ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

家族を想うとき

2019-12-11 23:15:54 | か行

めちゃくちゃ、あたたかい。

だからこそ、この家族の行く末が沁みるんです。

 

「家族を想うとき」78点★★★★

 

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イギリスの地方都市。

妻と16歳の息子、12歳の娘を持つリッキー(クリス・ヒッチェン)は

フランチャイズの宅配ドライバーとして働きはじめる。

 

マジメに働いてきたものの

10年前の金融破綻で

仕事もマイホームの夢も失ったリッキーにとって

「自分のがんばり次第で、いくらでも稼げる」

この仕事は最後のチャレンジだった。

 

ギリギリの生活費のなか

介護ヘルパーとして働く妻の車を売って配達用のバンを買い、

なんとか仕事をスタートさせたリッキー。

 

想像を超えるハードな仕事にも耐えていた彼だが

次第に家族にひずみが生まれていき――?!

 

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引退を撤回した83歳のケン・ローチ監督が

大ヒットした「わたしは、ダニエル・ブレイク」(17年)に続き

「いま、撮らねばならない物語」とした作品です。

 

序盤から後半まであたたかいのに

後半の最後でいきなり暗雲から、グッと暗転に転じる。

珍しい構成にハッとしつつ

その重い警告を、受け止めずにいられない。

そんな物語です。

 

警告、とは

もちろんこんな状態を引き起こしている社会に対してだけど

しかしそれ以上に

働きすぎの人や父親に対して、ダイレクトに響くと思いました。

 

まず

なんといっても、冒頭からすぐに

一市民の普通の暮らしに自然に入っていける、その紡ぎ方がさすが。

 

今回の主役となる一市民は、

つましくも愛おしい4人家族。

 

父リッキーはフランチャイズの宅配ドライバーとして再起を図り

様々な家を訪ね、様々な人に出会う。

 

妻はとても穏やかな人で

介護ヘルパーとして、やはり様々な家を訪ねる。

 

彼らの仕事を通して、様々な市民の横顔を見せる

うまい方法だなあと感服。

 

そんな夫婦の子どもたちは

思春期まっただ中ながら

なかなかカッコいい16歳の息子(声がアダム・ドライバー似でよい!)と

利発な12歳の娘。

 

父と母には「もっと、生活水準を上げたい!」という望みはあれど

彼らはごく普通に、幸せでもあるんです。

 

この一家の風景が、とてもあたたかいのが

本当に映画としてのキモ。

 

でも、父親リッキーがバカみたいに忙しくなり、

だんだん家族に歪みが生まれ出すんですね。

 

リッキーは宅配ドライバー業を

「自分のがんばりでいくらでも稼げる独立型起業」みたいに、謳われて始めるんですが

実際は「個人事業主」として、大企業に都合よく使われる身。

 

トイレに行く間もないほどの激務で

しかも、不満を訴えれば「いくらでも代わりがいる」とクビ。

 

当然、雇用保険や保障も何もなく

何かトラブルが起きても、自己責任。

これは昨今ニュースになっている「ウーバーイーツ」配達人をはじめ

ワシみたいなフリーランスすべてに共通する状況なわけで。

 

そんな状況のなかで働く父は、次第に疲弊してゆく。

すると家族の団欒が減り、会話が減り、

子どもたちは孤独になり、息子はより反抗的になり

トラブルも起こし始める。

 

でも、それでもまだ

家族の風景は、あたたかさを保っているんです。

 

リッキーが娘と配達に行ってチップをはずんでもらったり、

家族4人でテイクアウトのインド料理を食べたり。

さまざまなエピソードが「家族のぬくもり」を保っている。

 

このフツーの家族のあたたかさがあるからこそ

一つのひびから、

転がるように事態が暗転し、

いよいよ家族をつなぐ糸がほころびはじめたときの衝撃は大きい。

 

しかもその暗転は

決して「他人事」ではないんです。

誰の胸にも迫ると思うので

必見です。

 

★12/13(金)からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開。

「家族を想うとき」公式サイト

コメント (8)
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