンドのふしぎなたび」に収録されています。

 

 

「アルバムA」(1975年・バーボンレコード)

1970年に結成され、いくつかの音楽フェスなどで注目されてのリリース。ジャケットにあるバンドメンバー表記はあくまでも上述の3人ですが、相沢友邦(ギター)と中村哲(キーボード他)を加えた5人でのスチールも大きく掲載され名前も出ています。これがきっかけとなったのか、以降は5人で「あんぜんバンド」だったようです。カラッとした心地よさを感じるサウンドは、もしかしたらドゥービーブラザースのようなウェストコーストロックの影響があるのかもしれません

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